音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2010/11/28

パウウェル・クワック  

数日前、久し振りにパウウェル・クワックというベルギー・ビールを飲んだ。
銅褐色の非常に口当たりの良いビールである。
このベルギーのフランダース地方にあるボステールス醸造所で造られるビールは、写真をご覧いただくとお判りのとおり、非常に変わった形の専用グラスで飲むのが特徴である。

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この専用グラスは「御者のグラス」、または「馬上杯」とも呼ばれるもので、元々はこのビールを初めに造ったパウウェル・クワックという人物が、自ら経営していたビール醸造所兼、馬車宿で、宿に立ち寄った御者が馬に乗りながらビールを飲めるように、特別に作られたものである。
彼の作ったビールが現在の醸造所で復活すると同時に、このグラスも再び世に出るようになると、形のユニークさもあってベルギー・ビールファンの間でたちまち有名になった。
室内で飲む時はグラスの底はフラスコのように球形になっているので、専用のスタンドに取り付けて飲む。
スタンドの柱を握ってちびちび飲むわけだが、世界でも珍しいグラスでうまいビールを飲むのは、けっこう楽しい。
因みにこのグラスは昔、名古屋市内にあるベルギー・ビール専門店の木屋さんで買ったものである。
ネット通販でも売られているので、興味のある方はいかがでしょうか。
・・・
初めてこのパウウェル・クワックを御者のグラスで飲んだ時のことである。
妻がこの変わったグラスを見て、
「なあに、これ。
不思議な形をしてるわね。」
と聞いてきたので、私はわざと真剣な顔をして、こうボケてみせた。
「これはやな、ベルギー製の尿瓶(しびん)なんやで。」
・・・
すみません。
わが夫婦の会話はいつも、こんなもんなんです。
冗談の通じない人が読んだら、笑えるどころか怒れてくるかもしれませんが、これからもひとつ、よろしゅうたのんます。
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2010/11/15

アナログ・モデュラー・シンセによる即興演奏  楽器

アナログ・モデュラー・シンセサイザーはこの世に一番最初に出たタイプのシンセと言えるが、音楽全般から見ればデジタル・キーボードにおされて、今では一部の熱狂的マニアのみに受け継がれている、といった感がある。
しかし、この楽器によって創られる音は今でも決して時代遅れのサウンドではない。
それどころか、今のアンビエンス、テクノ等の音楽を愛好する人達から見たら、そのすばらしさは垂涎の的であり、聴いてて感激のあまり涙がチョチョびれるに違いない。
私も、もし自分専用の部屋と充分な金があったら、Doepferか中古のローランドのシステム・シンセサイザーが欲しいと思う。





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2010/11/15

チベット仏教音楽と、その楽器  楽器

この世で最も神秘的で荘厳な音楽と言えば、チベットの仏教音楽と言えるかもしれない。
オーボエと同じダブルリードの木管楽器ギャリン、長さ3〜5メートルにもなるアルペンホルンに似たドゥンチェン、人間の頭蓋骨で作った太鼓ダマル等。
それら独特の楽器達の響きにあの大地の底から響くような低い読経が加わるのだ。
まさに聴いただけで幽体離脱しそうな、究極のトランス・ミュージックといえるだろう。 





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2010/11/10

ベルギービール(3)  

忙しい時期が一旦終わったり、精神的に負担のかかる仕事をやり終えた時等、たまには自分を労う意味も籠めてその日の晩はベルギー・ビールを飲むのが結婚してからの私の習慣である。
ベルギービールはどの銘柄も最高にうまい。
でも、高い。
昔、新婚旅行でオランダとベルギーへ行ったが、アムステルダムのスーパーで「ヒューガルテン禁断の果実」という日本でもお馴染みのビールが日本円で約80円程度で売られているのを見て、羨ましいと同時に関税や酒税の高さを実感したことがある。
セレブから見たら、貧乏人は第3のビールでも飲んどりゃええわ、ということなのだろうか。
私にとっては、一生、ささやかな贅沢の1つと言えるかもしれない。
まあとにかく、ベルギービールを飲むと決めた日には値段の事等忘れて、大いに味わうとしよう。
私にとってベルギービールとは、飲んで味を楽しみ、(瓶のラベルやビールの色を眺めて)目を楽しみ、そしてビールの香りを楽しむ、そんなものである。
そして、ビール好きなベルギー人が「One Hour Drinker」と呼ばれるように、私も時間をかけてじっくりと楽しむのだ。

