牛と馬の「ワラビ」による中毒
「牛と馬では違った発病機序・人は食べても大丈夫」
(1) 放牧地造成の背景
戦後になって食糧増産が緊急の課題となっていました。今と違い、「農業こそ国の基本である(農本主義)」との考えで、積極的に農業の振興に取り組んでいました。また、日本の農政の基本として、「日本国民が何時、如何なる事態でも飢えないための食糧の生産と、そのための農地の確保」に向けられていたものです。
畜産の分野においては、国民の栄養を確保することであり、摂取量が極めて少なかった「動物性のタンパク質と脂肪」を供給することに目標が置かれていました。
そのために取られた政策は「家畜を増やすこと」であり、牛を飼うための「草地造成」でした。特に、酪農と肉牛の振興のために、北上山系など各地で草地造成が行われております。
* なお、最近になって「日本の食糧自給率」が話題になっていますが、この当時の 考え方(記憶ですが)として、「日本国民が飢えないための農耕地(草地も含む) の面積は、570万から580万f、最低でも550万fが必要」と言われていまし た。この面積があれば、「食糧が戦略」として使われても、「日本国民の食糧は国内 で賄える」とも言われていたものでした。しかし、この後の「食糧の国際分業論」に よって、食糧自給率が急激に低下しております。
(2) 放牧地の抱えた問題
造成された草地は、放牧や採草地として利用されました。それまでにも、自然の野草を利用しての放牧は、牛・馬ともに行われていたのですが、人工の草地での放牧は未知の分野でした。
牛の病気の多発や思うように体重が増加しないこと、放牧の料金を徴収しているものの、放牧地はどこも大幅な赤字経営であり、どこの市町村(その他の経営主体者)も、その対策に苦しめられていました。特に、牛の病気の発生は深刻でした。ダニが媒介する「ピロプラズマ病」によって途中で放牧を中止して、牛を家に帰した放牧地もありました。
この結果は、翌年になって放牧を拒否する農家も出始め、放牧頭数が激減する放牧地も出てきました。放牧頭数が少なくなることは、収入の減少に繋がり経営がいっそう苦しくなります。
(3) 牛のワラビ中毒
「牛のワラビによる中毒」は、1960年台に発生しております。発生した放牧地は、草地が造られて5年くらい経過した処でした。
造った当初は、立派な牧草だけ生育していたのですが、5年も経ちますと雑草が入ってきます。中でもワラビは地下茎を伸ばして侵入し、草地の中に拡大して行きます。春は若芽の状態で、山菜として重宝されますが、やがて「ホダ」となります。牛にとって不要な植物ですから、刈り取ってしまえば良いのですが、経費が掛りますから行えないのが実態でした。
季節的には、梅雨が過ぎ盛夏に入る頃になりますと、ワラビがホダを開きます。このワラビのホダを食べた牛が病気になりました。放牧された牛は集団で行動しますから、中毒は全頭に及ぶ可能性もあり厄介な病気の一つでした。
初めの症状は、重い貧血によって発見されます。紛らわしいのは、この時期になりますと、ダニが媒介する原虫(ピロプらズマ原虫)が赤血球の中でで増殖して、貧血を起こす病気もありますから、類症鑑別が難しくなります。ワラビ中毒との決定的な違いは、血液の凝固能が極めて低くなります。注射の跡からいつまでも血液が滴り落ちたりします。最終的には、血液の検査によって判定されます。
中毒の原因となるものは、ワラビのホダに含まれる「ブタキロサイト」と言われる物質であり、この物質が造血器官に作用して「骨髄の機能障害」を起こすため、再生不良性の貧血となります。
症状は、貧血によって粘膜が蒼白となり、目などの結膜に点状の出血が現れ、血尿、血便なども現れます。
(4) 馬のワラビ中毒
ワラビによる中毒は、「馬にも発生」します。馬の中毒を起こす毒物は、牛の毒物であるブタキロサイトと異なり、やはりワラビのホダに含まれる、「アノイリナーゼ」と言われる物質によって起こります。
この物質は、馬の体内の「ビタミンB1」を破壊します。このために「神経組織に炎症」が起こり「多発性神経炎」となります。症状としては、運動失調によって歩行困難・起立不能、また、痙攣などが現れます。死亡した馬を解剖した所見では、四肢の
神経組織に沿って出血を伴う炎症が起こっていたのが強く印象に残っています。
なお、この病気は、盛岡市の郊外である「梁川地区」の放牧地に多く発生したために「梁川病」とも言われております。戦後になって馬の生産が減少し、梁川病の発生もなくなっております。
(5) 食べない筈の「ワラビのホダ」を何故食べたのか
牛でも馬でも、有毒な成分を含む植物を食べないのが原則となっています。ワラビも同様に、本来は食べないはずなのですが、何故、食べたのか疑問が残ります。
その当時は、放牧に関連する「生態系」についての知見が乏しく、牛の病気のこと、草のこと、昆虫・ダニのこと、良く分からないことだらけでした。牛の生態に関係のある人々は、放牧地での牛の食性を調査しました。結論的なものを導き出せなかったとおもいますが、「多様な食物の欠落」にたどり着きました。特に、放牧地を造るときには、何種類かの牧草の種子を混合して蒔きます。しかし、何年かしますと老朽化によって草の種類が限定されて、極端な事例では、1から2種類の牧草になってしまいます。
いろんな草を食べたい牛は、囲いの柵から首を伸ばして、柵の外に生えている雑草を求めて、何でも食べます。もし、柵の内側にワラビが生えていれば、ご馳走に見えのかも知れません。
効率性だけ求めてすべてを人工物にした誤り、その後からは、無駄と思われていた、雑草や芝草などの生えた野草地も放牧地の中に組み入れ、出来るだけいろいろな草を食べられるように改良しております。
なお、「人でのワラビ中毒」の発生については、まったく前例もなく、心配がないことを付け加えておきます。

4