犬とマムシ
「マムシに遭遇した時の、ある犬の行動」
かって「タイ」と言う犬を飼っていました。
日本犬の雑種ですが、大きさは柴犬くらいで、緻密な被毛に包まれ、いかにも、「寒さに強い北方の犬」と言った感じでした。肩幅もあり、「犬そり」でも引かせらさぞやと言った犬でした。
だから、夏場には大変です。温度計がグングン上昇している時季でも、厚い綿毛が体のあちこちに残っているのです。そのうえ、その綿毛は厚いため「毛すき用の櫛」が十分に通らないこともあります。後から後から「涌いて」出る綿毛を、「バケツ」に山盛りに梳き取ったものです。
そんなところから、
「この犬はもしかして北海道の犬かもしれない」と思ったものです。
正直言って「北海道の犬」とはどんな犬なのかマッタク知らないのですが、中型の、がっしりしたタイプで、全身に緻密な綿毛が密生して、寒さに滅法強いとなれば、あの「南極犬」の仲間と単純に考えていました。
「タイ」と言う名前も「アイヌ」の言葉から頂きました。
「タイ」は、「山や林」が大好きです。一緒に山にでも行くとブッシュの中をくぐり、しばらくは、「歌の文句」の通り、「犬は喜び駆けずり回る」の状態になるのです。
中でも「カモシカ」が大好きで、カモシカがチラリとでも見えると、一瞬の隙を突いて私の手から離れることがしばしばでした。そして、大きい「カモシカ」の後を追ってブッシュの中に消え去ります。
しかし、「タイ」の動きは、「吠え声」で分かります。
いくつもの山を越え、はるか遠くで「タイ」の吠える声がします。30分も経った頃に、さすがに疲れた姿で現れます。
こんな時には、「タイ」は本当に山が好きなんだと思ったものです。
「タイ]と言う呼び名もこんなところから名前が付けられました。「タイ」とは、アイヌ語で「森」を意味するとか、そうだとしたら「タイ」にピッタリの名前なのです。
「タイ」の弱みは「暑さ」だけではありません。
「カミナリ」と「花火」の「ドッカン」の音も「だい嫌い」、と言うより「怖いもの」の範疇に入っていました。
夏の暑さは我慢も出来ますが、はるか遠くで「カミナリ」が鳴っても「タイ」は怖いのです。また、夏の時季になり「遠くで花火」の音がしますと「クンクン」泣き始め、家の中に助けを求めます。
そんな時、「タイ」の心を癒す、唯一の処は「人間」の側にいることです。それも出来るだけ近くが「怖さを紛らわす手段」ですから、人のそばに「にじりよって」きます。
「タイ」には、「まだ怖いもの」がありました。
ある日、「タイ」を連れて、観賞用の「イワヒバ」と言う植物を採りに行ったことがあります。「イワヒバ」は名前の通り、岩とか崖のようなところに「へばり付いて」います。そんな処には往々にして「マムシ」が生息している可能性があります。
「気をつけねば」。
「タイ」と[自分」に注意を促すように呟きました。
その時です、「タイ」が動きを止めました。見ると「タイ」は尻尾を巻き込み、目には何かに怯えた時の不安な表情が現れています。それも第一級の「不安な表情」なのです。そして、「S・O・S」の信号である、鼻で「クンクン]と鳴き始めました。
その姿は「この先は一歩たりとも前に進めません」であり、「怖いから抱っこ」とでも言っているようでした。 いつか「栗の木」の下に来た時にも、一面の「栗のいが」で歩けなくなりこんな顔をしたことがありました。
「きっとなにかある」。
注意深くあたりを見渡した時に「チラリ]と動く「蛇」の姿を捉えました。
茶褐色に独特の文様の「マムシ」でした。
そうか、「タイ」にとって「マムシ」は強敵なんだ。
これで「タイ」の怖いものが、「カミナリ」と「花火」と「マムシ」であることが分かりました。
人間にとって「蛇に対する畏怖感」は、相当なものです。「子供の頃に良く山で遊んだものですが、「蛇」を見ただけで怖がる子供が必ずいたものです。まして、この蛇が「マムシ」となる泣き出す子供までいたものです。
このようなことを言う私自身も「蛇に遭遇した瞬間」の「ドッキリ感」は「今でも」あります。
ですから、私の心の中には、「先天的には畏怖感」があるようです。ただし、「蛇」
と遭遇して、「一瞬の間を置いて、何という蛇か」が分かった瞬間に「畏怖の感情」から解放されます。
これは、「後天的」に身に着けた知識で「心の畏怖、恐怖」などの感情を「コントロール」しているからだと思います。例えそれが「マムシ」であっても、学習によって「マムシ」の弱点を知っていますから「怖さ」が半減してしまいます。
「蛇」の持つ独特の雰意気はどう見ても「得たいの知れない」代物です。
独特の「文様」は攻撃する動物に対する「示威の印」です。
