音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2012/1/22

エチゴビール”プレミアム・レッド・エール”  

最近もまた、新しい地ビールに出会いました。
エチゴビール”プレミアム・レッド・エール”でございます。
レッド・エールといっても、前回紹介した”ローデンバッハ・グランクリュ”のような酸味のあるベルギー・ビールのようなものではありません。
イギリスのインディア・ペールエールに似て、それよりいくぶんまろやかな感じかな、といったところです。
ビールというものは、原料の種類や配合、製法のちょっとした違いによって、本当に多くの種類があります。
ですから私は、
「一生のうちに世界中のあらゆる種類のビールを飲み干す事が出来るだろうか。」
というと、
「絶対、無理なんじゃねえの。」
と思ってしまいます。
しかもこれから先、国内の地ビールだけでも、まだまだ思ってもみないような新製品がぞくぞく現われるでしょう。
そんなビールに出会える事もまた、人生の喜びの1つと思うのでございます。

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タグ: 地ビール

2012/1/22

森川正太さんは今どうしてるでしょうか?  気になる俳優

先日ある読者の方から、俳優の森川正太さんが最近TVに出なくなって今どうしているか気になる、といったコメントがよせられました。
このブログで「気になる俳優」カテゴリー第1話に、森川正太様のことを書きましたが、2年前に書いた記事でも読んでくれている人が日本のどこかでいると思うと嬉しく思うと同時に、これからも1話1話丁寧に書いてかなアカンなあ、と改めて感じた次第でございます。
そこでその方に返事を書く為に、新たに森川正太様のことを調べてみると、なんと、彼のHPもその他彼に直接関わりになりそうなサイトが全てなくなっている事に気がつきました。
しかも、「森川正太」で検索してまず目についた「新マニアック・コラム 俺たちの旅 2(森川正太)」というブログを読んで、私は衝撃を受けました。
(因みにこのブログは2006年7月にUPされております。)
この頃、森川様は既に離婚していて、その後自己破産したというのです。
俳優業の傍ら、結婚式の司会の仕事もこなしていたというのに、どういうわけでしょうか。
巷にネット上に公開されている、特に個人の書いたサイトというのは、ご存知のとおりけっこう、作者の主観や間違った知識が入ったりして、中には信憑性に欠けるものや悪意に満ちたものもあるものです。
私も他人様の事を書く時は、その点を充分気をつけて書いておりますし、このブログを書いた方の文章を読んだかぎりでは、誠実な感じがしました。
しかし私はこのブログに書かれたことがウソであってほしい、そして森川正太様の姿をまたTVや映画で見たい、という気持ちでいっぱいなのでございます。
森川正太様、貴方は今、どこでどうしているのでしょうか。
私は「あの人は今?」とか「人の不幸は蜜の味」みたいなように、ただ興味本位でこのブログを書いているわけではございません。
私のこの稚拙なブログにコメントを寄せて下さった方同様、私も子供の頃から貴方の大ファンなのでございます。
私の心配していることが杞憂であってほしい、と切に思っている次第でございます。

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タグ: 俳優 映画 ドラマ

2012/1/18

武満徹”Gemeauxジュモー”  現代音楽

前回はマーラーの”1千人の交響曲”の事を書きました。
あまりにも人員を要するので滅多に演奏されない作品だということを書きましたが、同じような理由で有名にもかかわらず滅多に演奏されない曲というのは、他にもあるのでございます。
例えばホルストの”組曲「惑星」”がそうでございます。
平原綾香様がカバーしてあれほどヒットしたにもかかわらず、原曲はCDが売れてもコンサートで演奏されることは稀であります。
原曲は、パイプオルガンや2人のティンパニー奏者を含む4管編成の大オーケストラで、さらに組曲の最後である”海王星”のみに女声コーラスが付くという大規模なものであります。
有名な曲とはいえ、大きなコンサートホールに聴衆が満員札止めになっても、余程良いスポンサーがつかなければ、入場料の収入だけでは大赤字になるでしょう。
ましてや、現代音楽のようなマニアックなファンだけが喜びそうなジャンルの音楽は、ますます演奏される機会が少なくなるのは当然と言えるかもしれません。
ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチのような現代音楽の「古典」か、ガーシュインのようなわりと一般受けしやすいものが、たまに取り上げられるくらいが現実であります。
首都東京なら話は別ですが、それ以外の地域は大阪でも名古屋でも難しいのではないでしょうか。
しかしだからといって、このまま歴史から忘れ去られるにはあまりにも惜しい傑作というものは、かなりあるのでございます。
・・・
例えば、ここで紹介する武満徹の”Gemeauxジュモー”も、まさにそんな作品と言えるのでございます。
この曲は、おそらく武満徹先生の作品の中で最も大規模な作品ではないかと思います。
楽器編成は独奏のオーボエとトロンボーン、そして2つのグループに分かれたオーケストラです。
なんと、2つののオーケストラにはそれぞれ専任の指揮者がついており、ステージの上で2つのオーケストラが一度にバラバラに演奏されるようなものであります。
各奏者の方々は、隣で別のオーケストラが演奏しているのを気にしながら、譜面と自分達の指揮者の支持をよく見ながら演奏しなければなりません。
したがって演奏する側にとっても難曲ですし、聴く方も複雑すぎて訳のわからん曲だと思われるかもしれません。
しかし、実際聴いてみると意外と繊細で神秘的、しかも耳に心地よいのでございます。
特定のメロディが無く、微妙に変化する音の綴れ織り、といった感じです。
森や竹林の中で木漏れ日が映り、木々の間を風が通り過ぎていくような光景を連想させるような音楽でございます。
ロックやトランスも良いけど、うまいビールやワインを飲みながらこういう音楽を聴くのも、癒しの効果があっていいものだと思います。
しかしできることなら、一度コンサートホールで生の”Gemeauxジュモー”を聴いてみたいものですが、今時の厳しいご時勢では難しいだろうと思うのでございます。

