2019/7/4
ドロミテ2019 ドロミテ
更新を再開!

ドロミテはマルチピッチクライミングだけでなくショートルートも楽しめます。
標高が高く、天気も安定することが多いので、真夏の暑い時でも登れます。
日本でもそうなのですが、真夏にクライミングができる場所は限られていて、実際のところ真夏はクライミングには適していないと言えるかもしれません。
そういう意味では、ドロミテは夏でも快適に登れる貴重な場所です。
※日本で夏でも涼しく登れる場所というと、瑞牆山、ボコダキ岩ぐらいしか思いつきません。小川山は場所をしっかりと選ばないと、登る場所は意外に少なくなっています・・・・。

登っているのは5.11dのルート。

今回行った岩場は傾斜も緩い傾斜から強い傾斜まであり、どのレベルの方でも楽しめますが、どちらかというとクライミングを始めたばかりの方が多く集まります。
ハイシーズンになるとガイドが講習会も行っています。
今後、このブログでもワンポイントアドバイス的なクライミングネタを紹介していきます。
Ciao!

ドロミテはマルチピッチクライミングだけでなくショートルートも楽しめます。
標高が高く、天気も安定することが多いので、真夏の暑い時でも登れます。

日本でもそうなのですが、真夏にクライミングができる場所は限られていて、実際のところ真夏はクライミングには適していないと言えるかもしれません。
そういう意味では、ドロミテは夏でも快適に登れる貴重な場所です。
※日本で夏でも涼しく登れる場所というと、瑞牆山、ボコダキ岩ぐらいしか思いつきません。小川山は場所をしっかりと選ばないと、登る場所は意外に少なくなっています・・・・。

登っているのは5.11dのルート。

今回行った岩場は傾斜も緩い傾斜から強い傾斜まであり、どのレベルの方でも楽しめますが、どちらかというとクライミングを始めたばかりの方が多く集まります。
ハイシーズンになるとガイドが講習会も行っています。
今後、このブログでもワンポイントアドバイス的なクライミングネタを紹介していきます。
Ciao!
2019/6/20
ドロミテ2019 まずはカルタゴ ドロミテ
2019年シーズン、最初のルートはファーストセラタワーの通称「カルタゴ」5.10d/6ピッチ。
ボルトルートでのフリークライミングです。
ドロミテのおススメ時期はと聞かれることが多いのですが、個人的にはこの6月中・下旬がお勧めです。
なぜなら花が多いから。しかし人は少ないんです。
アネモネ、シナノキンバイ?などの雪解け直後の花が満開です。
大型の花なので見栄えします。

写真ではちょっとわかりにくいですが、ここまでのアネモネの群落は見ごたえあります。

アネモネだけでなく、シナノキンバイも群落で咲いています。
他にはハクサンイチゲ、サクラソウ、定番のゲンティアナ・コキアナ/ベルナなど
しかしドロミテの6月を公に勧められない理由もあり、それが天気の不安定さ。
北の冷たい空気と南の暖かい空気がぶつかり合うところに雲が発生しますが、それがドロミテを含むヨーロッパアルプス辺りがそうなってしまいます。
ちょうど日本の梅雨の状況と一緒です。
それでも一日中雨が降ることは少なく、何となく行動できるので上手く付きあえるようになるとやはりお勧めです。
今回の「カルタゴ」
ちょっと登れる人にはかなりのおススメです。
僕らも何度も登っていますが、やはりそれを再認識しました。

ルートは200メートル程度しかありませんが、傾斜があるので高度感があります。

傾斜はほぼ垂直。部分的に薄かぶりですが、ホールドの係が良いので思い切って登れます。

天気とうまく付き合えていると思っていましたが、向こうから雨が近づいてきました。
…実際には雨でなく、雹でしたが。

一瞬濡れましたが、その後はスピードアップして頂上へ。
ダッシュで片付け、下山。
車に着いたと同時に雨が降ってきました。
今回は7月になってから仕事がスタート。
それまではプライベートです。
ではまた。
ボルトルートでのフリークライミングです。
ドロミテのおススメ時期はと聞かれることが多いのですが、個人的にはこの6月中・下旬がお勧めです。
なぜなら花が多いから。しかし人は少ないんです。
アネモネ、シナノキンバイ?などの雪解け直後の花が満開です。
大型の花なので見栄えします。

写真ではちょっとわかりにくいですが、ここまでのアネモネの群落は見ごたえあります。

アネモネだけでなく、シナノキンバイも群落で咲いています。
他にはハクサンイチゲ、サクラソウ、定番のゲンティアナ・コキアナ/ベルナなど
しかしドロミテの6月を公に勧められない理由もあり、それが天気の不安定さ。
北の冷たい空気と南の暖かい空気がぶつかり合うところに雲が発生しますが、それがドロミテを含むヨーロッパアルプス辺りがそうなってしまいます。
ちょうど日本の梅雨の状況と一緒です。
それでも一日中雨が降ることは少なく、何となく行動できるので上手く付きあえるようになるとやはりお勧めです。
今回の「カルタゴ」
ちょっと登れる人にはかなりのおススメです。
僕らも何度も登っていますが、やはりそれを再認識しました。

