音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2010/4/27

メロトロン  楽器

プログレファンならメロトロンという楽器がどんなものかご存知でしょう。
だからここでは、あえて説明はしない。
だけど、私も含めてこの楽器の実物を見たことがある人は、プロのミュージシャンならともかく、どれだけいるだろうか。
雑誌の特集なんかで写真はよく見るが、目の前で弾いてるとこなんてありゃしない。
それに日本のアマチュアで「ぼく、メロトロン持ってます。」なんて人が今現在、何人いるだろうか。
そう思うと、やはりこれは幻の楽器だと思う。
さて、ここではメロトロンのメンテナンスに関する動画を紹介します。



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こういう仕組みになってたんですねえ。
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2010/4/18

アナログ・シンセサイザー  楽器

私は高校生のころに初めてシンセサイザーの音を聴き、その多彩な音色に魅了されて、いつしか自分もこの楽器を手に入れて弾いてみたいと思うようになっていた。
当時はもちろんアナログ・シンセサイザーしかなく、値段も高価でとても自分で買える代物ではなかった。
そのため学生時代はタンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェがシンセを演奏している写真を見て、いつか自分も、と夢を描いていたものである。
今は最新のデジタル・シンセサイザーがちょっとした金額(私から見たらそれでも高価だけど)で買えるようになったし、パソコンにインストールして使うソフトウェア・シンセサイザーも豊富に出回っている。
現在、私が持っているのはKORG社製のM3exp61とWAVESTATION−SRだ。
昔からKORGのシンセは好きだったし、ROLANDのシンセもJUNO−106とか、いろいろ持っていた。
特に、今から20年ほど前は名古屋市内のリサイクル・ショップにKORGのMONO/POLYやROLANDのSH−5といった往年のアナログ・シンセの名機が数万で売られていて、私はこれらを買い集めて自室を長年の夢だったスタジオにして悦に入ったものである。
その後、実家を飛びだして1人住まいを始めたり結婚したりして、それらの古い機材は処分してしまった。
今となっては惜しい気もするが、いつかは壊れるものだしこれらを置くスペースなど無いので、まあ仕方あるまい。
しかし、将来また自分だけの部屋ができるようになったら、アナログ・モデリングタイプのシンセがもう1台くらいほしいものだ。
今でもMINIMOOGやEMS Synth−Aといった往年の名機を動画で見てもわくわくするのである。
ソフトものと違ってつまみを1つ1つ動かしながら音を創っていくという、あの感触がたまらないのである。
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写真はクラウス・シュルツェの70年代のライブ・アルバムの付録として付いていたポスター。
これも私が昔から大事に保管していたものである。

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上の動画はシュルツェ師匠が名機EMS Synth−Aについて自ら紹介しているもの。
これは師匠が初めて購入したシンセであり、今でも根強く愛用しているものだ。
今では勿論、最新のデジタル・シンセに囲まれて創作活動しているシュルツェ師匠も、これとMINIMOOGは絶対手放せないそうだ。
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わかる気がするなあ。
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2010/4/17

エドガー・フローゼ”Ages”  タンジェリン・ドリーム

「このころ私は非常に感情的だった。
バウマンがバンドから離れるかどうか決めなければならなかったんだ。
無駄に時間を過ごし、何も手につかなかった。
”Cyclone”を作る前に録音を始めたのだが、多分そんな暗い状況が音楽性に反映されているのだと思う。」
(エドガー・フローゼ)
1977年に発表された4枚目のソロアルバム”Ages”。

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このアルバムをレコード店で初めて見た時、人事ながら「あっ、しまった。」と思った。
何故なら、このレコード・ジャケットには当時33歳の御大エドガー・フローゼの顔がアップで写っていたからである。
失礼ながら、私は御大エドガー・フローゼのことを人間的にもミュージシャンとしても尊敬しているが、このネアンデルタール人のような風貌では売れるものも、売れなくなってしまう、とまで思ったからである。
しかも当時はLPレコード2枚組み。
よほどのマニアでなければ買わないだろうなあ、と思ったものである。
案の定、当時私が聴いた感じによっては冗長な感じがしたものがあって、
LP1枚にまとめたほうがよかったかなあ、と思えたものである。
しかし、一部のマニアの間ではこのアルバムはフローゼの素の部分が見える手作り感のある作品群として、再評価されているのである。
楽器もシンセの他にギター、ベース、メロトロンと多彩だ。
またクラウス・クリーガーがドラムで参加している。 
エドガー・フローゼはいかつい風貌だが、来日時に会った人達の印象では人懐こくて、なかなかの好人物であったという。
そんな彼の人柄が音楽に反映されているのだろう、これまでの”Aqua”等に比べると温かみのある音楽となっている。
前作”Macula Transfer"で音楽的頂点を極め、本作から自らの音楽に叙情性を取り入れた形になった、と言えようか。

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2010/4/10

久々の大阪(3)  

