音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2015/12/26

クリスマスの定番  グルメ

前回はガラにもなく湿っぽい話になりました。
しかし、この話を読んだ皆様は私が単なる趣味道楽で作曲を続けてきたわけではないことを少しはわかっていただけたか、と思います。
芸術家が止むにやまれぬ感情で作品に思いをぶつけながら創作をするというのは、よく聞く話でございます。
ピカソが傑作「ゲルニカ」を描いた時のように、であります。
今までアホな話をさんざん書いてきたので、多くの読者の皆様からは私が何か感情に突き動かされてすることは、ソー○ランドかラブホに行った時や、女房殿に迫った時ぐらいか、と思われてたかもしれません。
・・・それについては否定いたしません。
確かにその時私は、激しい欲情に突き動かされてさらに、女体の中で激しく自分のものを突き動かしてまいりました。
しかし辛い時も楽しい時もある、それが人生というものでございます。
辛かった時も後で笑い飛ばせるぐらいになれば、それは心の成長の証しというものでございます。
さらに初心忘れるべからずで、やりたいことが何もできなかった長くつらい時代を思い起こしては、これからも、たとえしんどいことがあっても、なんとか乗り切って行く所存でございます。
さて、昨日はクリスマスでございました。
外国と違って日本は休日ではないので、夕食にケーキ、ピザ、寿司、それにとっておきのベルギービールを楽しみました。
まったく裕福とは言えない我が家ですが、ささやかながらも楽しくクリスマスの夜を楽しむことができたのは、ありがたいことでございます。
この後すぐにFACEBOOKには、下の写真を載せました。
日本は時差の関係でヨーロッパより8時間早いので、あちらはその頃、まだお昼どきでした。
寿司とベルギービールという組み合わせは、海外の人達の目にはどう写ったでしょうか、たくさんの「いいね!」をいただきました。
食で楽しみ、SNSで様々な人達と交流を楽しむことができて、良いクリスマスを過ごす事ができたのでございます。

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2015/12/20

一部の発展途上国の人達に思うこと  FACEBOOK

現在、はっきり数えておりませんが、およそ40カ国以上のFACEBOOKの友達がいます。
その中には、あまり日本には馴染みがないような小さな国に住んでいる方もたくさんいらしゃいます。
こうした人達と交流をはかることは、良い社会勉強になるのでございます。
時には、日本の新聞等の報道では、なかなか得られない情報等も知ることができるのであります。
しかし、時には考え方の違いに困惑させられることもございます。
アフリカの某国の方とチャットをした時のことでした。
社交辞令として、会話の結びとして、
「あなたの国がこれからも平和で豊かであることを祈っています。」
と言いました。
すると、相手の方はなんと、
「では、あなたは私の国にどんな援助をしてくれるのですか。」
と聞いてきたのであります。
この言葉には、さすがにひっかかりました。
まるで、先進国に住んでいる我々が、自分達に援助するのが当たり前だと言わんばかりの口振りでした。
同時に、彼の国の人々がみんなこのように思っていたら、今後発展していくことは永久に無い、と思いました。
決して途上国の人々を見下して言っているわけではありません。
長い植民地時代を経てやっと独立国になったと思ったら、今度は国内で部族抗争をはじめて一般市民が難民となる、そんな悲しい現実を私達はどれほど見てきたでしょうか。
自宅にパソコンを持っているその相手の方は、その国の中では裕福な方かもしれませんが、日本でジリ貧生活をおくっているワシにそんなことを言うなら、自分らで自分の国をどうにかせい、と思いました。
それから、ある東南アジアの国の女性と友達となったことがございました。
彼女は、私が日本人で多分金があると思ったのか、多い時には日に3回も「Help me」とメッセージを送ってきました。
「ワタシ、今、とってもひもじい思いをしてるの。お願い、助けて。」
こんな調子で、毎日、何回もしつこいので、さすがの私もブチ切れて彼女を友達リストから削除し、ブロックもしました。
今にして思うと、おそらく彼女はパトロンを探すためにFACEBOOKをやっているのではないか、と推測しているのでございます。
勿論、そのような人達ばかりではございません。
むしろ、友達になったおかげで、私の心の視界がぐんとひろがって良かった、と思える方々の方が多いのであります。
たとえ確かに今は、傍目からはどう見てもジリ貧状態にしか見えなくても、夢、好奇心、向上心は、いつも持ち続けていたいと思う次第でございます。
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2015/12/4

薬局のお婆さん  思い出の人達

私の家の近くにある駐車場には、かつて老夫婦が営んでいた薬局がありました。
旦那の方は似ても焼いても食えないような男でしたが、奥さんは風流な名古屋弁を話す気さくなお婆さんでした。
今から20年程前のことでしょうか、そこの老夫婦が高齢のため、ついに薬局を廃業することになりました。
その頃、私達夫婦は結婚したばかりでした。
ある日のことでございます。
私がたまたま道で、お婆さんに突然、声をかけられました。
「ちょっと、せつださん。」
お婆さんは、なにやらいっぱい物が入った大きな紙袋を持っていました。
「おや、Eさん。どうしましたか。」
「せつださん、実はうちはもう、店をやめることになったんだわ。
ほんだけど(しかし、それでも)、まんだ(まだ)こんなにぎょうさん、余っとるもんだで(そこでお婆さんはニヤっと含み笑いをしながら)、あんたんところ、まんだ若いもんだで、よかったらこれ全部あげるで使ってちょうすか。」
と、私に紙袋を差し出しました。
なんと、袋の中は全部コンドームでございます。
私はびっくりして、
「はあ、いくらなんでもこんなにたくさん、、、。
それに、なんでこの僕に?」
「あんたなら気い良くもらってくれると思ったから、あげるんだがね。
遠慮せんでええよ。」
「はあ、それにしてもEさんは気さくな方ですね。
普通、他人にこういうものを渡すのは、気が引けるじゃないですか。
僕はEさんから見たら、そんなに話しやすい感じに見えるんですかね。」
すると、Eさんは大きな口を開けて笑いながら、
「あんたは(そういうことが)すごく言いやすいんだわ。
それにあんたなら、これくらいじきに使い切ってまうわ。
うん、この町内でこれだけのものを見事に使い切る人は、あんたしかおらん。」
まるで確信を得たような言い方でございます。
褒められているのか、余程のスキモノと思われているのか、心に引っかかるのを感じながらも、私はお婆さんに深くお礼をしながら袋をいただいて帰りました。
それからしばらくして、お婆さんは息子夫婦の元へ引っ越していきました。
例の袋に入っていたものは、貰った当初はこんなに沢山あっても、どないしようかと夫婦で悩んでおりました。
しかし、お婆さんはさすが人生の先輩であります。
お婆さんの読みのとおり、私達夫婦は「じきに」使い切ってしまったのでございます。
それからしばらくして、お婆さんが亡くなった、という知らせを聞きました。
薬局は取り壊され、現在は青空駐車場になっております。
しかし、私は今でもそこの前を通るとあの気さくな薬局のお婆さんのことを時々思い出すのでございます。
お婆さんだけでなく、そこにあった古びた薬局のことまではっきりと覚えております。
当時、薬局の前には、開店中はいつも店の前に立て看板がありました。
その立て看板にはこう書かれておりました。
「産制コンドーム 家庭の必需品」
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タグ: 人生 思い出



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