ルートは200メートル程度しかありませんが、傾斜があるので高度感があります。

傾斜はほぼ垂直。部分的に薄かぶりですが、ホールドの係が良いので思い切って登れます。

天気とうまく付き合えていると思っていましたが、向こうから雨が近づいてきました。
…実際には雨でなく、雹でしたが。

一瞬濡れましたが、その後はスピードアップして頂上へ。
ダッシュで片付け、下山。
車に着いたと同時に雨が降ってきました。
今回は7月になってから仕事がスタート。
それまではプライベートです。
ではまた。
2019/6/20
ドロミテ2019 ドロミテ
ブログを再開します!
まずは今シーズンのドロミテ西部(カナツェイ周辺)情報から。
冬から春に雪が多かったのか、残雪がかなり残っています。
また、斜面の木々が雪でかなり倒されているため保水能力が落ちているようで、土石流の跡がかなりあります。
雨の降る日は斜面や沢に近づかない方が良いかも…。
まずは今シーズンのドロミテ西部(カナツェイ周辺)情報から。
冬から春に雪が多かったのか、残雪がかなり残っています。
また、斜面の木々が雪でかなり倒されているため保水能力が落ちているようで、土石流の跡がかなりあります。
雨の降る日は斜面や沢に近づかない方が良いかも…。
2016/8/7
Col de Mezzo ドロミテ
Col de Mezzo - 2396m Spitagoras 500m 11p 6a

たくさん登った夏でしたが、それも遂に最終戦です

ドロミテで名高いトレチメ(ドライチンネ)の土台となる岩壁、それが、Col de Mezzo

アパートの出発時に朝日を浴びる Pelmo(岩の崩壊跡が残る)

地味だが確実な実力を要求される壁であり、その大きな壁を登り切ると、突如として美しい草原の向こうにそびえるトレチメが現れる
(更に進むと、超人気ハイキング、トレチメ一周表銀座の喧騒に飛び出すのが、唯一の難点?)
ガイドなんて仕事は、この確かな土台となる、Col de Mezzoのようなもの。
決して自らが、華やかなトレチメであってはならない。
この場合におけるトレチメは、お客様なのだから。

経験者として主導権を持つことと、主役であることとは別物だが、それを自分がトレチメだと勘違いしている輩は多い。
だけど私たちは、この地味で硬く堅実な、「土台」であり続けたいと思う。
それ故に私たちには、相応しいルートだと感じたし、深い親しみをすら覚える壁だった。

これからも地味だけれど確実な実力を持った、この壁であることを、少しずつ目指して行きたいと、改めて心に誓った日でもある。

壁の標高差は400m、弱点を突いたラインのルート全長は500m。
それを11ピッチ程度で登るのだから、1ピッチはいずれもスタートを除いて40〜45m。
ボルトはその間に目印程度の2,3本と、あくまでも目印程度で、その数本があってもなおルーファイは難しく、かと言ってフェイスに近くなる傾斜とグレードでは、支点が取りにくい。
1997年初登でいわゆる古いラインを再登したものではなく、基となる昔のルートは無い。華やかな人気ルートでない分、これを選ぶクライマーは比較的コアな連中に限られる。
従って、残置も皆無となるのです。

力の試されるルートですが、コースタイム6〜8時間のところ、登攀に要したのは6時間。

すぐ後ろからスタートして私たちを抜く気満々だった後続も居たけれど、登り終えたときには、彼らを大きく引き離していた。
(下山して取り付きから見上げた壁の最終ピッチには、まだ彼らの姿があった)
結果から言えば、今年の成果としては満足のいくものでした。
何故なら追いかける彼らも、実力的にはそこそこの若者達だったから。

ドロミテにおけるゲレンデ的なマルチ(残置だらけの超人気ルート)を除く、それ以外のラインを経験した人ならわかる。
こちらのガイドブックのコースタイムは、どれも初見で登るにはまずルーファイが難しく、特に下山のタイムも含めれば、その時間内では登れないのが普通のこと。
そして降りられない。
ドロミテのガイドブックによるコースタイムは、ルートを既に熟知している人が登った場合の所要時間であると、考えた場が良い訳です。

ラインを探しながら登ると、多くは2割から3割増しに見積もらなければならないのが常となる。

それが今年のTofana di Rozes を例にとれば、ボルトルートであることを考慮に入れても、内容的には難易度が高く、トポにはクラシックルートと同じ所要時間が記載されている。

それでもTofanaでの登攀は、コースタイムを更に短縮することが出来た

これがドロミテ、シャモニを含めた、アルプスで地道に重ねた17年間の成果だと、言えるのかもしれない
職人的な仕事は、現役である以上、仕事以外の時間での絶え間ない努力が必要であり、技術の向上を目指すことに終わりはない。
仕事内の努力程度では、ただの積み重ねであり、「出来る範囲内のルーチンワーク」でしかなくなるからです。
それ以上の経験を経て、初めて自分の目指すものが見えてくる。
だから私たちは、これからも登り続けるだろう。

「いいかお前たち?勘違いすんなよ。決してガイドなんてもんはよ、主役じゃないんだよ」
「陰でお客さんを支える黒子であることが、本来の仕事なんだからな」
そういって、私たちの志した当初に諭してくれたのも、シャモニの人でした。

本当に長い道のりではあったけれど、それはまだ、終わりではない。

たくさん登った夏でしたが、それも遂に最終戦です

ドロミテで名高いトレチメ(ドライチンネ)の土台となる岩壁、それが、Col de Mezzo

アパートの出発時に朝日を浴びる Pelmo(岩の崩壊跡が残る)