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2012/1/17

私のブログはマーラーの交響曲の如きでございます。  つれづれ日記

1月15日の夜は、ガラにもなくN響アワーを見ました。
ストラヴィンスキーや現代音楽が好きな私ですが、以外にもクラシック全般はそれ程好きでもないのです。
しかし今夜は珍しい曲をやるというので、観る事にしました。
マーラーの「1千人の交響曲」でございます。
文字通り大人数で演奏されるので、滅多に上演されません。
この不況下でよくぞやってくれたものだと、思います。
私はマーラーの熱烈なファンではありませんが、パイプオルガン、合唱、オーケストラによる分厚い音にはそれなりに魅了されました。
これを聴きながら飲んだ琥珀エビスとライビンガー・ヴァイツェンビールは実にうまいものでした。

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マーラーの音楽は、彼の存命中にはそれ程評価の高いものではなかったそうです。
やたら長ったらしく、それでいて俗っぽい音楽だと思われていたようでした。
そう言えば、この「1千人の交響曲」の冒頭の部分は雄大な曲想ですが、まるで特撮やヒーロー者のアニメの主題歌のようだと思いましたが、そんな風に感じるのは私だけでしょうか。
マーラーは生前、
「私にとって交響曲とは、自分の持てる全ての才能を注ぎ込んで築き上げる世界のことである。」
と語ったそうでございます。
そこには聖なる物も俗なる物も1つの世界(曲)の中に渾然一体となって入っているのであります。
そこで私は、以前ある人から自分が書いてるこのブログについて、こう言われたことを思い出しました。
「あんたのブログは現代音楽やプログレッシブ・ロックの事を書いたと思ったら、時々、過去の体験から出たアホ話やエロ話も書いてるやんか。
その日の話によって内容のレベルが極端に上がったり下がったりしとんのは、どういうわけだ。」
そこで私は、こう答えたのでございます。
「人生には、どんな人にも美しい部分と汚い部分があるんや。
そして世の中にも、聖なる部分と俗なる部分があるわけや。
だから同様に、ワシのブログもそういうものなんや。」
・・・ということは私のブログは音楽で言うならば、マーラーの交響曲のようなものである、と言えるのではないでしょうか。
そう思うと、なんだかマーラーが身近な感じになったような気がします。
もう1つ、マーラーの名言で好きなことばがあります。
「やがて、私の時代がくる。」
私のような富や出世とは無縁の場所で生きている者にとっては、なんとも励みになる言葉でございます。
ユダヤ人として生まれたマーラーは、後年の評価や名声とは裏腹に波乱に満ちた生涯でした。
そんな彼が言ったからこそ、この言葉には説得力と重みを感じます。
苦労知らずで世間知らずの人間の口から言うのとでは、わけが違うのでございます。
・・・
これからも私はブログで様々な事を書いていこうと思います。
その日の話の内容によって、まさに天上の世界から谷底へ直行することもあるかもしれませんが、読者の皆様、どうかできるだけついてきて下さるよう、よろしくお願い申し上げます。
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タグ: マーラー 人生

