音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2012/11/29

My photos(Landscapes of Japan)  FACEBOOK

私のFACEBOOKのサイトには、「My photos(Landscapes of Japan)」というアルバムが載っております。
現在、Part2まであります。
これらの写真は、過去から現在まで旅や散策が好きな私が全て私自身によって各地で撮ったものでございます。
最近のものは、もちろんデジカメで撮ったのですが、昔のものはアナログ写真をスキャナーでデジタル化したものであります。
こういうことが全て私のような素人にも簡単にできるので、今は本当に便利な時代になったと思います。
「日本の風景」という題材ですので全て風景写真ですが、近隣では日頃、散策している名古屋市内の平和公園や小幡緑地で撮ったものや、今迄、日本各地の旅先で撮った写真が収められております。
これらの写真は外国の友達には、とても好評なのでこれからも更新していく所存でございます。
下の写真は、最近撮った名古屋市千種区にある桃厳寺というお寺で撮ったものです。
こうした何気ないものでも、海外の方々には新鮮なものとしてうつるようであります。
私も海外の友達の写真を見ては、その美しさにいつも心奪われるので、このような感動的な心の交流というのは経験したものでないとわからないかもしれませんが、とてもすばらしいものだと思うのでございます。

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タグ: 写真 FACEBOOK 

2012/11/25

ホームレスのやすひこ君  思い出の人達

私の本業は、某小売店の販売とあるマンションの管理をやっております。
2つの仕事を掛け持ちでやっているのは、不況で1つでは食べていけないからでございます。
マンションの管理では、家賃の請求、設備の修繕、掃除やゴミの整理までなんでもやっております。
うちのマンションには毎朝のように、ホームレスの方々が来ます。
集合住宅に住む入居者達が出したアルミ缶を拾いに来るためであります。
そこで私は以前から、この人達が集めやすいように日頃から入居者達が出した大量の缶をアルミ缶とスティール缶とに仕分けしてあげているのでございます。
世間ではホームレスが敷地内に入ってくるのをいやがる大家や管理人さんも多いことでしょう。
しかし、私はこの人達が少しでも仕事(空き缶拾い)がしやすいようにと、いつも多くの缶からアルミ缶を分けて袋に入れておくのであります。
うちのマンションに来るホームレスの中にわりと年の若そうな男性がいました。
50歳過ぎた私より明らかに若そうな、その彼を見て私は、
「あれくらいの年なら、選り好みしなけりゃなんとかまともな仕事につけそうな気がするが、何故ホームレスをやってるんだろう。」
と、思ったのでございます。
ある日のこと、私は思い切って彼に話しかけてみました。
「あんたぐらいの年なら、まだなんとかまともな仕事につけそうな気がするんだが。
とにかく、早く人生をやり直せるよう、祈っているよ。」
と、言ったのであります。
すると彼は、
「いつも親切にしてありがとうございます。
僕は、”やすひこ(仮名)”といいまして、北海道生まれで40歳です。」
と、丁寧な言葉遣いで答えたのです。
”やすひこ”君は実際の年より若く見えました。
そして受け答えも素直な感じでした。
彼なら一生懸命やれば、いつでも人生をやり直せると思いました。
しかし、”やすひこ”君と会話しているうちに、それに疑問を感じるようになりました。
「おじさんがいつも親切にしてくれてるので、僕、助かります。
他にも、この辺の人達は親切な人が多いので僕、アルミ缶を集めるのに楽できます。
ありがとう。」
「・・・それはいいけど、あんた、まだ若いんだから、早く今の状況から脱却しなきゃ。
あんたもいつまでもこんな生活続けたくないやろ?」
「うん、でも僕は他にできることはないから。
このへん廻ってれば、毎日、空き缶がたくさん拾えるから、僕、うれしいです。」
私は唖然としました。
そして、”やすひこ”君が真面目に答えているのを見て、余計に悲しくなりました。
「いくらなんでもホームレスになったばかりの頃は、彼も自分の人生に対してあせりや苛立ちも感じていたのだろう。
しかし、そんな境遇が長く続いているうちに自分の人生に諦めの気持ちが出て、向上心もなくなってきたのかもしれない。
悪いことをするくらいなら、空き缶拾いの方がよっぽどましや。
でも、そんな人生で満足しとってええんか。」
と、私は心の中で叫びました。
直接、”やすひこ”君に声を出して言わなかったのは、今そう言ったところで彼の心には届かない、と判断したからでございます。
”やすひこ”君の生活はただ毎日、空き缶を拾って細々と社会の底辺の中で生きていくのみ、夢も希望もありません。
”やすひこ”君の生活で楽しいことが起きる時は、いつもよりたくさん空き缶が拾えた時。
このような生活を続けている人の中には、精神疾患を患っている人が多いのですが、彼もおそらくそうなのかもしれません。
小さな出来事にも人生の喜びを見出せる半面、向上心が完全に失われています。
むしろ、まともな仕事に就かせても長続きせずにまた元に戻ってしまうかもしれません。
しかし、だからと言ってわたしは”やすひこ”君を見下す気持ちにはなれません。
私だって、
「今よりいい暮らしがしたい。
家族4人が楽にくらせるよう、もっと広い家に引越ししたい。
もっと収入を増やしたい。
もっと休みが欲しい。」
と、毎日のように思っているが、なかなか実現できません。
それに、子供の頃から好きな音楽を自分で作曲してみたいと思ってましたが、Stevenに後押ししてもらうまで長い間ずるずると絵に描いた餅を眺めるような、無為徒食の日々を続けていました。
並みの人間では、逆境の中で生き続けていると年とともにだんだんやる気が失せてきて、平凡か、それ以下の人間で終わってしまいます。
私もそのことは身をもって実感しております。
だから凡人の我々はみんな大なり小なり”やすひこ”君なのでございます。
私は”やすひこ”君の後姿を見つめながら思いました。
「ワシもどっちか言うたら、なにをやってもうまくいかない人生やったけど、FACEBOOKの友人たちのおかげで今、こうして生きがいのある人生をおくれるようになったんや。
ワシとあいつの違いなんて、ほとんど無いねん。
ただ、違うのは俺はまだ自分の人生を諦めてない、ちゅうことだけなんや。」
・・・
本当にそうでございます。
私は自分の人生を振り返ってもつくづく思います。
運や才能も大事だが、諦めないこと、向上心を捨てないこと、この2つがあると無いとでは、人生、大きく違ってくるのでございます。
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タグ: 人生 生き様