地味だが確実な実力を要求される壁であり、その大きな壁を登り切ると、突如として美しい草原の向こうにそびえるトレチメが現れる
(更に進むと、超人気ハイキング、トレチメ一周表銀座の喧騒に飛び出すのが、唯一の難点?)
ガイドなんて仕事は、この確かな土台となる、Col de Mezzoのようなもの。
決して自らが、華やかなトレチメであってはならない。
この場合におけるトレチメは、お客様なのだから。

経験者として主導権を持つことと、主役であることとは別物だが、それを自分がトレチメだと勘違いしている輩は多い。
だけど私たちは、この地味で硬く堅実な、「土台」であり続けたいと思う。
それ故に私たちには、相応しいルートだと感じたし、深い親しみをすら覚える壁だった。

これからも地味だけれど確実な実力を持った、この壁であることを、少しずつ目指して行きたいと、改めて心に誓った日でもある。

壁の標高差は400m、弱点を突いたラインのルート全長は500m。
それを11ピッチ程度で登るのだから、1ピッチはいずれもスタートを除いて40〜45m。
ボルトはその間に目印程度の2,3本と、あくまでも目印程度で、その数本があってもなおルーファイは難しく、かと言ってフェイスに近くなる傾斜とグレードでは、支点が取りにくい。
1997年初登でいわゆる古いラインを再登したものではなく、基となる昔のルートは無い。華やかな人気ルートでない分、これを選ぶクライマーは比較的コアな連中に限られる。
従って、残置も皆無となるのです。

力の試されるルートですが、コースタイム6〜8時間のところ、登攀に要したのは6時間。

すぐ後ろからスタートして私たちを抜く気満々だった後続も居たけれど、登り終えたときには、彼らを大きく引き離していた。
(下山して取り付きから見上げた壁の最終ピッチには、まだ彼らの姿があった)
結果から言えば、今年の成果としては満足のいくものでした。
何故なら追いかける彼らも、実力的にはそこそこの若者達だったから。

ドロミテにおけるゲレンデ的なマルチ(残置だらけの超人気ルート)を除く、それ以外のラインを経験した人ならわかる。
こちらのガイドブックのコースタイムは、どれも初見で登るにはまずルーファイが難しく、特に下山のタイムも含めれば、その時間内では登れないのが普通のこと。
そして降りられない。
ドロミテのガイドブックによるコースタイムは、ルートを既に熟知している人が登った場合の所要時間であると、考えた場が良い訳です。

ラインを探しながら登ると、多くは2割から3割増しに見積もらなければならないのが常となる。

それが今年のTofana di Rozes を例にとれば、ボルトルートであることを考慮に入れても、内容的には難易度が高く、トポにはクラシックルートと同じ所要時間が記載されている。

それでもTofanaでの登攀は、コースタイムを更に短縮することが出来た

これがドロミテ、シャモニを含めた、アルプスで地道に重ねた17年間の成果だと、言えるのかもしれない
職人的な仕事は、現役である以上、仕事以外の時間での絶え間ない努力が必要であり、技術の向上を目指すことに終わりはない。
仕事内の努力程度では、ただの積み重ねであり、「出来る範囲内のルーチンワーク」でしかなくなるからです。
それ以上の経験を経て、初めて自分の目指すものが見えてくる。
だから私たちは、これからも登り続けるだろう。

「いいかお前たち?勘違いすんなよ。決してガイドなんてもんはよ、主役じゃないんだよ」
「陰でお客さんを支える黒子であることが、本来の仕事なんだからな」
そういって、私たちの志した当初に諭してくれたのも、シャモニの人でした。

本当に長い道のりではあったけれど、それはまだ、終わりではない。
2016/8/4
コルチナの薔薇 ドロミテ

Tofana di Rozes Spigolo Sam 540m 16p 6c (5.11b)
(ただし、日本に比べて2グレードほど、辛めです)

コルチナを代表する壁である、Tofana di Rozes 南壁
(雨が多すぎて北壁が濡れているため、目標は南壁に絞りました)

Tofana di Rozes のRozesとは、イタリア語の薔薇
日差しを浴びて輝く巨大な壁は、大輪の薔薇のようです。


このTofana di Rozesの壁の中でもことに大きな2Pillarへ、2011年に拓かれた、比較的新しいルートが、Spigolo Samです

一ピッチ目からイキナリこの傾斜、長さ(40メートル)

しかも霧で湿気シケ・・・

時折日差しが暖かくなるが、ポケットホールドの中には、緻密な粒子の濡れた泥が詰まっており、それに触れたときにはヌルッとした感触と共に、指先が濡れてしまうのも厄介だ

先に取り付いていた、クラシックルートのスロベニアチームは、何と女子二人!
別ルートの私たちと、彼女たちの後続だった男性チーム、二組に抜かれながらも頑張っています。

このハング越え、庇の上にあったホールドといえば、縦向きで浅く指がかかるものだけ
「こんなもんで体上がるか!」

全長の半分で

既に疲労の色が濃くなってくる
強い傾斜と、霧に湿った岩。登攀時間は7時間、下山は5時間。
深い霧に周囲の全貌がなく、私たちは、あることに全く気が付いていなかった
実は10年前に並行するクラシックルートを登った時とは、別のコルへ抜けていたこと。
おまけに下山路が当時とは違って、大きく迂回ルートへ変更されていたこと。
これらによって私たちは、隣を登っていたもう一組のスロベニア女子と共に、下山迷走するハメになってしまう・・・

アプローチも含めて車のあるDibona小屋に戻ったのは、アプローチを含めた13時間後でした

ヘッデンは使わずに済みましたけど(なんたって日没は21時!)