2012/1/15

泡の国の女神達  思い出の人達

昨年の5月に「ハッテン場の男(2)」という話を書きましたら、ある読者の方から批判的なコメントをいただいたことがございます。
その人は、
「世間一般では風俗通いも同性に抱きつかれるのと同じぐらい汚らわしい事だという認識があることをご存知でしょうか。」
と書いていました。
それに対して私は、
「私は独身で彼女がいない時は風俗通いをすることは、汚らわしい事とは思っていませんし、そこで働いている女性達を蔑んだことは一度もありません。
貴方が風俗通いを否定する事は、貴方がその世界で生きている人達の人格を否定する事にならないでしょうか。」
と答えたのでございます。
その場はこのようにおさめたのですが、内心、私は非常に心に引っかかるものがありました。
この人が風俗店で働いている女性に対して、まるで害虫の如く強い偏見を持っていることに、少なからず嫌悪感を持ったのでございます。
・・・
昔、近所のマンションに母1人、息子2人で生活している家族がいました。
私は、この家族の長男がうちの近所でシンナーを吸っているところを注意したことがあるのです。
話してみると以外に素直な少年でした。
やがて、彼の母親とも顔見知りになりました。
どこから見てもごく普通のおばさんでした。
ある日の夕方、その子の部屋から厚化粧をした水商売風の女が出てきました。
私がなんとなくその女と目が合うと、女は一瞬ビックリしたように私を見つめました。
私も、
「見慣れん女やなあ。ここの家族とどういう関係やろか。」
と、つい、女の顔を見つめてしまいました。
やがて部屋から長男が出てきました。
「いま、母さんが出勤したとこなんだわ。」
「ええっ、今出てきたの、お前の母ちゃんかね。」
「うん、もしよかったら、お兄さんもお店へ行って母さん指名してくれん?
そうすりゃ、オレんところに金が入るからさあ。」
そう言って長男が私に手渡したライターには、”○○○”という店名が書かれていました。
その店は前から私も知っている、名古屋市中村区大門にあるソープランドでした。
私は長男に聞きました。
「お母さんはこの店で働いてあんたたち兄弟を育ててるわけかね。」
「ああ。」
「そうか、じゃあ将来あんたが働けるようになったら、今度はお母さんを楽させてやれるかね。」
「ああ、そうしたいねえ。」
「そうか、じゃあせめて中学くらいは真面目に卒業せいよ。」
勿論、彼には母の仕事の具体的内容までは言いも聞きもしませんでした。
そんなことより、この兄弟が無事、一人前の大人に育ってくれる事の方が大事に決まっているからでございます。
それから1年程で、その親子はどこかへ引越しました。
あの兄弟は今頃30代になっているでしょうが、幸せに暮らしているだろうか、と今でもふと思う時があります。
・・・
これまた昔の話でございます。
岐阜のソープランド街である金津園のある高級店に、Lさんという超美人ソープ嬢がいました。
Lさんはその業界の情報誌に必ずといって載るくらい売れっ子でした。
その頃、私の友人で、お金を貯めてLさんを指名して遊んだ男がいました。
彼が言うには、Lさんは美貌もさることながらサービスもバッチリだった、とのことでございます。
しかし彼は初めてLさんと肌を合わせて、彼女の意外な事実を知りました。
Lさんの背中には、見事な刺青が彫られていたのです。
そして、ひととおりのサービスが終わった後、Lさんは彼に服を着せてやりながらポツリとこう言ったのです。
「25歳までに私の過去を全部消します!」
友人は、
「いったい彼女は今迄どんな人生を送ってきたんだろうと思うと、せっかく下半身がスッキリ軽くなったのに心が重い気持ちで家に帰った。」
と、私に語りました。
・・・
この業界で働く女性は、必ず何かしら事情があるのです。
彼女達がせめて晩年には平穏な人生が歩めるように、願いを込めるべきではあっても、偏見の目で見るべきではないのでございます。
・・・
手前どもも独身の頃、ある泡の国の女神様と遊ばせていただいた事があります。
遊び慣れた方ならお判りですが、こういう場では、こちらからは絶対、泡姫様に対してプライベートの事とか、この業界に入った理由とかは聞かないものです。
しかしその時はあちらにして見たら余程、話しやすい感じに見えたのか、向こうから私に自分の半生を語りだしたのです。
それに対して私は、彼女の苦労話に相槌を打ちながら、できる限り誠実に自分の意見を答えたのでございます。
彼女は満足そうでした。
勿論、その事に関して自分をエラそうに言うつもりはありません。
私はお風呂の中で一方的に人生相談を受けに来たわけではないからです。
彼女の「身の上相談」を聞いた後、今度は私の方が自分の「身の下相談」をお願いしたのでございます。
ギブアンドテイクであります。
だから、お互い様なのでございます。
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タグ: 人生 風俗

2012/1/12

Rodenbach Grand Cru(ローデンバッハ・グランクリュ)  

今夜も奮発して高級ビールを飲みました。
ベルギーのレッド・ビールの1つである、ローデンバッハ・グランクリュでございます。
このビールは原料が麦芽、ホップ、とうもろこしですが、爽やかで酸味が強くラガー・ビールしか飲んだことの無い人なら、
「これがビールか?」
と驚くような味でございます。
味は中国の紹興酒をより酸味を強くして、さらにフルーティーな香りと炭酸が加わったような感じと申しましょうか、不思議な味でございます。
しかしこれまでのビールの概念を取っ払って、新しいタイプの発泡酒として飲めば、もう、最高にうまいものでございます。
このビールは仕込みの後、巨大なオーク樽に2年以上も熟成させて作ります。
昔、TVの紀行番組でこのビールを製造しているローデンバッハ醸造所の中を見たことがありますが、高さ3メートル近いオーク樽が並んでいる光景は圧巻でした。
そういえば、私の住んでいる名古屋の近くには岡崎市という街があります。
そこの名物である八丁味噌の工場内部をTVで見たことがありますが、そこも巨大な桶が並び、やはり2年程(アチラの人は”二夏二冬”という表現をします。)かけてじっくり熟成させて作ります。
ビールと味噌の違いはあれど、その土地独自の発酵食品を長い年月をかけて造る、という点に共通するものを感じた次第でございます。

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