音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2010/8/30

クセナキス”シナファイ”  現代音楽

クセナキスの音楽を聴くと、いつも鳥肌がたってくる。
このピアノと管弦楽の為の”シナファイ”もそうだが、聴き手の脳みそにドーパミンの分泌を促すような音楽だ。





このような音楽はプログレッシブ・ロックの好きな人には意外と受け入れられたりするが、案外、クラシックファンの人には聴いてて苦痛に感じるんではないだろうかと思う。
私はクセナキスの音楽はけっこうCDやLPも持っているし、ストラヴィンスキー、シュトックハウゼン、武満徹と共に大好きな作曲家の1人だ。
彼は第2次大戦中に顔の左半分に大きな傷を負う等の波乱に富んだ人生を歩んできたが、そうした激しい生き様が、彼の作品に反映されていると思う。
彼の作品でロマンチックな曲等、1つもない。
どれもが聴き手に異常なまでの興奮作用や激しいイマジネーションをかきたてるようなものばかりだ。
生前、彼はインタビューで、
「バカンスの時は大抵1人で荒波の海へ、命の危険も顧みずに航海に出かける。」
と語っていたと、ある記事で読んだことがある。
音楽も普通でないけど、つくづく、普通の人生とは縁遠い人だったんだなと思う。
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2010/8/29

長崎のグルメ  グルメ

前回の話のとおり私は今年の夏、初めて長崎へ旅行に行ってきた。
初日の夕飯は中華街へ出かけ、妻がちゃんぽん、私はやわらか太麺の皿うどんを注文した。
皿うどんはそれまで、細い揚げソバタイプの物しか食べたことがないので、早速チャレンジしてみたが、これがまた店の味付けの仕方が良いせいもあるだろうが、予想をはるかに上回る絶品の味だった。
麺は太い焼きそばのようで、豊富な具の入った中華餡はまるで豚骨スープのような風味である。
「お好みで酢の入った甘辛ソースをおかけください。」
と、店員さんが教えてくれた。
ソースをかけたりそのまま食べたり、どちらにしても、おいしい。
家に帰ってから、ネットで調べてみると太麺の皿うどんは本場、長崎以外ではあまり知られていないそうだ。
地元でも、観光客や長崎以外の地域の人が皿うどんを注文すると、まず細麺が出てくるそうだが、私達の入った店はウェイトレスの方が太麺のことを説明してくれたので、好奇心旺盛な私はそれを注文したわけである。
おかげで、地元でしか味わえない安くておいしい料理を楽しむことができた。
翌日、昼食はみんなでトルコライスを注文した。

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この料理も店によって様々なヴァリエーションがあるようだ。
まさに店の数だけ多くの種類のトルコライスがあると言っていいだろう。
私達が食べたのはJR長崎駅前のロイヤルホストのトルコライスである。
また、この料理は長崎以外にも大阪や神戸にもあるそうだが、やはり内容は微妙に違うようだ。
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2010/8/29

長崎への旅  

去る8月24〜25日に家族で長崎へ旅行した。
我が家は貧乏家族だが、なんとか金をやりくりして年に1,2回は旅行に行きたいと思っている。
さて、今回も日中はたまらない暑さだが、すばらしい旅だった。
グラバー園、大浦天主堂、中華街、オランダ坂、唐人屋敷跡等、どれもいい所だった。

