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2021/1/4

清兵衛と瓢箪  愛読書

これは文豪、志賀直哉の有名な短編小説でございます。
内容は、瓢箪に熱中する少年、清兵衛のことを快く思っていない父親が彼から瓢箪を取り上げ、無理やりやめさせるという話であります。
そして、父親や周囲の大人たちからの抑圧によって、瓢箪を諦めざるを得なかった清兵衛は今度は絵に夢中になるのですが、父親はこれにも反対するという結末なのでございます。

この小説は、志賀直哉の作品の中でもひどく印象に残っております。
何故なら、私もかつて父親から同じような経験をされたことがあるからです。
私の場合は音楽や絵画でした。
よって、子供の頃から50歳過ぎるまで、やりたいことがあっても挫折を恐れてなにもできない苦渋の日々を過ごしました。
そんな私ですが、自分の子供には好きな人生をおくってもらおうと、経済面でも精神面でもできる限り応援しているつもりです。
私の場合は、不幸なことに身内の中に理解を示す者が一人もいなかったことに付け加え、友人や会社の同僚の中にも、同じ趣味や教養を持った者がいなかったことです。
所詮、私の住んでる東海地方というのは、昔から文化不毛の地と言われたところ、加えて、価値観の違う人間に冷たく、陰湿な嫌がらせまでするのが日本人の国民性である、という事実を肌で感じざるを得ませんでした。
そんな私に転機が訪れたのが以前にも書いたように、SNSで外国人の友達と交流するようになり、彼らから再び音楽をやるように強く勧められたからでした。
彼らに会っていなかったら、今でも私は子供の成長を見るのだけが楽しみで、それ以外は失意と無為の人生をおくっていたことでしょう。
wikipediaによると、清兵衛と瓢箪という作品の主題は、「大人は自分の価値観でしかものを判断できず、子供の個性を抑圧する。しかしおさえつけられても子供はその個性をまた別のところで伸ばしていく」というところにある、と書かれております。
作品は清兵衛が瓢箪を取り上げられた挫折から立ち直って、絵に夢中になっているところで終わってますが、彼の父親がその後、清兵衛から絵まで取り上げたら清兵衛は、かつての私のような人間になっていたでしょうか。
私は清兵衛の父親のような人間に対して強い憎悪と軽蔑を感じざるを得ません。
いつも私の創作活動を応援してくれて、初めてアルバムを出した時は、FACEBOOK上に多くのシェアまでしてくれた、故ウォルフガング・グゼル様のようなお方とは、何たる民度の違いでしょうか。
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