瞬きをせずに睨む、鋭い目。
「チロリチロリ」と意味もなく舌なめずりをしながら、地面をはいずり回る、クネッタ身体。
時には、「毒牙」を突き刺し、攻撃する相手を「死の国」に送り込む。
これだけ「不気味さ」が揃えば、なんでもござれで「人間が利用」せずに置かないと思われます。なぜなら、「得たいの知れないもの」の「手先」にはモッテコイの「生き物」だからです。
ですから「アダムとイブ」以外にも「良し悪し」は別にして、多くの「説話」が作りだされたものと思われます。
さて、「タイ」の場合はどうなのか、人間と同じように「先天的」に「蛇」に対し「恐怖感」を持っているものなのか、それとも、「後天的」に「マムシ」の怖さを知ったのか。
後天的に「マムシ」が嫌いになったのであれば、あるいは、過去に「マムシ」の「咬傷の被害」に遭遇した経験があるからかもしれません。
「マムシ」も「咬み付いたもの全てに毒液を注入」している訳でもないようです。咬み付いたもののうち、50から70%の確立で「毒液の注入」に失敗しているらしい、とのことです。
だとすれば「タイ」も過去に「マムシ」に咬まれたが、毒液が少ないなどの理由であまり病まずに「マムシ」の怖さだけが残ったとも考えられます。
しかし、勇猛果敢に「蛇」に戦いを挑む動物の姿を見ることができました。
昨年のことですが、偶然にも、ある「猛禽類」が、大好物である「蛇」を捕まえる様子を、近い距離から観察することができました。
遠いかなたから「蛇」の姿を捉えたのでしょう、天空から一気に飛んできた「鷹」は、その鋭い爪と体重で蛇の首根っこを掴み、一瞬で蛇を殺戮してしまいました。
その技は、「何百万年かの進化の賜物」であり、神様は「猛禽類」に「お前らは蛇や野うさぎを捕まえて生きろ」と命じられたとしか思えない早業でした。また、「マムシ」に相対する「生き物」には、このような技が必要なのだ、と納得したものでした。
これに比べて「マムシ」に遭遇した「犬」の「技」と言えば、「毒の匂い」を本能的に嗅ぎわけ、いち早く「マムシ」の存在に気付き、忌避行動を取ることしかないようです。「猛禽類」のような鋭い爪もなく、「猫」のような「敏捷」な動きもない。
(「猫」が「毒蛇」に挑み、目に毒液を掛けられて失明した事例があります。毒蛇の 種類とか、毒液をどのようにして噴射したのかなど、詳細な状況が分かりません)。
神様は、「犬族」に対し、「マムシ」を発見したなら「速やかに身を引け」と「退く業」を授けたものと思われます。
さて、今年も「マムシ」の季節がやってきました。
「マムシ」の咬傷などないことを願いますが、「横井先生」が「犬のマムシ咬傷」について「獣医師会の会報」に記述してましたので、念のために、その要点のみを紹介しておきます。
1 マムシの咬傷には「抗毒素血清」を使用した。血清を投与して翌日の夕方から食 欲が出始めた。
2 北海道から九州にかけて生息する蛇は8種類であり、そのうち「毒蛇」は[マム シ」と「ヤマカガシ]であること。
咬まれた時の「牙痕と症状」は次ぎの通り(「へび研」より抜粋)、
1、(ヤマカガシ)
「牙痕」は、
1,2から4列の歯形。
「毒の作用」
毒の主な作用は血液の凝固作用系の「ブリノーゲン」を減少させる。
毒の直接作用で「播種性血管内凝固症候群」を起こすことがある。また、血 栓形成により腎糸球体が閉塞し急性腎不全を起こす。
*(文中の「播種性」とは、種を蒔いたように沢山の病変を作ること)。
2、(マムシ)
「牙痕」は、
1または2箇所の「針]で刺したような傷。
「毒の作用」
毒の主な作用は、決液の凝固作用系の「血小板」を減少させる。
出血の傾向と時に急性の腎不全を起こす。また、まれに腫れが僅かでも咬傷 後、数時間で全身性の出血が現れることがある。
なお、血液凝固の仕組みは(あらましです)、
1 血液の中に次ぎの三つの物質が存在しています。
@血小板
Aプロトロンビン
Bフィブリノーゲン
2 血管が破れると、そこに「血小板」が集まり「血小板が破壊」する。
3 「血小板の中から「トロンボキナーゼ」が出る。
4 「トロンボキナーゼ」が、「プロトロンビン」に作用して「トロンビン」に変え る。
5 「トロンビン」が「フィブリノーゲン」に作用して「フィブリン」に変える。
6 「フィブリン」は「糸状・網状の物で、不溶性の蛋白」、これで「血液が凝固」す る。
また、その他詳細は日本蛇族学術研究所(へび研で検索のこと)を紹介します。

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