下山のハードさもさることながら、
こんなレベルの壁に取り付くクライマーが、世界中から集まるとはいえ、何組も居るのは驚くべきことです。
またその壁に中でも、特に一回り大きな壁を選び、クラシックのラインから難しめのラインを選んで挑む、そんな女子チームまでが居るという事実も驚きです。

闇に飲みこまれつつある姿も、やっぱりデカイ
全て含めて、これぞドロミテ!
もう堪能し過ぎてます。。
2016/8/2
大トラヴァース ドロミテ
Col dei Bos Via Ada 350m(410m) 12p X+
そもそも2日続きの大雨の翌日としては、雨が掛かりやすい上に、水の通り道である溝を中心に拓かれた、クラシックルートは適さない。
それでも私は岩の弱点を突く、理にかなったラインの、先人の開いたクラシックルートへ行きたかったのです。
なぜなら今年は天候不順なこともあって、比較的斜度が強いことで壁が雨に濡れず、敗退もしやすいスポーツルートを登ることが中心になっており、もうボルトはうんざりだったから。

が、しかし違った意味でまた、クラッシックも厳しい

何故なら、脆い岩だとプロテクションは取りにくい上に信用できない

しかもやっぱり濡れている

当時の技術では登れなかった壁も、今の技術では登る対象となるため、ラインが見えない

けれど昔の人には登れなかった壁は、避けて拓かれてるから、横へ逃げることになる

逃げて、

逃げて・・・

しかもいくら解りにくいったって、ペンキマークばっちりなのも・・

なんかいただけない

何処までもひたすら左上

一体何処まで行くんじゃい!

これはもう、南壁の大横断ルートかい!?

高度差にして350mのはずが、何処までも横に進んだから、なかなか山頂に抜けられず、やっと迷路のような壁から脱出できました?

あ〜ぁ、あっちの人達のルートの方が真っすぐで良さそうだったね?
だけど英語ガイドじゃ、あっちが二つ星で、これは三ツ星??だったんだよね。。。

戦場の残骸の中をを歩きながら、二人で
「なんか・・・だったね。」「うん、そうだね。」
「長くて疲れたけれど、長いだけで、なんかね。」「そうだね・・」
何か今一つしっくりこないまま、ぼんやり下山していたら、この子が癒してくれました。

「ホラさ、そんなコトもあるわヨォ」

ちなみにこのルート、小屋の真ん中の屋根に近い位置からスタートして、一番高いところへ行くので、長さは400mを越えてました
もしかして?と思ったら、1944年初登。
ナルホド・・これが当時における、「最も論理的である」ラインだったわけです。
「泥臭いクライミング?いいじゃない?」って方には、お勧めですかね。
そもそも2日続きの大雨の翌日としては、雨が掛かりやすい上に、水の通り道である溝を中心に拓かれた、クラシックルートは適さない。
それでも私は岩の弱点を突く、理にかなったラインの、先人の開いたクラシックルートへ行きたかったのです。
なぜなら今年は天候不順なこともあって、比較的斜度が強いことで壁が雨に濡れず、敗退もしやすいスポーツルートを登ることが中心になっており、もうボルトはうんざりだったから。

が、しかし違った意味でまた、クラッシックも厳しい

何故なら、脆い岩だとプロテクションは取りにくい上に信用できない

しかもやっぱり濡れている

当時の技術では登れなかった壁も、今の技術では登る対象となるため、ラインが見えない

けれど昔の人には登れなかった壁は、避けて拓かれてるから、横へ逃げることになる

逃げて、

逃げて・・・

しかもいくら解りにくいったって、ペンキマークばっちりなのも・・

なんかいただけない

何処までもひたすら左上

一体何処まで行くんじゃい!

これはもう、南壁の大横断ルートかい!?

高度差にして350mのはずが、何処までも横に進んだから、なかなか山頂に抜けられず、やっと迷路のような壁から脱出できました?

あ〜ぁ、あっちの人達のルートの方が真っすぐで良さそうだったね?
だけど英語ガイドじゃ、あっちが二つ星で、これは三ツ星??だったんだよね。。。

戦場の残骸の中をを歩きながら、二人で
「なんか・・・だったね。」「うん、そうだね。」
「長くて疲れたけれど、長いだけで、なんかね。」「そうだね・・」
何か今一つしっくりこないまま、ぼんやり下山していたら、この子が癒してくれました。

「ホラさ、そんなコトもあるわヨォ」

ちなみにこのルート、小屋の真ん中の屋根に近い位置からスタートして、一番高いところへ行くので、長さは400mを越えてました
もしかして?と思ったら、1944年初登。
ナルホド・・これが当時における、「最も論理的である」ラインだったわけです。
「泥臭いクライミング?いいじゃない?」って方には、お勧めですかね。
2016/7/30
しつれいね ドロミテ
Lastoni di Formin, Torrione Marcella Nikibi 300m 9p 6b+

本日の目標はコチラ

アプローチ35分て・・・やっぱりねぇ(走れってのか?)

