2008/8/13

「やっと見つけた」  彼と彼女の風景
その声に顔を上げると、見たことの無い女の子がにっこり笑って立っていた。

自分のことなのかどうか確かめるために、彼は右手に持ったスプーンで自分を指し示した。本当は『俺?』と言いたかったのだが、頬張ったばかりのカレーでいっぱいで、何もしゃべれなかった。

彼女はこくんとうなずくと、彼の向かいの席に腰を下ろした。
「何だかちっとも私のこと覚えていないみたいねぇ」
彼は口の中にいっぱいだったカレーを片付け、水を一口飲んでから答えた。
「ごめん、本当に覚えてないや」
「そうかもしれないわね。だって話すのは初めてなんだもの」
「え?」
「新手の勧誘とかそんな怪しいやつじゃないわよ。じゃあ、少しだけヒントを出すから考えてみて」

彼女の笑顔に、彼の表情が少し柔らかくなった。
「今年の2月に私達は会ってるの。あそこの教室で」
彼女が指差す先には、一般教養の授業で良く使う階段教室のある建物があった。

「今年の2月って言ったら、受験の時か?」
「そう。でもまだ思い出さない?」
「ダメだ、さっぱり分からないや」
「じゃあ第二ヒント」

彼女はそう言うと、自分のバッグの中から筆箱を出してチャックを開け、消しゴムを取り出して彼の前に置いた。
「あっ...」
スプーンを置き、その消しゴムを右手にとって眺めながら、彼は続けた。
「英語の試験の時」
言い終わった時には、彼は笑顔に変わっていた。

「思い出したみたいね」
「ああ、英語のリスニングの試験の途中で、隣に座っていた君は消しゴムを落とした」
「そう、力を入れて消してた時だったから、何だかすごい勢いで飛んで行ってしまって、途方に暮れてたの」
「俺はそれに気がついて、自分の筆箱から、この予備の消しゴムを君の方に差し出した」
「当たり!」
彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。

「あの時はもう舞い上がっちゃって、真っ赤になってたと思うんだけど、この消しゴムのおかげで、落ち着きを取り戻して、無事合格することができたの」
彼はそれを聞きながらにっこり笑っていた。

「テストが終わってすぐ、お礼をしなきゃいけなかったんだけど、『やっと終わった』と思ってぼぉっとしてたら、あなたはすぐにいなくなっちゃって」
「確かあの時、俺は腹の調子が悪くて、トイレに直行したんだと思うよ」
それを聞くと彼女は声を上げて笑った。

「あの時は本当にありがとう。この消しゴムがなかったら、私はきっと今ここに居ないと思う」
「そこだけ聞いてたら、何だかご利益があるやつみたいだな」
「そう、私にとっては『運命の消しゴム』なの」
「どこにでもある普通の消しゴムなのにな」
「この消しゴムもらっちゃってもいい?」
「ああ、いいよ。俺はすっかり忘れてたんだし」
「ありがとう。ずっと机の上に飾っておくね」

消しゴムを彼から受け取り、元の筆箱に戻すと、彼女は立ち上がるそぶりを見せた。
それを見た彼は、にっこり笑いながら口を開いた。
「ところで、君はなんて名前?」
自分の紹介すらしていなかったことに気付き、また彼女の顔に笑顔があふれた。

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