タイマグラでの出来事
「真夜中に自転車をこぐ音が・・」
渓流釣りも「朝まずめ」を狙うのが一番です。
このためには、前の日から目的の「渓流」に入り、「野宿」をしながら「朝」を待ちます。
川面が「白みかけた」ところを狙って「餌」を投げ込みます。お腹をすかした「イワナや「ヤマメ」は思わず飛びついてくるのです。
朝方の9時ころには「釣り」も一休み、「コーヒー」を沸かしての朝食です。
この釣行は、「釣り」と「キャンプ」の楽しみを合わせたようなもの、「釣り」が終われば辺りの「植物を観察」したり、時には「山菜」取りになることもあります。
それにもまして楽しいことが、道々の歴史的な「遺跡」であったり、「土地に伝わる伝承」などの「探索」です。
ですから、「釣り」の途中で地元の人と一緒なったりしますと、「釣竿」はそっちのけで「何時間」でも話し込んでしまうこともあります。
そんな「魅力的」な土地の一つに、「タイマグラ」があります。
まず、「タイマグラ」の地名からして、いかにも「ミステリアス」なのです。「地名」と言えば、一般に「漢字」なのですが、「タイマグラ」はどの地図にも「カタカナ」で書かれています。
さらに、「タイマグラ」の意味も「不詳」となれば、おおかた、このようなところは「アイヌ」の地名がその由来と思われるのです。となれば、「憧れ」の「縄文の文化」の「痕跡」でも残されていないものかと、つい「夢中」になってしまうのです。
さて、その当時の「タイマグラ」には、2戸ほどの人家があったと記憶しています。
遠くから望見しただけですが、家の周囲には「畑」が作られていました。恐らくは「自給自足」の生き方をしているのかもしれません。
それもまた「憧れ」の対象なのです。
「地理的」には「タイマグラ」から「早池峰山」の方向に登りますと、間もなく「小田越」の峠に到達します。そこは「遠野」、「大迫」の「境」であり、そこを「降り」ますと、まもなく「遠野市」の「附馬牛」や「土淵」であり、「大迫町」の「宿坊」に行き着きます。
その昔には、「牛方」たちが、「宮古方面」から「塩を背」にした牛を引き連れ、「遠野」や「大迫」、さらには「江刺」や「花巻方面」に「塩」などの物資を運搬した通路であったとも思われます。そして、途中の「タイマグラ」は「宿場」として「牛方さん」の休息の場として使われていたのかも知れません。
「タイマグラ」の伝説として「大盗賊がこの土地を隠れ家として使い、各地で盗みを働いていたとか」。険阻な土地柄ですが、「交通」の要所として使われていた可能性もありそうです。
「タイマグラ」に「釣行」したのは「6月の初め」の頃と記憶しております。
「釣り」の「ベースキャンプ」は、「タイマグラ」からさらに奥地に入った「沢」に「陣取り」ました。
天候にも恵まれていましたので、「ツエルト」を木の枝に掛ける程度にしてもぐりこみました。
さて、夜中になって変な音でめがさめました。誰かが「自転車」で走っている様子なのです。
「こんな夜中に、自転車を漕いでいる」。
私はいそいで「ツエルト」から首を出しました。
その音は、その日の釣りを行う予定の「沢」でした。
「ゴー」と流れる水の音にまじって「ギーコー・・ギーコー」と「自転車」の音です。しかも「さび付いた自転車」の感じです。
外に起きだして良く聞きますと、その「音」は「沢の上空」を移動しているようです。「上流の方」から「下流の方向」に向かっているように感じられました。
「誰か、お空を自転車で走っている。それも錆びた自転車で」。
そのときは、本気でそのように思ったものです。
好天と思っていた空模様ですが、もいつの間にか空には「雲」が覆っていました。
明け方が近いのか、薄暗い「空」はいくぶんですが「アカネ」に染まっています。そして、早池峰に続く峰は漆黒の「シルエット」に形取られていました。
やがて「自転車」は、遠く走り去りました。
「ツエルト」にモグリ込み、あれこれ考えました。
どう考えても「自転車」の「音」にしては可笑しいのです。
しばらくして、
「そうか、もしかしてこれが『鵺(ヌエ)』と言うものなのか」。
全ての謎が解けました。
ご存知のとうり「鵺」というの、古くから「妖怪」と言われているものです。
「平家物語」の「鵺退治」によりますと、その姿は「頭がサル、身体はタヌキ、尻尾は蛇で、手と足がトラ」と言った何とも「奇妙」な「怪物」と言われています。
また、「遠野の伝承」でもこの「妖怪」が紹介されています。
「仙人峠」の近くに、人を寄せ付けないような「崖」があります。
「そこに『鵺』が現れる」、
とのことです。
ご存知の通り、「鵺」の「実態」は「トラツグミ」です。
「トラツグミ」は、「日本各地」に生息しています。「ツグミ」の中でも大きめの身体で、「くすんだ黄色」の中に「黒い斑点」が散らばっています。その模様が「トラの模様」に似ているところから、「トラツグミ」の名が付けられたものと思われます。 「森と渓流」を中心に生活していますが、時には「怪我」をして「保護」されることもあります。
さて、その鳴き声ですが、「繁殖の時期』の「5月頃」から鳴き始めるようです。しかも、「フクロウの仲間やヨタカ」とともに「夜に鳴く鳥」の代表となっています。
問題は「その音」ですが、一般的には「口笛」に例えられているようです。ただし、聞きようによっては、「ブランコの漕ぐ音」にも聞こえるとのことです。
「夜中に、子供がブランコを漕いでいる」。
これもまた「怖い想像」につながりそうです。
私の聞いた「錆びた自転車を漕ぐ音」もこれに近いものと思われます。
しかも、多くの人の「証言」でも、「どこで鳴いているのか特定できにくい」とのことでした。ですから、私の経験した「錆びた自転車で走り去る」との表現も間違っていないようです。「『雄・雌』で鳴くこともある」とされていますから、これが移動して「鳴いている」ように聞こえるのかも知れません。
この鳴き声が「いかにも寂しげで、かつ不気味に響いた」ものですから、地方によっては「地獄鳥」とか「幽霊鳥」などと呼ばれたり、「文学の世界」でも「怪物」や「不吉なもの」として取り上げられたものと思われます。
二回目に「鵺」の「鳴き声」を聞いたのは、「落城の秘話」の残る「大きな崖」でした。ある「お城」が「落城」する時に、多くの「兵士」がその「崖」から「身を投じた」とか・・。
そんなところに「鵺」とは、そんなところに現れて「寂しい声で鳴く」ようです。
やっぱり「鵺」は「怪物」かも・・・・。

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