音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2009/10/18

下元克己(4)へちゃむくれ  マンガ

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「へちゃむくれ」は月刊少年マガジン'70年7月号より「ゴキブリ」の後に連載された。
ひなびた漁村の分校を舞台に、手のつけられない不良少年の主人公と美しい美人教師とのふれあいを描いた作品だが、2回程連載したあと未完で終わってしまったようだ。
私は古本屋で月刊少年マガジン'70年7〜8月号を購入し、「へちゃむくれ」を切り取って保管したわけである。
9月号は「へちゃむくれ」休載の記事しか載ってなかったので、買わなかった。
古本屋でその後のバックナンバーを見せてもらったが、「へちゃむくれ」は連載されなかったようだ。
批判めいたことを書くようで恐縮だが、下元克己氏のマンガは絵はバツグンにうまいが、ストーリーはレパートリーの幅が狭く、登場人物のパターンにしても、過去の自作のマンガの焼き回し的な箇所が多い点が気になる。
貸本時代は時間をかけてのびのびとした作品を描いていても、雑誌連載となると毎週のネタ創りと作画に追われ、どうしても作品にネタづまりと投げやり的な箇所ができてしまうようだ。
確かにマンガを描き続ける、ということは大変なことだと思う。
「マカロニほうれん荘」の鴨川つばめ氏のように一時、心身ボロボロになった例もある。
今となって言うのもなんだが、作画専門に徹するか、読み切り作品を隔週で出すくらいのペースで描いていけばもっと、漫画家としての「寿命」が長かったかもしれない。
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2009/10/15

河原町のジュリー  思い出の人達

1980年代初頭、私は京都に住んでいた。
その当時、京都には「河原町のジュリー」という地元では有名なホームレスがいた。
京都の中心的繁華街、河原町周辺を生活圏としていたらしく、私も何度か彼を目撃したことがある。
ボブ・マーリーも真っ青になるようなドレッド・ヘアで上半身は裸、皮膚は垢とほこりで真っ黒だった。
そして、目はいつも虚空を見つめているようだった。
人通りの絶えることの無い繁華街の中をさまよう彼はまるで、インドの雑踏の中でひとり、祈りをささげる行者のようでもあった。
彼の素性については諸説あって、
「彼は裕福な家庭で育ったが、ある日世の無常を知り世捨て人として生きるようになった。」
「会社を経営してたけど、倒産して”こじ○”になった。」
*当時はホームレスということばが一般的でなかった。
・・・などなど。
私が当時勤めていた上司から直接聞いたのは、
「彼はむかし京都大学文学部哲学科の学生だったんやけど、釈迦の研究に没頭しているうちに、とうとう、自分も”出家”してしもうたんや。」
と、いう説であった。
もちろん、どれが本当だかわからない。
そんな「河原町のジュリー」だが、今から20年以上前に亡くなったそうだ。
円山公園のベンチの上で新聞紙にくるまりながら、凍死していたという。
なんと、京都新聞の夕刊には、『さようなら、河原町のジュリー』という見出しで、かなり大きな死亡記事が掲載されたそうだ。
(さすが,地元密着型新聞の鏡。)
そのころ、すでに私は名古屋の実家に戻っていたので彼の死を知るよしもなかった。
・・・
「河原町のジュリー」の遺骨は京都市内の寺に無縁仏として安置されている。
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タグ: 京都

2009/10/11

下元克己(3)ゴキブリ野郎  マンガ

下元克己の「ゴキブリ野郎」は昭和45年に単行本が発行された。
月刊少年マガジンに連載されたころは、「ゴキブリ」というタイトルであった。
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この作品には最終回についてさまざまな論議がなされているようだ。
単行本に収録された最終回は下の写真のとおりである。
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悪徳不動産業者に土地を奪われたゴキブリとその仲間達が都会の片隅で、片を寄せ合って”ゴキブリ”のように生きていく場面で終わっている。
しかし、雑誌連載中での最終回は次のとおりである。
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2009/10/8

下元克己(2)  マンガ

下元克己の代表作「快男児ゴリ一平」。
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主人公ゴリ一平が2人の子分を従えて恋あり、笑いありの大活躍。
ヒロインの泉澄美の美貌と凶暴女3人組である護寺騾凄美・毛須良エミ・賀芽羅ユミのどブスぶりの両極端なキャラクターもいい。

「快男児ゴリ一平」の単行本に同時収録された短編『心の目」
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高利貸の祖父の孫である少年と盲目の美少女との心の交流を描いた作品。
牧歌的な画風は、まるで堀辰雄の小説に合い通じるものがある、と言ったらいいすぎかな。
物語の前半にゴリ一平と2人の子分が脇役で登場している点が興味深い。
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2009/10/7

下元克己  マンガ

下元克己はわたしにとって忘れられない漫画家の一人だ。
小学生の時に少年マガジン連載の「快男児ゴリ一平」を読んで以来、ファンになったが、71年ごろから雑誌で彼の作品を目にすることがなくなっていった。
その後、どうしているか気になっていたが、さまざまなブログから下元克己先生が劇画50周年記念の会に出席して現在もお元気な姿を見せていたことを知り、安心した次第である。
しかし、現在の活躍ぶりについて書かれたブログは見当たらないので、今はマンガとは別の職業についているのかもしれない。
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上の3冊の下元作品の単行本は近年になってから、ネットや古本屋で買い集めたもの。
この年になっても、読むと少年時代の記憶が戻ってくる。
そして、彼のマンガの特徴である、流れるようなストーリーとコマの展開、ヒロインと風景の美しさは今のマンガには見られない。
またいつか、下元克己先生の新作を見ることができる日が来るのを願うばかりだ。
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2009/10/3

春の祭典  現代音楽

私の50年の人生の中で最も強烈な印象を受けた音楽といえば、ストラヴィンスキーの春の祭典である。
初めて聴いたのが中学生の時だが、それ以降もずうっと私の頭の中で鳴り続けていると言っていいだろう。
色彩豊かなオーケストレーションや多彩な変拍子は今聴いてもヘタな今風の曲より、ずっと新鮮だ。
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これは今から20年以上前に買った春の祭典のスコア。
輸入品で当時4500円もした。
別に音楽の専門教育を受けてたわけじゃない。
あの複雑なリズムとアレンジをどの楽器がどのように演奏しているのか、興味がわいて自分なりに調べてみたかったのだ。
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5管編成で特殊楽器を多用した大編成。
ホルンを8本、ティンパニ奏者を2名も使う曲なんて、他にマーラーの交響曲ぐらいじゃないだろうか。
バスドラやタムタム(銅鑼)の使い方もすばらしい。
これほどの傑作を若干30歳で書き上げたストラヴィンスキーという人はホンマにすごいと思うで。
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