でもアプローチのメドウ(森)は、確かに美しく

イチヤクソウやアルペンローゼが花盛り

近付く程に姿を変える、不思議な岩峰です

土曜日とあってかやはり人出は多く、取り付きで準備してたら追いついてきたのは・・・昨日の後続の同じ3人だった
昨日クノは1ピッチ目を既に発っていたので、顔見知りなのは私だけ。
あら、まぁ「Hey! hello Again」とお互い挨拶を交わし、気になっていた出身国を訊ねる。
だって彼ら、一人は英語、一人はラテン語?もう一人の女の子は更に??ってな組み合わせ。
「あぁ、それはね、僕はクリミア、彼はスペイン、僕の奥さんはロシアなんだ」
ふ〜ん・・・ナンデ?
「それより昨日の落石、あれ見たか?あれってアンタたち?」
「違うよ!あれは私たちの上からだよ!」(失礼な・・・)
「怖かったよねぇ〜」と、頷き合う。
そこでコールがありスタート。

しかしココも、グレードが見合っていたのは初めのアプローチ的2ピッチのみ

昨日以上に激辛です

6aは6bで、6b+(11a)は6c+(11c)程に、初登者イタリア人だからかミエ張りすぎだろ?

このピッチ、後続はやはりA0
ここで先頭がもたついたため順番待ち。
フリーで抜けられたのは、この日4パーティーのうち、私たちとそして、一つ先行した女の子組のリードの娘だけ。
彼女たちはスロベニア人。
クライミングの盛んな国の出だけあって、このリード娘はめっぽう強かった。

6aでハング越えすること2回?

6a+で指ポケットの切り返し5回?

頂上は素敵な処でしたが

やっぱ下山・・・

怖いっちゅうに!!

「取り付きまでは15分」ってのも、かなりアバウト?

倍はかかるだろ?

なんか二日間とも、楽しむというよりは、修行系だったな・・・

荷物満載!
隣のクラッシックルートを同じくらいに出発し同着、山頂で熱い抱擁を交わしていた、スロベニア人カップルの車です。家?

本日の目標はコチラ

アプローチ35分て・・・やっぱりねぇ(走れってのか?)

でもアプローチのメドウ(森)は、確かに美しく

イチヤクソウやアルペンローゼが花盛り

近付く程に姿を変える、不思議な岩峰です

土曜日とあってかやはり人出は多く、取り付きで準備してたら追いついてきたのは・・・昨日の後続の同じ3人だった
昨日クノは1ピッチ目を既に発っていたので、顔見知りなのは私だけ。
あら、まぁ「Hey! hello Again」とお互い挨拶を交わし、気になっていた出身国を訊ねる。
だって彼ら、一人は英語、一人はラテン語?もう一人の女の子は更に??ってな組み合わせ。
「あぁ、それはね、僕はクリミア、彼はスペイン、僕の奥さんはロシアなんだ」
ふ〜ん・・・ナンデ?
「それより昨日の落石、あれ見たか?あれってアンタたち?」
「違うよ!あれは私たちの上からだよ!」(失礼な・・・)
「怖かったよねぇ〜」と、頷き合う。
そこでコールがありスタート。

しかしココも、グレードが見合っていたのは初めのアプローチ的2ピッチのみ

昨日以上に激辛です

6aは6bで、6b+(11a)は6c+(11c)程に、初登者イタリア人だからかミエ張りすぎだろ?

このピッチ、後続はやはりA0
ここで先頭がもたついたため順番待ち。
フリーで抜けられたのは、この日4パーティーのうち、私たちとそして、一つ先行した女の子組のリードの娘だけ。
彼女たちはスロベニア人。
クライミングの盛んな国の出だけあって、このリード娘はめっぽう強かった。

6aでハング越えすること2回?

6a+で指ポケットの切り返し5回?

頂上は素敵な処でしたが

やっぱ下山・・・

怖いっちゅうに!!

「取り付きまでは15分」ってのも、かなりアバウト?

倍はかかるだろ?

なんか二日間とも、楽しむというよりは、修行系だったな・・・

荷物満載!
隣のクラッシックルートを同じくらいに出発し同着、山頂で熱い抱擁を交わしていた、スロベニア人カップルの車です。家?
2016/7/29
サッソ=落石 ドロミテ
Lastoni di Formin, Spiz de Mondeval Re Artù 300m 10p 6b
英語版トポから拾える範囲でコルチナ周辺となれば、後に残るはアプローチの長い山域ばかり。

そもそも普段から仕事で歩く分、他では歩きたくはないんですね

そこでネットから検索して選んだのが、このPasso Giau周辺の岩峰です

しかし・・・アプローチ50分って感じじゃぁ
(目標物はあの岩峰の右端、チョビッと尖ったトコ!?)

ないんデないの?
(Passo Giau の激しいヘアピンカーブの切り返しによる車酔いで、ゲロゲロ気分なのに)

やっとのことで、岩の麓に

平日でも意外にも人気で、もう既に各ルートでクライマーが取り付いていて、更に後続も3名あり
すぐに登り始めます

犬バカガイド、本来の第一希望は隣のコチラ・・・Love my dogs 7a

しかしまずはこのエリアのグレーディング傾向を観なくっちゃね
(と、私が却下)

だってオカシイでしょ?お隣さん、明らかに岩の弱点ではなく、岩の難関選んで引かれたラインだし

そもそもコッチだって、6a(10b)で、ナンデ被ってるのさ?