2012/11/12

平和公園の軍人墓地  つれづれ日記

私は運動不足と日頃のストレスの解消のために、休日はよく散策に出かけます。
散策コースは、最近は都心の大須を歩くようになったのですが、やはり秋の景色を満喫したいと思って、また今月から平和公園や守山区の小幡緑地公園へ出かけております。
そして現在の散策の目的は上記の目的以外に、曲の構想を練るために歩くのでございます。
昔、あのベートーヴェンも作曲の合間に曲の構想を練るためによく散歩をしたそうでございます。
私も散歩中は、頭の中で様々な曲想が浮かんだり展開したりしているわけであります。
すると、読者の皆様の中には私が歴代の大作曲家と自分とを同じ立ち位置のように書いているので、読んでて思わず失笑している方もいらっしゃるかもしれません。
承知の上でございます。
「笑わば、笑え。」
でございます。
むしろ、部屋に篭っているだけではかえってストレスがたまって、作曲が進まないのであります。
運も才能も無いからこそ、こうして外へ出かけては曲の構想を練るのでございます。
己を知ってこそ、そうしているわけであります。
何せ、私と歴代の大作曲家達との共通点をあえて挙げろと言われたら、偶然にもドビュッシーやシュトックハウゼンと誕生日が一緒ということだけでございます。
さて、昨日11月11日の日曜日は午前中、名古屋市千種区の平和公園に行きました。
この公園に一角に軍人墓地があります。
ここについては、以前のブログにも書いたことがあります。
この日は木々が、だいぶ色づいておりました。
色づいた木々や多くの墓石や石碑の中で、私は佇んでおりました。
石碑には「英霊」と刻まれて奉られておりますが、兵隊さん達は内心、無念だったに違いありません。
決して楽にならない私の人生ですが、
「この年まで生きていられるだけでもありがたい。」
と、ここにいるとそんな気持ちになるのでございます。
・・・
作曲の構想を練り、英霊達の成仏を願って、ここを静かに去った私でございます。

