1980年代から90年代半ば、日本においてはまだまだロックは若者のかっこつけのツールとして通用していた。
「びいとるずぅ?・・・懐かしいなあ・・・」
ティーンエイジャーのお前が言うな・・・だが、そんな若者はひとりやふたりではない。随分といた。だいたいは女連れで手ぶらで帰るやつ。
「ああ、ジョン・サイモンかぁ・・・懐かしいなあ・・・オレはS&Gの頃から聴いてたけどね・・・」
深読みをすれば、ジョン・サイモンはS&Gのプロデューサーである。
が、ティーンエイジャーのお前が聴いていきたアルバムはイッタイどっちなんだ?
おら!
言ってみろ!
おら!
アルバムか?
ジャーニーか?
って大人気ないが当時はどちらも絶賛廃盤中!
女連れでなければ突っ込んでいたかもしれん・・・が、それも馬鹿馬鹿しい・・・
ヘイ・ユー!
格好はついたかい?・・・やはり手ぶら・・・
このように、一時代を築いた名アーティストを「懐かしい」の一言で片付け、知ったかぶり格好つけ若者で押すな押すなの人だかりを生んだ時代が、パンクからオルタナ世代までの15年間であったのだが、執念深く、根に持つタイプの人間=僕にとっては極めて不愉快な15年間でもあった。だが、この15年間ほどに音楽が溢れた時代はなかったであろう。好意的に捉えれば、ラジオを含むメディアにとっても金を生むのは新しいものであり、ロックはNOW(現在進行形)であったが、敵意剥き出しで言えば、殆どのNOWなロックは漠然としたファッションに成り下がり、レコードからCDへの大量生産体制は音楽メーカーの志を崩壊させ、リスナーが音楽に夢を見ることを諦め掛けた時代の幕開けでもあった。
やがて、ひとり、ふたり、と音楽離れが進み・・・
格好つけがいなくなった・・・
そう、時代が変わり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを好きだと言わなければならない脅迫観念はすっかりなくなった・・・
そして音楽を聴く若者の数は減少したが、音楽を聴く若者は素直になった。
「サイモンとガーファンクルって、サイモンなにとガーファンクルなになんですか?」
実にいい時代になった。
もう絶対的な常識なんかはない。
それぞれが自由に感じ、自由に思ったことを喋ればいい。
そう、僕の前では・・・
ある日の事である・・・
「僕、サージェントよりペット・サウンズの方が断然素晴らしいと思うんですよ・・・」
話を聞くと、時代の流れ的なものもしっかり把握していたようだ。
彼の中ではサージェントより先に出たペット・サウンズの方が素直に衝撃だと・・・なるほど、それはそれでいいではないか・・・
「北村さんはサージェントを始めて聴いた時どうでした?」
そう聴かれたので、素直に「僕が聴いたのは発売後ちょうど10年経った77年だったけれども、その当時でも充分にカラフルでどの曲も異次元空間ぽい空気を感じたもんだよ。やっぱり不世出の名盤だと思ったよ」
だが、よーく考えてみると、サージェントで試みられたビートルズのアプローチのいくつかは時代と共に実践可能になっていた。皆が目指し、皆が盗み、皆が上っ面のビートルズ的カラーを、疑似アシッド的サウウンドを作り上げていた・・・
ギミック的なハッタリも目新しかった・・・そんな要素も確かにサージェントには含まれている・・・
一方でペット・サウンズを考えてみると・・・
こちらはサージェントのような多重録音等による技術よりも、作曲家、アレンジャーとしての正攻法的な仕事が成された作品だと言える。
そしてどの曲も一見は普通にきれいな曲でありながら、よく聴くと実に危ない。
一曲目の「素敵じゃないか」のか細〜い音のイントロのギターに
ダン!
とドラムの深〜い音が入ってくる。
このイントロだけで打ちのめされた僕のペット・サウンズ初体験を思い出す。
ペット・サウンズの楽曲はどこをとっても真っ当のようで真っ当ではないのだ。
音を縦に、横に、まるで編物をしているかのような丁寧な構成の中に、ふっと金や銀色の糸が混ざり合う。それらは明くまでも楽器の音と人の声であり、明くまでも人間の知恵により構築されたものであり、そしてどの楽曲もが聖歌のような穏やかさを持っている・・・
音楽の父、バッハは人間ではなく、神との対話として音楽を創作したと言われるが、ブライアンの曲作りにおいても似たような感覚があったようだ。ブライアン自信、曲は全体像として、メロディーのみならずアレンジを含めて降りてくると明言していた。
なるほど・・・未だに、真似すれといっても・・・という要素が強い、まさに人並み外れたインスピレイションが生んだアルバムともいえるであろう。
ポール・マッカートニーはペット・サウンズの影響が強い人で、なかでもゴッド・オンリー・ノウズを聴いた時の衝撃は忘れられないようである。
♪God only knows why I said I love you …
鼻歌調に歌いだし(なんと歌詞を間違って歌っている)、初めて聴いたのはクルマの中だったけれども、涙が止まらなかった・・・と語っていた。
かなりアバウトな天才、ポール・マッカートニーにもサージェント、マジカル・ミステリー・ツアーあたりのベース・ラインにはブライアン・ウィルソンが降りてきたかのような錯覚を覚える。
一方のペット・サウンズはラバー・ソウルに衝撃を受け、制作されている。が、どの辺りにビートルズの影響が落ちているのかは凡人の僕にはわからない。しかし、それでいい。
僕が両方楽しめたのは、おかげさま・・・
ビーチ・ボーイズとビートルズ。
どちらが凄いかではなく、どちらも凄い。
ポールマッカートニーとブライアン・ウィルソン。
ふたりの天才は同い年であり、ポールの方が二日早く生まれたことに、なにか因縁めいたものも感じている・・・

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