それでもこれまで登ったドロマイトの中では、まぁ岩は硬くて快適かな

ケド・・傾斜はあるね
しかもこの日は、先行パーティーが超ド級の下手っぴで、落石が雨あられと飛んでくる。
何か叫び声がした!
と、上空を仰げば、一抱えもあろう落石がスローモーションの如く宙を舞っており、次にそれらが、凄まじい風切り音と共に周囲を通過してくるのだから、たまったもんじゃない。
ヒューンではなく、ブーーンと長く尾を引いては、次々と背後を落下していく。
戦場の兵士とはこんな気分なのかと、身も縮むような思いだが、その場では避けようも無い。
文字通り、身をすくめてやり過ごすしかないのだから、全身から血の気が引いていくのがわかる。
その都度お互いの安全を、次に下のパーティーの無事を確認するのだが、取り付きに落ちたそれらは、更に地面で砕け散っていたから、まだ幸いだった。

核心 6b(10d)? 嘘ばっか! 連続カチ持ち指壊れそう
(5.11b〜cはある)
そもそもが、これくらいのグレード限界の人には、ほぼ登れない。
実際皆さんA0でヌンチャク掴んでたし。
が、プライドに掛けて?誰も見ちゃいないが、気合のノーテンション。

しかしまだ気は抜けない・・何せ上からは不意打ちで、凄まじい落石が飛び散ってくるし

壁被ってるし?(かぶってる方が落石は避けやすいけど)
繰り返すようですが、これは6a(10b)です

体の硬いクノ・・股関節ヤバくない?
先行者に追いついたら、「二人で咬みついてやるっ」って思ってたけれど、結局は最初からかなり離れていたので(つまりかなり上からの落下距離がある落石だった?)結局追いつかず。
チョークは各所、岩の脆い妙なところに付いていて、ルーファイのマズさ故の落石だったことが窺い知れます。

「なんだぁ・・最後はやさしいんじゃない」

そう、お思いの方?

これは既に下山中
懸垂とクライムダウンを繰り返します

ふぅ〜 安全圏に戻れました〜
怖かったよぅ・・・
英語版トポから拾える範囲でコルチナ周辺となれば、後に残るはアプローチの長い山域ばかり。

そもそも普段から仕事で歩く分、他では歩きたくはないんですね

そこでネットから検索して選んだのが、このPasso Giau周辺の岩峰です

しかし・・・アプローチ50分って感じじゃぁ
(目標物はあの岩峰の右端、チョビッと尖ったトコ!?)

ないんデないの?
(Passo Giau の激しいヘアピンカーブの切り返しによる車酔いで、ゲロゲロ気分なのに)

やっとのことで、岩の麓に

平日でも意外にも人気で、もう既に各ルートでクライマーが取り付いていて、更に後続も3名あり
すぐに登り始めます

犬バカガイド、本来の第一希望は隣のコチラ・・・Love my dogs 7a

しかしまずはこのエリアのグレーディング傾向を観なくっちゃね
(と、私が却下)

だってオカシイでしょ?お隣さん、明らかに岩の弱点ではなく、岩の難関選んで引かれたラインだし

そもそもコッチだって、6a(10b)で、ナンデ被ってるのさ?

それでもこれまで登ったドロマイトの中では、まぁ岩は硬くて快適かな

ケド・・傾斜はあるね
しかもこの日は、先行パーティーが超ド級の下手っぴで、落石が雨あられと飛んでくる。
何か叫び声がした!
と、上空を仰げば、一抱えもあろう落石がスローモーションの如く宙を舞っており、次にそれらが、凄まじい風切り音と共に周囲を通過してくるのだから、たまったもんじゃない。
ヒューンではなく、ブーーンと長く尾を引いては、次々と背後を落下していく。
戦場の兵士とはこんな気分なのかと、身も縮むような思いだが、その場では避けようも無い。
文字通り、身をすくめてやり過ごすしかないのだから、全身から血の気が引いていくのがわかる。
その都度お互いの安全を、次に下のパーティーの無事を確認するのだが、取り付きに落ちたそれらは、更に地面で砕け散っていたから、まだ幸いだった。

核心 6b(10d)? 嘘ばっか! 連続カチ持ち指壊れそう
(5.11b〜cはある)
そもそもが、これくらいのグレード限界の人には、ほぼ登れない。
実際皆さんA0でヌンチャク掴んでたし。
が、プライドに掛けて?誰も見ちゃいないが、気合のノーテンション。

しかしまだ気は抜けない・・何せ上からは不意打ちで、凄まじい落石が飛び散ってくるし

壁被ってるし?(かぶってる方が落石は避けやすいけど)
繰り返すようですが、これは6a(10b)です

体の硬いクノ・・股関節ヤバくない?
先行者に追いついたら、「二人で咬みついてやるっ」って思ってたけれど、結局は最初からかなり離れていたので(つまりかなり上からの落下距離がある落石だった?)結局追いつかず。
チョークは各所、岩の脆い妙なところに付いていて、ルーファイのマズさ故の落石だったことが窺い知れます。

「なんだぁ・・最後はやさしいんじゃない」

そう、お思いの方?