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タグ: 散策 名古屋 人生

2012/11/10


子供の頃から正夢をよく見ました。
そして、正夢の中には「警告夢」と呼ばれる夢があり、今回はそれについてお話をさせていただきます。
警告夢とは、夢の内容がある種の警告を表したり、将来起こる悪い知らせをそのものずばりの内容で出てくる夢をいいます。
最近、私が見た警告夢は突然、数十年前に死んだ父方の遠い親戚が出てきて、
「何がFLstudioだ。
こんなもん、ぶち壊してやる!」
と、すごい形相でわめいているものでした。
それから2,3日後にファイルが壊れ、パソコンをリカバリーする羽目になったのでございます。
パソコンを修復しながら私は、数日前に見た、その夢を思い出しました。
そしてこれは警告夢であり、自分の先祖霊が出てきて私に妨害を働いたのだということを悟りました。
彼らにしてみたら、自分たちの子孫の1人がなにやら訳のわからんことをやっているとしか見えないでしょうし、保守的、排他的、閉鎖的で自分達の価値観とは違うものを決して受け入れようとはしないところは、多くの岐阜の田舎者に見られる特徴であります。
そこで私は、これ以上できるだけ彼らが悪さをしてこないようにパワースポットと呼ばれる神社でお参りをし、普段は毎朝、自宅の神棚に手を合わせているのでございます。
なんで先祖霊がそんな悪いことをするんだ、と思われるかもしれませんが、要は彼らは私のことが気に入らないのです。
岐阜の田舎者にとって個性的で芸術家気質の人間は、なにかと鼻について許しがたい存在なのでしょう。
実際、過去にどちらの親の実家のある田舎へ行っても、子供ながらに自分はあまり歓迎されてないんだな、というのは、なんとなく思ったものです。
したがって今では、
「自分とあちらとは残念ながら徹底的に相性が悪いのだから、もう関わらない方が良い。」
という結論を出して、それを実践しているわけでございます。
しかしそれでも彼らは執拗というか、最近のこの事件のように時々しつこく私に悪さをするようであります。
もともと私は普段から印象に残った夢を見ると、必ず夢判断のサイトを見て、その夢の意味を調べる習慣をつけていました。
だから、この夢を見たときは不吉な感じがしたのですが、被害を最小限にとどめたものの、未然に防げなかったのが惜しまれる点であります。
・・・
学生時代には、恋愛に関する警告夢も見たことがあります。
当時、気になっていた女性がいました。
ある日、思い切って交際を申し込んだらすんなりOKしてくれて、1回目のデートはそつなくすみました。
それから、数日後に夢を見ました。
夢の中で、私はこれが2回目のデートだということを認識していました。
彼女の姿が見えてきて、私は意気揚々と近づいていきました。
ところが彼女の傍まで来たとたん、彼女はいきなり、
「来ないで!」
と、言ったのです。
私は夢の中で唖然としました。
夢を見ているのにも関わらず、
「何故だ。
どういうことなんだ。
こんなことは夢であってほしい。」
とも、思ったのです。
そこで急に目が覚めたのですが、いやな予感が頭から離れません。
そして、いやな予感はその日のうちに的中しました。
自分の同級生を通じて、彼女が別れたがっていることを聞いたのでございます。
当時はショックでしばらく恋愛恐怖症になったほどでした。
・・・
私も今まで生きてきていろいろありましたが、これからの人生、できるだけ警告夢を見ないですむか、見ても完璧に未然に危機に対処できるようであってほしいものだと、つくづく思う次第でございます。
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タグ: 正夢 夢判断

