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2011/5/23

クリス・フランケからクリストファー・フランクへ  タンジェリン・ドリーム

初期のタンジェリン・ドリームというと、巨大なモーグ・シンセの前で座って演奏しているクリス・フランケの姿を思い浮かべる人が多いと思う。

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ある意味でこの人は歴代のメンバーの中で最もタンジェリン・ドリームのイメージを背負った人だと言えるかもしれない。
クリス・フランケは1953年4月6日にベルリンで音楽家の家庭に生まれた。
風貌といい髭面といい、おそらくユダヤ系だと思う。
4歳で音楽を始め、13歳でアジテーション・フリーを結成してドラムスを担当、その後ストラスブール・パーカッション・アンサンブルにも加入していたというから、相当に恵まれた環境の元に生まれ育った強運の持ち主と言えるだろう。
したがって1971年にタンジェリン・ドリームに加入した時は、まだ18歳だったわけだから、早熟な若き天才だったわけである。
そんなフランケも、1988年にはグループを脱退する。
その理由について彼はこう語っている。
「80年代に入ると、グループはライブやアルバムと映画のサントラの製作といった仕事に追われるようになり、斬新なアイディアを作曲に生かしたり機材の可能性について追求する時間がなかった。
私はこの状況をなんとか打破したい、そして新しい音楽の可能性について追求していきたいと思うようになった。
また、グループの活動拠点をより国際的な場に移したいと思うようにもなり、そのためにアメリカへの移住を検討したのだが、他のメンバーはドイツに留まる事を望んでいた。
それで私はグループから抜けることにした。」
その後、彼はアメリカの永住権を獲得し、クリス・フランケから米国人クリストファー・フランクになったのである。
彼は今でもロサンゼルスに住居権スタジオである立派な邸宅に住み、作曲活動に励んでいる。
今日、彼が創っている音楽はジャンルで言えばニュー・エイジに属するであろう。
私が今でも時折、愛聴している彼の1stソロアルバム”Pacific Coast Highway”はすごく綺麗で聴き易い音楽だが、アルバムに彼の名前と写真が無かったら、始めはフランケの曲とは思えないくらいだった。
”ルビコン”や”リコシェ”でモーグのアナログ・シーケンサーを使って、次々とフレーズを作り出していく「元祖テクノ」のイメージが今迄あまりにも強かったせいだろう。
でも彼は、今ではハリウッドの映画音楽作曲家クリストファー・フランク氏なのである。

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タンジェリン・ドリームにいた頃

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因みにメガネを取るとこんなお顔です。

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2008年のクリストファー


アメリカ移住後の作品の1つ。
美しいメロディですな。
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