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2010/11/3

駄菓子屋の老夫婦  思い出の人達

私の家から数キロ離れたところにある、名古屋市東区のある町に小さな駄菓子屋があった。
10年程前、家族で出かけている時偶然見つけたのだが、それこそ「昭和のレトロ」を感じさせる古い木造平屋建ての小さな駄菓子屋であった。
当時、まだ小さかったうちの子供達は物珍しそうに、そして夢中になってケースから駄菓子を次から次と取っていた。
その時、店をよく見ると、いかにも高齢といったかんじのお婆さんが店の奥に座っていた。
お婆さんはまったく無表情で、まるで仏像のようにピクリとも動いていなかった。
私はそのお婆さんをじっと見ていたのだが、本当にその間、まったく動きがない。
ひょっとして、息をしていないんじゃないか、と思うほどだった。
私は、つい調子にのって我が子達の前で、
「このお婆さん、生きてるのかなあ。」
と、お婆さんの前で手をちらつかせたりしてワルノリをはじめた。
子供達も面白がって、
「あ、さっきから全然動いていない。
生きてるのかなあ。
死んでるのかなあ。」
と、一緒にふざけはじめた。
今から思うと相手様に対して随分失礼な話だが、子供といると自分も童心に帰ってつい、おふざけをしてしまったわけである。
まったく親も親なら子も子である。
その時、ふっと後ろに視線を感じたので振り向くと、この店の店主らしきおじいさんが、私達を見て苦笑いをして立っていた。
「あっ、こ、こんちは・・・。
これこれ、よその人に失礼なことをしちゃいかんよ。」
私は自分が事の火付け役なのを棚に上げて、そしらぬ顔で子供達を注意した。
そして何食わぬ顔で駄菓子の代金を払い、
「昔と違って、今ではこういうお店が少なくなりましたねえ。
それで今の子供達にも経験させてやろうと思いましてね。」
と、私は店のおじいさんに言った。
おじいさんは、
「こんな商売、全然儲からんけどよう、ほいでも子供達が毎日のように買いに来てくれるもんだで、やめれえせんでかんわ。」
と、まるでタレントの宮地佑紀生がしゃべるような名古屋弁で話した。
さらに、あの仏像のようなお婆さんをチラ、と見ながら、
「うちの婆さんもこれでもああやって、店番やってくれとるもんだで、ワシもちったあ(多少は)、助かっとるんだわ。」
私はそれまでの態度とはうって変わって、
「そうですねえ。
お婆さんがこんなにしっかりしてらっしゃるから、このお店も安泰ですねえ。」
と、にこやかに相槌を打った。
この時、初めてお婆さんが一瞬、ピクっと顔の表情が動いた気がした。
買い物を済ませて車に乗ると、妻が、
「よくもまあ、すました顔であんなせりふがヌケヌケと言えるわねえ。
私、あきれたけど、笑いをこらえるのに必死だったわ。」
と語った。
「まあ、それが人生を生き抜く知恵というもんや。」
と、私は真面目くさった顔で答えた。
・・・
あれから年月が経ち、子供も大きくなった。
ある日、たまたま例の駄菓子屋の近くを通りかかったので、急に思い出したようにあの店へ行って見た。
店は閉じていて、何年も空家になっているような感じだった。
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タグ: 思い出 人生



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