2008/5/19

「おはよう」  彼と彼女の風景
その声に振り返ると、見知らぬ女の子が自分のバッグを覗き込んで何か探していた。
彼女は視線をバッグの中に向けたまま、言葉を続けた。

「日頃着慣れないスーツを着ているせいか、なんだかトイレに行きたくなっちゃったんだけど、ここで会えてちょうど良かった。ちょっとこのバッグ持っててくれる?」

そこまで言って初めて、彼女は彼の顔を見た。
一瞬のうちに彼女の表情が変わっていくのを見て、彼はおかしくなってしまい、笑いながら答えた.

「いいよ、預かっとく。初対面の挨拶にしちゃあ斬新だけど、緊急事態ならしょうがないか」

彼女もバッグを差し出した手前引っ込みが付かなくなり、照れくさいのもあって、彼にバッグを預け、ポーチだけ持って傍らの図書館に入って行った。

歩道の端にあるベンチに腰を下ろしながら、彼は自分がさっき歩いてきた方向を見た。私鉄の駅からは、彼らと同じようにスーツを着た若者が次々と吐き出されてくる。皆どこかぎこちなさを漂わせながらも、入学式が行われる講堂に向けてまっすぐに進んで行く。

さっきまでその流れに飲み込まれていた彼は、少なくとも4年間をここで過ごさなければいけないのかと思いを巡らし、憂鬱な気持ちになっていた。だが、今こうしてベンチに座り、同期生の流れをぼんやり眺めていると、少し気持ちが明るくなってきた。

バッグを預けたとき何も言わなかった彼女は、戻ってきた時、なんて切り出すんだろう?
それを想像して思わずにやけてしまった彼の後ろから、彼女の足音が近づいてきた。

頃合いを見計らってバッグを持ち、立ち上がった彼と戻ってきた彼女の顔は、笑顔に満ちていた。

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