牛の炭疸のこと
「『塩漬け原皮』からの炭疸診断ー7」
8月24日に「解剖」された乳牛が、「炭疸」と診断されたのは、翌日の「25日」になってからでした。
「診断」は、「国の技術者」の指導のもとに、「血液」による「アスコリー反応」と「血液塗沫標本」からの「夾膜」の証明によるものでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・
特に「アスコリー反応」は、
「炭疸菌」によって「免疫された血清(ウサギか馬)」と
「検査材料」となる、「死体」から取り出された「血液」を煮沸して作り出された「抽出液」を「ガラス管」の中で「反応』させて診断します。
もし「炭疸」に感染して死亡したのであれば、
「二つの液体」が重なり合ったところに「白いリング」が形成されます。
これが「アスコリー反応」による「診断法」です。
更に、「炭疸」で死亡した「牛」であれば、必ず、「身体」の中に「炭疸菌」が存在します。
そのうえ、「体の中」に存在する「炭疸菌」の特徴として、「菌」の周りには「夾膜」と言われる、「膜」で覆われています。
「自然界」に存在する、「炭疸菌」に「類似の菌」には「夾膜」が存在しないのです。
ですから、とりあえずは、「アスコリー反応」が「陽性」であること、更に、死体の中に存在する「菌」に「夾膜」が「証明」できれば・・
「炭疸」と決定できるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、「炭疸」の「検査」を行っている間、
盛岡では、「関係者」がそろって「診断」の「結果」を待っていました。
「検査」の途中にも、
「診断はまだか・・」
の電話が、何度もあったようでした。
特に、「擬似」とはいえ、「人の患者」ガ発生していますから、「事」は重大です。 「人の患者」には、急いで炭疸血清」が必要ナのです。
話しでは、「炭疸」と決まればすぐさま「ヘリコプター」で「炭疸血清」を運ぶんだとか・・。
だから「診断」を「急げ」というものでした。
・・・・・・・・
「検査」によって、「炭疸」と決定したのは、「午前11頃」でした。
すぐに盛岡の「係長」当てに電話しました。
「アスコリー反応」が「陽性」であり、
さらに、
「夾膜」を証明するための、「炭疸菌」の「染色法」の一つである、
「メーラー染色」によって、シッカリと「夾膜」の「存在」が「確認』されたのです。
したがって「死亡した牛」は「炭疸」と「診断」されました。
勿論、「腕」に「白い包帯」を巻いた人々の「潰瘍」も、
「皮膚炭疸」と「確定」されたのです。
・・・・・・・
この時点から、「岩手の炭疸禍」が始まったのです。
「指導」の名目で訪れた、「国の関係者」の「第一声」が、
「無知と貧困が招いた惨事」
と「侮蔑的」な発言から「疸疸」の「防疫活動」が始められました。
この「無知と貧困・・・発言」の「影響」は大きく、
その後の「全国の報道機関」もこぞって、「無知と貧困」を前提に「記事」が作られていきました。
・・・・・・・
次ぎの課題は・・
「行方不明」になっていた「牛の原皮」が、「塩漬け」になって「発見されたのです。
しかも、「とんでもないところ」からの「発見」でした。
これが「炭疸」によって「死亡」したのであれば
「これからの防疫活動に大きく影響してくる」
のです。
また、「塩漬けの原皮」と言うのは、剥ぎ取られた「牛の皮」を「保存」するため、「大量の塩」で処理したものでした。
「ガチガチ」の塩まみれの「硬い皮」です。
上司からは、
「この『牛』が『炭疸』なのか急いで『診断』をしろ」
との命令です。
「命令」した上司にも、何時もと違う「雰意気」が漂っていました。
・・・・・・
なにしろ、「疫学調査」が進むにつれ、いろんな問題が「表面化」し始めたのです。
「一部の畜産農家での、半ば慣習的に行はれていると言う、死亡した牛の食用のこと・・」
「人体感染もその過程で起こったものであること・・」、
「更に、死亡した牛一頭が、行方不明になっていること・・・」
・・・・などなどでした。
・・・・・・
これらのことが、「全国」に向けて発信されたのです。
「新聞」、「テレビ」、「ラジオ」・・
全ての「媒体」が、「炭疸」と「県の防疫のまずさ」、「不手際」など、
「おどろおどろ」した「文句」で「騒ぎ立て」始めていたのです。
「唯一の味方」になるべき 「国の行政」もまた、「県の行政」のまずさだけを並べ立て
「どうするんだ」
と詰め寄るだけでした。
どうやら、全ての「責任」は、
「上司のところへ集中している様子・・でした」
・・・・・・・
さて、「塩」に漬けられた「牛の皮」での「炭疸の診断」ですが、考えられる方法を試みるのですが、いくら行っても「判然」とした「結果」は出ませんでした。
「国の機関」にでも「依頼」すれば、事は簡単です。
「上司」にそれとなく伝えたのですが、
「上司」からは、
「そんなことが出来るか・・・これが出来ないなら『くび』だ」
激しい叱責の「言葉」が・・返ってきました。
この「上司」の一声で「ある思い」が「頭をよぎった』のです。
「そうだ・・「母校」がある・・・」
「鬼」のような「上司」の怒りを尻目に、「検査材料」の「一欠けら牛の皮」の持って「K教授」のもとに駆けつけました。
ことの「経緯」を知った「K教授」は一言、
「塩を抜けばいいんだよ」
「塩だけを取り去るのですか」
「そうだ・・『セロファン』を使えばいいんだよ・・・後は、普通に処理すればいいのさ・・」
さて、「セロファン」ですが、
ご存知のように、「木材」の「セルローズ」を加工して作られたものです。
「透明で、水分は通しますが『ウイルスや細菌』などは通さないのです。
このため、「浸透膜」として「人工透析用」の「膜」だとか、「海水を真水」に変える「装置」などにも使われているとのことです。
後は、何時もの処理で「アスコリー反応」を行うだけでした。
これによって、どうにか「くび」が繋がりました。
なお、この「上司」からは、この後も何回か
「お前は首だ」
と言われたものでした。

0