2012/11/9

酒がわかれば人生がわかるのでございます。  

最近は、よほど何か特別なことでもなければ、週末にしかビールを飲まなくなりました。
平日は、テーブルワインをコップにせいぜい2杯というところでしょうか。
何故なら、あまり酔っ払うと作曲に差し支えるからでございます。
このように平日の夜も忙しく、そして充実してくると酔ってなんかいられないのでございます。
・・・
以前は、よく飲みました。
1日でワイン1本をあけることも(750ml)、ありました。
冬はウォッカ等の蒸留酒もよく飲みました。
飲んで日頃の憂さをはらしました。
その後、まもなく通風に罹ったので酒量は減りましたが、それでも飲まなければ日頃のストレスがたまってどうしようもありませんでした。
「生活費を稼ぐためにやっている今の仕事は、自分や家族のためであって本当はやりたくない。
今の世の中、この年で好きな仕事だけやってそれで生きていけるほど、あまくはない。
だが、せめて趣味かセミプロでいいから、ワシは音楽をやりたいんや。」
酒を飲みながら私は、ふつふつと自分の情念が沸き起こるのを感じました。
これが自分の正直な気持ちなのだと、わかりました。
しかし、その時点では自分がどうしていいか、わかりませんでした。
このように家族の笑顔を見るのが心の支えとしながら、一方で失意と無為の日々をおくる時期が10数年も続きました。
そんな私にも転機がやってきました。
昔からの友人T君からFACEBOOKに加入することを勧められたのでございます。
初めはあまり気乗りしませんでした。
しかし、世間で話題になっているものの1つであるので、これくらいのことがわかっているようでなければ、世間一般の大人の1人として恥ずかしいだろう、くらいの気持ちで当時は加入したのであります。
こうしてFACEBOOKに参加したのは2010年12月17日でした。
それから1年近く、FACEBOOKの友人はT君ひとりだけでした。
そして次の転機がやってきました。
去年の11月に、昔近所に住んでいたオーストラリア人のS君と偶然にも再会しました。
彼と今後も連絡が取り合えるようにと、たまたまS君もFACEBOOKに参加しているので、彼ともFACEBOOKの友達になりました。
そして同時に私の近所に住んでいるMさんとも友達になりました。
Mさんとは、自宅から目と鼻の先に住んでいるのですが、FACEBOOKの友人になるまでろくに会話をしたこともありませんでした。
オーストラリア人のS君は私だけでなく、MさんともFACEBOOKの友人でしたが、私は友人になるまで勿論そのことすら知りませんでした。
それから間もなく、私はオーストラリア人のS君とMさんのFB(FACEBOOK)のHPを隈なく見ました。
彼らの友達リストを見ると、国内、国外の友人の顔写真がずらりと並んでいます。
「よっしゃ、ワシのHPもこのようにしたるでえ。」
と、いつのまにか私はこのように決心しました。
そしていろんな方々のHPを見ているうちに、一般人の方でも有名人の方といとも簡単にFBの中で友人としてコメントし合っていることも知りました。
すると単純な私は、またもやる気に火がつきました。
「ワシも、ダメもとでいろんな人に友達リクエストを送ったるでえ。」
そうして猪突猛進のごとく多くの人にリクエストを送ったら、現在のようにたくさんの友達ができたのでございます。
むしろ、むこうが簡単にリクエストを承認してくれたので、私のほうが呆気にとられたほどでした。
私はますます調子に乗って、若い頃、自室を音楽スタジオにしてシンセを並べて弾きまくっていた頃の写真も載せました。
すると、多くの人がたくさんのコメントをよせてくれたのであります。
「たくさんのすばらしい名機に囲まれてて、すごい。
今でもあなたはこのような機材を多く持っているの。」
という便りが、かなりありました。
このように聞かれると、一部の人間は見栄をはって、
「どうせ、海の向こうの相手だから何を書いてもわからないさ。」
と、嘘八百を書き並べるでしょうが、私には絶対できませんでした。
「自分のような者に快く友人になってくれた人達に対して、嘘や見栄っぱりなことを言うなど、とてもできない。」
と頑なに思ったのです。
だから、相手にがっかりされようが、期待はずれに思われようが、全て嘘偽り無く現在の在りのままの状態、つまり、
「今はほとんどの楽器を処分して音楽から遠ざかり、つらいけど1日のほとんどを仕事に追われて家族のために頑張って暮らしている。」
と正直に語ったのでございます。
するとまたしても多くの人達が次のような返事を送ってきました。
「あなたが現在、家族のために音楽をやめて一生懸命別の仕事をしているのは、わかった。
しかし、私達はあなたが近いうちにまた、音楽に取り組むようになることを望む。」
別に過去に創った曲を聴かせたりしたわけではありません。
昔の自分の写真をHPに貼っただけであります。
そんな私のHPを見て彼らは何を思ったのか知りませんが、私にもう一度音楽をやれ、という便りを一度ならずも送ってくれるようになったのでございます。
「独身時代にスタジオだった部屋は、現在、子供の勉強部屋になっている。」
と書くと、
「それなら君のパソコンにVSPプラグインを入れてMIDIキーボードを繋げば、その場で作曲ができる。」
とFLstudioを勧めてくれたのは、オーストラリアのStevenでした。
こうした彼らの助力によって、今、私は再び作曲する喜びと充実感あふれる日々をおくれるようになったのでございます。
・・・
さて、私は現在も毎日、夕食時には酒を飲んでいます。
しかし、現在飲む酒は憂さ晴らしに飲む酒ではありません。
曲の構想を練るためか、完成した曲を聴きなおして一段落した後に飲む、祝い酒でございます。
しかし酒を飲みながら、時々不思議に思うのです。
「なんでFBの友人達は、海の向こうのただの平凡な男にすぎんワシのような者にあんなにアドヴァイスを送ってくれたのだろうか。」
「おれのような運も才能も無い者にあそこまでしてくれたのは、なぜなんだろうか。」
彼らに心から感謝をしつつ、ここ1年間の自分の運命の流れに不思議な戸惑いも感じてなりません。
むしろこれまでの私の人生は、運に見放されたようなものだったからです。
そのせいか子供の頃から、人間不信や被害妄想に駆られやすい方でした。
でも、そんな私に世界中のFBの友達は応援してくれたのであります。
ありがたいことですが、私自身もまた、そんな彼らの助言を実に素直に受け入れ努力したわけですから、自分で言うのもなんですが、よくやったし、また、不思議にも思うのであります。
何故なら、以前の私だったら、
「どうせまたやろうとしても、うまく行きはしない。」
と、引っ込み思案になっていたからです。
今はこんな私でも徐々に運命が変わり始めてきたのだろうかと、客観的に今の私自身を見ている次第でございます。
・・・
ある日の晩、酒を飲みながらこう思いました。
「オレの人生、七転び八起きだが、もっと順風万般だったら今頃もっと作曲もはかどって、より充実した毎日をおくれただろうに。」
今まで多くの自分より恵まれた境遇にある人間を見てきただけに、ふとそんな自分の人生を恨むような気持ちが浮かんだのでございます。
すると突然、頭の中で別のメッセージが浮かんできました。
それは学術や研究等の頭脳労働者がよく頭の中に浮かぶ多くの発想の中の1つか、もうひとつの私の人格や守護霊の霊言なのかよくわかりません。
とにかく私の頭の中に別の言葉が湧いてきました。
それは、美輪明宏さんが何かのインタビューで語った言葉でした。
「地獄を見てこなければシャンソンは歌えません。」
その言葉を思い起こした時、私は、
「これまでの苦しい人生も決して無駄ではなかったんだな。
今までの経験があるからこそ、いい曲が創れるのだ。」
と思ったのでございます。
その言葉をかみしめて、またもう一杯酒を飲みました。
なんだか突然、涙があふれてきましたが、それは決して悔し涙ではありませんでした。
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タグ:  人生 FACEBOOK

