この映画は、ルネ友のみなさまも良くご存知のとおり、ルネのサクセス・ストーリーで、出演者全員が自分自身を演じているという、ファンにとっては嬉しすぎるセミ・ドキュメンタリー映画”Un Enfant Comme Les Autres〜普通の子供〜”です。
当ブログでは、映画雑誌や芸能誌に掲載された記事を紹介してきました。この記事の存在は知っていましたが、最近ヤフオクで入手いたしました。ご存知の方も多いと思いますが、当ブログは私のルネ・データ・バンク! 懐かしく思っていただければ幸いです。
ルネ友のみなさまはもちろんご存じの通り、第3回のグランプリ受賞者であるルネは、妹ナタリーと共にプレゼンターとして出演していました。前夜祭には2人で「ミドリ色の屋根」をデュエット(YouTube映像”Rene & Nathalie in Japan”参照)。ナタリーが日本でのデビュー曲となる「5月の手紙」も歌いました。
それから、ルネは特別ゲストとして招かれていたバリー・マニロウ氏のファンで、バリーのヒット曲「 I Write The Song - 歌の贈りもの」や「Monday 哀しみのマンデー」を、変声後すぐリリースしたアルバム”Fernando”に収録し、「歌の贈りもの」をアメリカで出演したショーでも歌っていました。
この来日の際、ALFAレコードに友人と行った時、ルネはバリーのコンサートに行っていて、妹ナタリーとクルティエ氏にしか会えなかったという苦い思い出がありますが、『コパカバーナ』等が日本でもヒットしていたこと、ルネがファンだということで、私も努めて曲を聴いたり、バリー主演の映画『コパカバーナ』をTV放映時に観たりしたものでした。
また、ルネとも親交が有った西城秀樹氏に楽曲を提供。1985年、「腕の中へ〜In Search of Love〜」では、西城氏とのデュエットとして自ら参加し、日本で大ヒット。2度目の来日公演も行いました。 余談ですが、『腕の中へ〜In Search of Love〜』の日本語詞は、ルネが1974年に行ったファースト・コンサートに、バック・コーラスで参加したシュガーベイブの吉田美奈子氏。シングル・レコードのB面は『愛の翼〜It's All Behind Us Now〜』でした。
上の画像の白黒の方は、そのビデオについて紹介されたサイトのもので、タイトルは”René Simard−25ans de carrière”。カラー60分のビデオです。プリントアウトした資料を再度確認しましたところ、ゲストとしてルネの身近な人たちの名前が連ねてありました。思い当たった映像は、当ブログのトップページで紹介してあるDailymotionの映像”Rene Simard treize ans au japon 投稿者 trizone”
YouTube映像では”Rene Simard in USA Saturday Night Live 1976"というタイトルが付いていますが、アメリカでの活動の様子が映像の中にあるからだと思います。
カナダのルネ・ファンの方たちがルネの映像コレクションをYouTubeにアップするようになり、日本では公開されていないカナダのルネの映像をたくさん見ることができるようになったため、”René Simard−25ans de carrière”のビデオのことは忘れかけていました。しかし、このYouTube映像が、そのビデオの一部であることは、映像の最後にルネのデビュー25周年記念CD集のルネの画像が写っていることで分かります。
こちらは、、”René Simard−25ans de carrière”のCMですが、ここに流れているビデオも収録されていたのかしら? (ほとんどがYouTubeでご覧いただけますよ♪)
<CMに収録されているミュージック・ビデオ> ・L'oiseau 鳥
・Coeur de maman
・ミドリ色の屋根(第3回東京音楽祭世界大会より)
・Fernando
・Tous les enfants du monde(仏語版「チキチータ」)
・Comment ca va
・Tourne la page
・Un enfant comme les autres(映画の一場面)
・On ne vit jamais pour rien
<その他のミュージック・ビデオ> ・Ma petite Japonais(仏語版「雨上りのデイト」)
・Bozo
・Papa on s'ennuie de toi
・Pascale
・Triste Noël
さて、前回紹介いたしました記事は、1977年9月27日の初回放送について報じた新聞記事でした。今回は、ルネのデビュー25周年記念CD集の小冊子に掲載された”・・・On ne vit jamais pour rien・・・人は決して、ただ生きているわけじゃない”より、『ルネ・シマール・ショー』について書かれた部分とともに、カラーの画像を紹介いたします。
また、紹介されているゲストについても調べてこました。画像は出来るだけ1977年と1978年に近いものを選びましたので、当時のルネと合わせてご覧ください。
▲CBC-TV『ルネ・シマール・ショー』のリーフレットより
<デビュー25周年記念CD集の小冊子より抜粋>
(アメリカのツアーから)ケベックに戻って、ルネはCBCとTVのバラエティー番組のため、2年間の契約に署名しました。
1977年、ルネ・シマール・ショーは、火曜日夜、”d'un ocean a l'autre海から海へ”のゴールデン・アワーに放送されました。
バンクーバーに直行し、それらに任命されなかったからといって、どんなにアンディー・ウィリアムズ、ピーター・ユスティノフ、バフィ・セント=マリー、グロリア・ロリング、ジョセ・フェリトアーノか、ロック・グループのシカゴと異なっていたからといっても、ルネはスーパースターの称号を受けました。
ルネ・シマール・ショーは、最高視聴率を獲得し、最優秀バラエティー番組に贈られるACTRA賞のトロフィーを授与されました。
ショーは2年間熱烈な支持を受けました。テレビ視聴者は新しいルネ・シマールを発見しました。アーティストは仕事に就いたのです。少年は成長しました。
アンディ・ウィリアムス ハワード・アンドリュー・ウィリアムス(英: Howard Andrew Williams、1927年12月3日 - 2012年9月25日)は、アメリカ合衆国のポピュラー歌手。アルバムセールスに関して、アメリカレコード協会および英国レコード産業協会から、18のゴールドディスク、3つのプラチナディスクを贈られている。NBCで1962年から9年間、自らの名前を冠した音楽バラエティ番組『アンディ・ウィリアムス・ショー』を放映し、エミー賞を3度受賞した。ヒット曲には『ムーン・リバー』等がある。
ビーター・ユスティノフ ピーター・アレクサンダー・ユスティノフ(Sir Peter Alexander Ustinov, 1921年4月16日 - 2004年3月28日)は、英国のアカデミー賞受賞俳優で、小説家、脚本家、劇作家、映画監督。CBE受勲者。アカデミー助演男優賞を『スパルタカス』(1960年)と『トプカピ』(1964年)の2作品で獲得した。