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2010/11/3

駄菓子屋の老夫婦  思い出の人達

私の家から数キロ離れたところにある、名古屋市東区のある町に小さな駄菓子屋があった。
10年程前、家族で出かけている時偶然見つけたのだが、それこそ「昭和のレトロ」を感じさせる古い木造平屋建ての小さな駄菓子屋であった。
当時、まだ小さかったうちの子供達は物珍しそうに、そして夢中になってケースから駄菓子を次から次と取っていた。
その時、店をよく見ると、いかにも高齢といったかんじのお婆さんが店の奥に座っていた。
お婆さんはまったく無表情で、まるで仏像のようにピクリとも動いていなかった。
私はそのお婆さんをじっと見ていたのだが、本当にその間、まったく動きがない。
ひょっとして、息をしていないんじゃないか、と思うほどだった。
私は、つい調子にのって我が子達の前で、
「このお婆さん、生きてるのかなあ。」
と、お婆さんの前で手をちらつかせたりしてワルノリをはじめた。
子供達も面白がって、
「あ、さっきから全然動いていない。
生きてるのかなあ。
死んでるのかなあ。」
と、一緒にふざけはじめた。
今から思うと相手様に対して随分失礼な話だが、子供といると自分も童心に帰ってつい、おふざけをしてしまったわけである。
まったく親も親なら子も子である。
その時、ふっと後ろに視線を感じたので振り向くと、この店の店主らしきおじいさんが、私達を見て苦笑いをして立っていた。
「あっ、こ、こんちは・・・。
これこれ、よその人に失礼なことをしちゃいかんよ。」
私は自分が事の火付け役なのを棚に上げて、そしらぬ顔で子供達を注意した。
そして何食わぬ顔で駄菓子の代金を払い、
「昔と違って、今ではこういうお店が少なくなりましたねえ。
それで今の子供達にも経験させてやろうと思いましてね。」
と、私は店のおじいさんに言った。
おじいさんは、
「こんな商売、全然儲からんけどよう、ほいでも子供達が毎日のように買いに来てくれるもんだで、やめれえせんでかんわ。」
と、まるでタレントの宮地佑紀生がしゃべるような名古屋弁で話した。
さらに、あの仏像のようなお婆さんをチラ、と見ながら、
「うちの婆さんもこれでもああやって、店番やってくれとるもんだで、ワシもちったあ(多少は)、助かっとるんだわ。」
私はそれまでの態度とはうって変わって、
「そうですねえ。
お婆さんがこんなにしっかりしてらっしゃるから、このお店も安泰ですねえ。」
と、にこやかに相槌を打った。
この時、初めてお婆さんが一瞬、ピクっと顔の表情が動いた気がした。
買い物を済ませて車に乗ると、妻が、
「よくもまあ、すました顔であんなせりふがヌケヌケと言えるわねえ。
私、あきれたけど、笑いをこらえるのに必死だったわ。」
と語った。
「まあ、それが人生を生き抜く知恵というもんや。」
と、私は真面目くさった顔で答えた。
・・・
あれから年月が経ち、子供も大きくなった。
ある日、たまたま例の駄菓子屋の近くを通りかかったので、急に思い出したようにあの店へ行って見た。
店は閉じていて、何年も空家になっているような感じだった。
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タグ: 思い出 人生



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