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長崎駅からホテルまでは1.5キロ程なので普段なら歩いていくが、熱中症になりかねない程の暑さなのでタクシーに乗った。
運転手さんとしばし、会話がはずむ。
「私達は名古屋からきましてね、長崎は初めてですが良いところですね。
観光地だけあって、街中を走るタクシーの数が多いと思いますが、こちらは景気の方はどうですかねえ。」
と、私が話を切り出すと、
「いやあ、こちらも大変ですよ。
実は私はつい最近まで東京に住んでたんですが、故郷であるこちらに戻って来ましてね。
でも長崎にいてもなかなか仕事がなくて半年程ぶらぶらしてたけど、やっと今のタクシーの仕事にありつけたわけですよ。」
と運転手さんが話してくれた。
なるほどと思い、私は別れ際に、
「これからも、がんばって下さい。」
と声をかけた。
普段は超ドケチな私だが、お釣りは受け取らなかった。
妻は私に、
「おとうさん、気前いいじゃないの。」
と言ったので私は、
「ワシもいつどうなるかわからん身やで。
あの運転手さんの気持ちも痛い程わかるわ。」
と答えた。
長崎の町は、まるで崖にはりつくように坂に家が建ち並んでいる。
土産物屋はどこも、元気がいい。
そして、幕末時代の開国、それに原爆投下と日本の歴史上、重要な時期に表舞台となった所でもある。
そして今、平成不況が続く中でも、長崎の人々は今日もたくましく生きている。
そんな長崎の人々から、私は元気をもらったような気がする。
中華街の料理もうまかった。
またいつか、近いうちに必ず訪れてみたいと思っている。
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タグ: 旅行 九州 長崎

2010/8/22

京都の生臭坊主達  思い出の人達

私が京都でバーテンダーとして働いていた”メンバーズX”という店には様々な業種のお客が来ていたが、意外と多かったのが僧侶であった。
しかも、有名な寺院の住職クラスの僧侶が多く、いつも羽振りがよかった。
勿論、彼らが来店する時は袈裟や着物を着て来ることはなく、普段着でベレー帽を被ってくることが多かった。
お坊さんだから紳士的な人だろうと言うのは大間違いで、生臭坊主(本来は僧侶が食べることを禁じられていた、魚肉・獣肉などの生臭物を平気で食べる坊主を意味する。そこから転じて、戒律を守らない僧のことや品行の悪い僧のことを言う。 )とは、まさに彼らのことを言うのだと思ったものである。
店の女の子を同伴出勤させて意気揚々と店に来るのは序の口で、女の子が嫌がっているのに、
「店が終わってからワシとつきあえ。」
と閉店までねばってしつこく迫る坊主も何人かいた。
その中には大人しく帰るように促すと、
「ワシを誰やと思っとんじゃあ。」
と逆ギレして店の前で暴れる者もいた。
また、店内で女の子の「キャー。」と言う声が飛び交うと思いきや、気がつくと店のすみでホステスと野球拳をやって自分で勝手にパンツ一丁になっている坊主等、いろいろいた。
そんな時、チーフのK.Tさんは一見、コワモテの外観とは裏腹に、
「せつだくん、わし、かなわんわ、助けてくれえ。」
と言って、1人で頭を抱えてうずくまっているのだった。
・・・
そんな生臭坊主達も多分、昼間は寺や檀家の中では真面目くさった顔で法話を説いたりしているのだろう。
昼の顔と夜の顔と極端に違う多重人格ぶりには、十一面観音も真っ青であるに違いない。
「チーフ、彼らは昼間は木や銅でできた観音様を拝んでいるのに、夜は夜で生の観音様を拝みたくなるというのは、ある意味、強い信仰心の表れなのでしょうか。」
私は生臭坊主の客が去った後、チーフのK.Tさんに真剣な顔をしながら、わざとこう言ってボケたことがある。
「そういやあワシ、M子がN住職と縄手通りの方で歩いてるのを見たことがあるで。」
「あの清純そうな学生アルバイトのM子ちゃんが。
じゃあ今頃、あの不動明王のような形相のN住職によって今まで秘仏だったM子ちゃんの観音様が、御開帳になっているのかもしれませんね。」
私のボケにK.Tさんは引きつったような力の無い笑顔で笑っていた。
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タグ: 京都 思い出