これは既に下山中
懸垂とクライムダウンを繰り返します

ふぅ〜 安全圏に戻れました〜
怖かったよぅ・・・
2016/7/27
あくてぃぶレストバケーション ドロミテ

コルチナの街から眺める、Tofana di Rozes と Tofana di Mezzo

予定外のクーデターなどによる遅延その他、色々ありましたが、

クライミング帰りに飛び込んだ農業祭で、手羽先を齧りながらビールで乾杯してみたり・・・
(夏休みバイト?でゴミ集めするチビッ子達と。カメラを向けられハズカシイ💛)

最後の夜はレストランで乾杯して
(要は毎晩呑んでいた)

「ヨイ子は真似しない!」
最後のお客様も、無事帰国の途に就かれました。

連日動く分、体力的にはなかなか辛いドロミテクライミング、ラストの寄り道は、あま〜く〆て
ジェラッテリアFONTANAで♪
遠い旅路に、そしてクライミング三昧、ビアフェラータにハイキングと・・・
この夏をアクティブなバカンスとして、お付き合下さった皆さま、
どうもありがとうございました!
そしてお疲れ様でした!
2016/7/26
Tre Cime ドロミテ
世界的にその名を知られる Tre Cime

日本人には、ドライ・チンネの名の方が、馴染みあるかもしれない

剱のチンネはココから来たものだから

Tre Cime 中央のCima Grande 北壁では、1933年に初登とされる
Comici 550m 16p Z⁻
(1933年ドイツではヒトラーが政権を握り、日本では国際連盟から離脱という、次の戦争への激動の時代です)
Cima Grande 北壁、これも一つの目標ではあったけど・・・
どうせ登るのなら、知られていなくても面白そうなルートを、選んでみるのもいい。
それがクラシックだとしても、勘で良いルートに出会えた時の感動は、きっと、より大きなものになるだろう。

(この辺りも、大戦当時の名残を留める塹壕が各所に見られます)

Cima Piccla
数年前登った、Yellow Edge 310m 13p Y+ は、超人気のツルぴか百万人ホールドだったけれど、人気があるのも確かに頷けるルートでした。
今度は同じCima Piccla でも、 Yellow Wall 320m 11p 7a+?
・・・勘弁してほしいなぁ。

日本人には、ドライ・チンネの名の方が、馴染みあるかもしれない

剱のチンネはココから来たものだから

Tre Cime 中央のCima Grande 北壁では、1933年に初登とされる
Comici 550m 16p Z⁻
(1933年ドイツではヒトラーが政権を握り、日本では国際連盟から離脱という、次の戦争への激動の時代です)
Cima Grande 北壁、これも一つの目標ではあったけど・・・
どうせ登るのなら、知られていなくても面白そうなルートを、選んでみるのもいい。
それがクラシックだとしても、勘で良いルートに出会えた時の感動は、きっと、より大きなものになるだろう。

(この辺りも、大戦当時の名残を留める塹壕が各所に見られます)

Cima Piccla
数年前登った、Yellow Edge 310m 13p Y+ は、超人気のツルぴか百万人ホールドだったけれど、人気があるのも確かに頷けるルートでした。
今度は同じCima Piccla でも、 Yellow Wall 320m 11p 7a+?
・・・勘弁してほしいなぁ。
2016/7/25
Col dei Bos ドロミテ
Col dei Bos Degli Alpini VF3B

この辺りは、第一次世界大戦中の激戦区
torre Falzaregoの麓に今も残る、野戦病院跡地の先が、スタート地点です

いきなり激しい傾斜で始まる、本格的なビアフェラータ

始めっから腕パンプ!

Exposure sense!(露出感満点)

しかも最初だけではなく

何処までも上へ上へと伸びていく、ビアフェラータのケーブル

通ってきた尾根は、恐竜の背中みたい

ゴールイン!

見晴らしの良い丘でのランチタイムは平和そのもの
(土台があるので恐らくは大戦中の砲台跡・・・)

トーチカ(塹壕)の穴が、いくつも連なる壁の傍らを歩いて、下山します


Tofana Di Rozes 「薔薇のトファネ」3225m
この山頂にもビアフェラータはあります。
遠く東はドライ・チンネから、西はアルコのもっと西まで。
延々と、イタリア対オーストリアの国境稜線に張られたお互いの防備線、塹壕が続いていたのです。
http://www.planetmountain.com/it/foto/alta-via-della-grande-guerra-nelle-dolomiti/38492?s=4
戦火を経て100年の時を、ただそこにあるがままの姿で、眺めてきた山ですね

トップでスタートした私たちは巻き込まれませんでしたが、凄い渋滞中・・・

この辺りには大戦の資料となる書籍も店に沢山置いてありますが、当時はまだ兵器といえば砲台くらいで、高みにある敵陣を人海戦術で奪い合った時代のこと。
累々と屍の連なる凄まじい戦闘が繰り返されたようです。
病院跡地には暖炉の跡なども残っていましたが、酷寒のアルプスを岩穴の中で過ごす越冬は、どちらの陣営の兵士にとっても同様に辛かったことでしょう。
陸繋がりの国境を持たない日本という国の、この時代に生まれたことは、幸せなことだと感じますね。

この辺りは、第一次世界大戦中の激戦区
torre Falzaregoの麓に今も残る、野戦病院跡地の先が、スタート地点です

いきなり激しい傾斜で始まる、本格的なビアフェラータ

始めっから腕パンプ!

Exposure sense!(露出感満点)

しかも最初だけではなく

何処までも上へ上へと伸びていく、ビアフェラータのケーブル

通ってきた尾根は、恐竜の背中みたい

ゴールイン!

