2006/11/19

教科書の詰まった  彼と彼女の風景
バッグを抱え、彼女はダッシュで交差点を曲がった。

30mほど先には、右のウインカーを出して今にも出発しそうなバスがいる。彼女に気付いた運転手は、ウインカーを左に切り替え、走って来る彼女のために、入り口のドアを開けた。

「すみません、ありがとうございます」
全力で走って来た彼女の声は、静かなバスの中、隅々まで響いた。バスの中には社会人と学生とがそれぞれ5人くらいいる。

3段あるステップを上がりながら、彼女は右手をポケットに入れた。そこに定期が無いことに気付くと、不安そうに運転手に話しかけた。
「あのぉ、定期とお財布を忘れちゃったんですけど...」
先ほどとは打って変わって小さな声でそう告げる彼女に、
「明日の朝、定期を見せてくれれば良いよ。でも、帰りのバスは他の運転手だろうから、悪いけど友達にでもお金を借りてくれるかい?」
と運転手は優しく答えると、入り口のドアを閉じ、右のウインカーを点けてバスを発進させた。

「ありがとうございます」
再び元気な声で運転手にそう告げると、彼女は少しよろけながらバスの中を後ろに向けて進んだ。

いつもの席に座っている彼を見つけ、左隣に座った彼女の頭を、彼の右手がつついた。彼女は首をすくめながら、少し舌を出して彼の目を見た。

見つめ合う二人の笑顔は、窓から差し込む朝の光で輝いていた。

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