2010/8/21

一銭洋食  グルメ

一銭洋食という料理は関西以西にしか、ほとんど見られないかもしれない。
私の地元、名古屋では見かけない。
料理といっても具の少ないお好み焼きのようなものだ。
水で溶いた小麦粉の衣に千切りキャベツや卵等をのせて、ソースをかけて焼いたもので、パックに入れて売られる時はワッフルのように2つに折られて入っている。
お好み焼きとの違いは、お好み焼きが粉と具を混ぜてから焼くのに対して、一銭洋食はクレープのように衣が焼けてから具を加えソースをかけて焼く点である。
最近では関西で似たような料理にキャベツ焼きがある。
このような料理は各地域に様々な似たようなものがあるので、私にも明確な違いはよくわからない。
・・・
ところで、私が初めて一銭洋食を食べたのは京都でバーテンダーをしていたころだ。
常連客のIさんが大勢の店の女の子に囲まれて上機嫌の時、Iさんは時々、外注で一銭洋食を注文したのである。
しかも女の子達だけでなく、私やチーフのK.Tさんにまで気前良くおごってくれたのだ。
私はカウンターの中で隠れるように食べたものだが、なかなかおいしかった記憶がある。
さて、Iさんが勘定を払う時に、私はチーフの書いた請求書を見て愕然とした。
通常の酒や料理の代金に加え、一銭洋食の数だけ持ち込み料金単価700円分を乗算したのを足して請求していたのである。
私はおごってもらったのに、さらに金をとるのは気が引けたが、K.Tさんは、
「気にするな。
ウチでもいろんな料理をやろうと思えば出せるのに、わざわざヨソから持って来させたんやで。
そんなの当然やないけ。」
「・・・は、はあ。」
「だいじょうぶや。
所詮、ウチみたいなところへ来る客ちゅうのはな、酒や料理よりも女が目的で来るんやから。
あのオッサンも、好きな女の前でカッコつけなあかんさかいに、いちいち細かい金のことなんか気にせえへんわ。」
「まあ、そう言われればそうですけど。」
因みに、全てのスナックがそうだと言う訳ではないが、デカンタに入ったウィスキーを実際はサン○リー・オールドなのに、リザーブと偽って客に飲ませる、なんてのは日常茶飯事であった。
そして店も店なら客も客で、さんざんツケで飲みまくった挙句にドロンする客。
急に店を辞めたと思ったらある日、常連客とその愛人として店にやって来た元、店のラウンジガール。
「○子に会わせろ〜。」
と店内で駄々をこねる客。
毎日、毎夜が男と女の化かし合い、店と客との化かし合いであった。
・・・まあ、一生勤めようという気にはならなかったけど、良い思い出や人生経験になったと思う。
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2010/8/15

中村観音  

今日の午前はかねてから気になっていた名古屋市中村区にある、中村観音へ行った。
場所はかつて、中村遊郭として栄えていた地域である。
付近には今でもソープランドが数件、営業している。
しかし、私がこの界隈にこの寺があることを知ったのは、つい最近のことだ。
この中村観音(瑞龍山 白王寺)には、無縁仏のご遺骨を練り固めて建立されたという本尊、十一面観世音菩薩が安置されている。
ここで言う無縁仏とは、そのほとんどが身売りされてこの界隈に来た遊女達のお骨のことを指す。
この十一面観世音は昭和の初めに無縁仏のご供養と地域の発展の為に建立されたという。
悲しい歴史を秘めたご本尊だが、拝むと「思いごと叶う不思議な観音様」として、今でも参拝する人が絶えないという。
そこで私も本日は参拝させてもらったわけである。
ガラス越しにお堂の中のご本尊を覗き込む。
・・・
何という慈悲深い表情だろう。
まさに不遇な一生をおくった遊女達の霊を慰めるために創られたとしか、言いようのないやさしいお姿である。
ご本尊は高さが8メートルもあり、思わず圧倒される。
私は一心に手をあわせた。
自分のことよりも、無縁仏達が成仏して来世では幸福な人生をおくるように願わずには、いられなかった。
・・・
そして、この寺の本堂前には芸人塚がある。
芸人塚は故・藤山寛美さんの発案によって、名古屋の芸人をたたえるために建立された。
一般の人も習い事の成就を願って参拝する人が多いという。
私はここでも一生懸命、拝ませてもらった。

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