見晴らしの良い丘でのランチタイムは平和そのもの
(土台があるので恐らくは大戦中の砲台跡・・・)

トーチカ(塹壕)の穴が、いくつも連なる壁の傍らを歩いて、下山します


Tofana Di Rozes 「薔薇のトファネ」3225m
この山頂にもビアフェラータはあります。
遠く東はドライ・チンネから、西はアルコのもっと西まで。
延々と、イタリア対オーストリアの国境稜線に張られたお互いの防備線、塹壕が続いていたのです。
http://www.planetmountain.com/it/foto/alta-via-della-grande-guerra-nelle-dolomiti/38492?s=4
戦火を経て100年の時を、ただそこにあるがままの姿で、眺めてきた山ですね

トップでスタートした私たちは巻き込まれませんでしたが、凄い渋滞中・・・

この辺りには大戦の資料となる書籍も店に沢山置いてありますが、当時はまだ兵器といえば砲台くらいで、高みにある敵陣を人海戦術で奪い合った時代のこと。
累々と屍の連なる凄まじい戦闘が繰り返されたようです。
病院跡地には暖炉の跡なども残っていましたが、酷寒のアルプスを岩穴の中で過ごす越冬は、どちらの陣営の兵士にとっても同様に辛かったことでしょう。
陸繋がりの国境を持たない日本という国の、この時代に生まれたことは、幸せなことだと感じますね。
2016/7/24
ヴァイオレット ドロミテ
リフトまたは専用路線バスでしか入れない、ヴァイオレットの谷へ出かけます。

中央の岩の上に建つ、メルヘンチックな小屋が、ヴァイオレット小屋です

ただしこの日は、コルチナへの移動日

午後にはカナツェの街に戻らないといけないので、谷のロケーションを楽しみながらの半日コース

の、はずだったのですが、4C(5.6)って傾斜ではないですね

チロリアンブリッジなんかも、あったりして

72歳初チロリアン!午前一杯ハードに遊んで、午後からはコルチナへお引越し!
全くレストになっていません!

岩の上にはエーデルワイスが花盛り

しかし、おじさま方は、花より団子?
「降りたらそらビールだで」

この後の路線バスは昼休みで2時間待ち
バスに乗ったら、後は土砂降りの雨でした。
一時間半でヘアピンカーブの連続する二つの峠越えをしながらコルチナへ移動し、荷物を取りにクノはもう一往復カナツェに。
1日計6回の峠越えだなんて、私なら目が回ります。
長い1日でした。

中央の岩の上に建つ、メルヘンチックな小屋が、ヴァイオレット小屋です

ただしこの日は、コルチナへの移動日

午後にはカナツェの街に戻らないといけないので、谷のロケーションを楽しみながらの半日コース

の、はずだったのですが、4C(5.6)って傾斜ではないですね

チロリアンブリッジなんかも、あったりして

72歳初チロリアン!午前一杯ハードに遊んで、午後からはコルチナへお引越し!
全くレストになっていません!

岩の上にはエーデルワイスが花盛り

しかし、おじさま方は、花より団子?
「降りたらそらビールだで」

この後の路線バスは昼休みで2時間待ち
バスに乗ったら、後は土砂降りの雨でした。
一時間半でヘアピンカーブの連続する二つの峠越えをしながらコルチナへ移動し、荷物を取りにクノはもう一往復カナツェに。
1日計6回の峠越えだなんて、私なら目が回ります。
長い1日でした。
2016/7/23
のりのり ドロミテ
Sasso Pordoi Via Maria

スタートは、人気ルートのつるつる「百万人スタンス」に、引き気味だったお2人ですが

自分達だけの岩場に、遠ざかる麓の世界

気合の声も入って、俄然燃えて来たみたい?

絶好調!

Sasso Pordoi のケーブルには手も届きそう

てか、届きますね

ゴンドラの中から手を振られ、展望台からは声援を受け、コンディションは最高潮ですね♪

スタートは、人気ルートのつるつる「百万人スタンス」に、引き気味だったお2人ですが

自分達だけの岩場に、遠ざかる麓の世界

気合の声も入って、俄然燃えて来たみたい?

絶好調!

Sasso Pordoi のケーブルには手も届きそう

てか、届きますね

ゴンドラの中から手を振られ、展望台からは声援を受け、コンディションは最高潮ですね♪
2016/7/22
selfie stick ドロミテ

天を指すファイブフィンガー

ここは毎回外せません

ドロマイトにしては岩も硬く、快適に登れるルートです

クーデター疲れからも回復してきたのか?
「なんや調子上がってきたわ!」・・・大したもんです

コチラ、決して、

踊っている訳ではありません
日本が世界に誇る?発明品が、こんなところでも活躍中!
ちなみにこの人のパートナー、ムササビ(フライングスーツ)でここから飛び出した後でした。
下から聞こえた歓声はこれだったわけです。

やっぱり快適な稜線散歩でしたね
・・・と、〆るには、やや下山が大変ですが。
懸垂下降3ピッチ+中間では「広大なテラス」のロングトラバース+懸垂下降3ピッチ。
そう簡単には降りられません。
2016/7/21
やってみる ドロミテ
1st Sella 2533m Steger W+

今日のドロミテはピーカン!

クライミングに年齢は関係ありません
ルートの長さやグレードを考慮すれば、誰だって岩峰の頂に立つことは可能です

72歳の挑戦!
トルコではクーデターに遭い、二日がかりでイタリアはドロミテまでの長旅もこなしました。
何事にも怯むことなく「まずは何でもやってみよう」という、意気込みに溢れた方です。
人生は、冒険ですね♪

今日のドロミテはピーカン!

クライミングに年齢は関係ありません
ルートの長さやグレードを考慮すれば、誰だって岩峰の頂に立つことは可能です

72歳の挑戦!
トルコではクーデターに遭い、二日がかりでイタリアはドロミテまでの長旅もこなしました。
何事にも怯むことなく「まずは何でもやってみよう」という、意気込みに溢れた方です。
人生は、冒険ですね♪