2012/11/6

KORG Legacy Collection Special Bundle  楽器

長ったらしい名前ですが、これが最近、ダウンロード版で購入したソフトウェア・シンセ5種とマルチ・エフェクター1種をそろえたセットなのでございます。
これまでFLstudioで作曲するために多くのVSPプラグインをダウンロードしてまいりました。
しかし、それらは全てフリーウェア(無料ソフト)だったのであります。
私のような貧乏人にとって、タダほど魅力的な言葉はございません。
タダで手に入る、タダでもここまでできる・・・。
これまで多くのフリーウェアをインストールして使ってきて、この言葉を喜びとともに身をもって実感してきた次第でありますが、昔から大好きだったコルグのシンセサイザーに匹敵するものは、ありませんでした。
そこで清水の舞台から飛び降りるつもりで決心した結果、コルグのHPより当セットを購入した次第でございます。
思えば今から30年前、生まれて初めて買ったシンセはコルグのMono/Polyでした。
その後、名機M1,Wavestation,そしてMS-20を中古で購入したりしましたが、長い年月の間に壊れたり売り飛ばしたりして手元に1台もなくなっていたのです。
「いつか今より広い家に住むことができたら、また自室をスタジオにしていろんな機材を集めて作曲活動に励みたい。」
というのが、結婚してからの夢でございました。
それが別の形とはいえ、一応、完全な状態までに作曲ができるようになったわけであります。
それもFBの友人StevenがFLstudioを勧めてくれたからに他なりません。
しかもこのソフトウェア・セットの価格は¥19、800です。
昔、アナログのシンセは安くても1台で10万円前後したものです。
それが複数の種類で機能もより充実してこの価格は、ありがたいものであります。
ただ、私にとって¥19、800は大金でございます。
しかし、長い目で見たらこれは決して無駄ではないのです。
ソープランドへ行ったら、1時間でこれくらいの金が飛んでいきます。
だからこれは価値ある買い物なのだ、と自分に言い聞かせているうちに、
「うちにこんなええ嫁はんがおんのに、ソープとは何事じゃい!」
と、いつのまにか心の中で自分を叱咤していた私でございます。

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