鶴橋の次は新世界へ行った。
通天閣は入場1時間待ちになるほど混んでたので、外から眺めるだけにして新世界近辺をぶらついた。
あたりは串かつ屋やたこ焼きの店が並ぶ。
そのうちいくつかの店の前にはビリケンの像があるので、その前で記念撮影する。
そこから商店街にそって歩いていく。
んん、、、なんだか怪しい雰囲気になってきたぞ。
通天閣近辺はなんとなく観光地っぽいかんじだけど、このへんから昭和から時間が止まったようなかんじになってきた。
串かつ屋や飲み屋、地元のおっちゃん達が将棋を指している店、低いガード下には偽のブランド物を売っている露店、、、底辺社会のカオス(混沌)状態だ。
このあたりには何店舗かあるという激安スーパーマーケット「スーパー玉出」には、客層は主婦の姿より圧倒的に労務者のおっちゃんが多かった。
そして古びたカウンターだけの小さな居酒屋には、昼間からおっちゃんがカラオケを歌っている。
道にまでおっちゃんの「ウぁ〜〜っ」という演歌のこぶしが聞こえるたびに私と妻は顔を見合わせて笑った。
もうしばらく行くと、有名なあいりん地区がある。
そこまで行くのは危険だと思い、動物園駅の近くあたりで引き返し、また元来た道を戻って行った。
新世界のあとは日本橋で降りて黒門市場や電気街を歩き、夕方、難波から名古屋へ帰った。
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それにしても、どれもすごいインパクトのある町だった。
名古屋にも大須や円頓寺などコテコテの商店街があるが、なにせ大阪のはコテさかげんのスケールがちがう。
そして昼間から酔っ払ってカラオケで歌っているおっちゃんたち。
傍から見れば退廃的な生き方に思えるが、おっちゃんたちは生きるためにいつも必死で働き、時々そんな自分に褒美をあげるためにマイクを握り締め、酔いしれるのだと思う。
流れ者、人生の敗北者、社会の底辺から這い上がろうとする者、そんなあらゆる人達が必死で生きていくエネルギーが伝わってくる街、大阪。
あれ以来、私は大阪の魅力にハマってしまっているのである。
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タグ: 旅行 大阪 下町

2010/4/5

写真家、入江泰吉氏のこと  思い出の人達

近頃、奈良がブームのようである。
しかし、私にとっては京都や大阪同様、子供のころからずうっと心ひかれる土地であるのだ。
子供の頃から奈良が好きだったから、よく奈良へ旅行したし家で仏像の写真を眺めたりしたものである。
そんな奈良の風景や仏像等を生涯、撮り続けた写真家がいた。
入江泰吉氏(1905〜1992)である。

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入江氏の作品に出会ったのは私がまだ中学生のころだったが、氏の撮った写真は仏像、建築、風景、どれも私にとって子供ながらに魅力的であった。
実はそんな写真界の有名人に偶然、出会ったことがある。
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32歳のころ、まだ独身だった私は1人で奈良へ日帰り旅行をしていた。
安い1眼レフカメラをぶら下げてアマチュア写真家きどりで晩秋の奈良公園をブラブラ歩いていた。
すると目の前にカメラを持った若いアシスタントらしき男性を従えた白髪の老人の姿が。
この老人の顔立ちは見たことがあるぞ。もしや・・・
私は恐る恐る、老人に声をかけた。
「あのう、すいません。ひょっとして、入江泰吉先生でしょうか。」
「はい、そうですが。」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
奥手でアガリやすい私は緊張しながら、
「子供の頃から先生のファンなんです。
いつまでもお元気で、どうかこれからもすばらしい作品を撮って下さい。」
と言うと、入江氏は「ありがとう。」とにこやかにおっしゃって下さった。
お二人とも撮影に来たようなので、これ以上じゃまにならぬよう早々に立ち去ったのだが、雲の上の存在のような人と直接会って会話ができた感激で、この日の奈良の旅は最高だった。
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しかし年が明けてまもなく、入江氏の逝去を新聞記事で確認するのである。
「せっかく会えたと思ったら、死んじまうなんてよう。」
この時、私は身近な人が亡くなった時のように、やりきれない思いをしたものである。
あれから10数年、、、
今度は一人じゃなく家族で、また奈良へ行ってみたいな。
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タグ: 写真 奈良 

2010/4/4

セーラー服おじさん、名古屋の鶴舞公園に現る  つれづれ日記

本日4月4日、家族で名古屋市の中心にある桜の名所である鶴舞公園へ行った。
見事な満開である。

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付近に名古屋工業大学等の学校があるせいか、若者の集団花見客が大勢、盛り上がっていた。
この公園の東部には竜ヶ池という池があり、池のまわりも桜が見事だった。
もちろん、多くの花見客も。
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その中に突然、異様な人物が。
「あっ、もしかして、セーラー服おじさん?」
一瞬、目を疑ったが、目の前にいるのは間違いなく一時はTVによく出ていたあの、セーラー服おじさんではないか。
撮影のためなのか、オフで来たのか知らないが、自らも近くにあるイオンショッピングセンターのレジ袋をさげて仲間と花見に来たようだ。
私はこんなチャンスは滅多に無いと思い、「すみません。写真撮ってもいいですか。」とセーラー服おじさんにたずねると「いいですよ。」と快くOKしてくれた。

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これがその時の一枚。
おかげで今年の花見も楽しく過ごすことができた。
セーラー服おじさん、ありがとう。
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自宅に戻ってから、私はセーラー服おじさんのことをいろいろ考えた。
イオンのレジ袋をさげていたけど、店内もあのかっこうで買い物しとったんやろか?
私らの年代なら知ってるけど、彼のことを知らない世代の警官から職務質問されへんかったやろか?
服装はすごく若々しい(?)のに頭がすごく高齢に見えるので、ネットで彼の経歴を調べると・・・
1961年生まれ・・・オレより年下じゃねえか!
いやはや・・大きなお世話でしょうが、桜の咲く頃というのは寒暖の差がはげしいので、セーラー服おじさん、頭から風邪をひかないようこれからもがんばって下さい。
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タグ: 散策 タレント 花見



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