音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2013/6/19

死の一歩手前まで行ったことがあるのでございます。  気になる人、モノ

人間、誰しも死ぬときはどんな感じだろうかと、思ったことはあるかと思います。
私も50年以上生きてきて、そう思ったことは何度もありますが、本当にその事を実感したことは今から10年程前に経験しているのでございます。
それはある顧客の家でエアコン取り付け工事をしていた時でした。
その日は、メッチャ暑い猛暑日でございました。
こんな日はできることなら涼しい所でのんびり過ごせたらいいのですが、いかんせん、生きていく為にはやらなくてはなりません。
こんな3Kの仕事をいやいや、やらなくてはならない自分の境遇を何度呪ったかしれませんが、とにかく言われた仕事を完成させなければ収入になりません。
このような現場の仕事を日頃やっている方なら、私の気持ちは充分にご理解いただけるかと思います。
世の中は自分の本当に好きな仕事だけで食っていける人間など、ほんの一握りでございます。
さて、そのお宅でエアコン取り付け工事がもうすぐ完了、というときの事でございます。
暑さは午後からピークに達しておりました。
その時、私はそのお宅のベランダでエアコンの室外機に配管や電線を繋いでいました。
煮えたぎるような暑さの中で私は非常に苦しかったのを、今でも覚えております。
そして作業中に異変を感じました。
やたらと鼻水が出るようになったのです。
汗は滝のように出ているのに、鼻水が出るのは脱水症状の前触れであります。
しかも内心、
「これはアカン。」
と思いつつも、仕事を完成させなければならないという意識だけはしっかりしておりました。
それ以外の気持ちは、猛暑で頭の中で脳が煮えたぎっているような感じになっていたので、ボーッとしていてあまり感じなかったのであります。
やっと完成、という時でした。
暑さの苦痛がいつまで続くのか、と思った瞬間、急に目の前が暗くなったような気がしました。
勿論、外は照りつけるような炎天下の晴天でございます。
そして、それまでの苦痛が消えてなんと気持ちよくなってきたのであります。
しかも自分の頭の上にはオレンジ色の輪が見えてきました。
そのまま、体がすーっと浮いていくような気持ちでした。
その間、数秒のことだったと思います。
意外とその時の気分は心地よいものでした。
恐怖心というものは、ありませんでした。
そのまま身をまかせてもいいやと思った程であります。
すると、心の中でもう一人の自分が叫びました。
「アカン、何しとんねん!はよ、目えさませ!」
はっと我に返った私は急いで室内に入り、休憩をしました。
その事をお客様に言ったら、
「そのまま我に返らんかったら、死んどったかもしれんで。
気いつけえや。」
と、言われました。
作業を終えて自宅に帰った時、私は2つの気持ちがありました。
「こんな苦しい人生が続くなら、いっそのこと、あの時死んでれば苦痛から開放される事ができたのになあ。」
と言う気持ちと、
「ワシには家族があるからまだ死ぬわけにはいかへんねん。」
という気持ちと、両方あったのでございます。
今、こうして多くのFACEBOOKの友人達に助けられてようやく長年の夢だった作曲活動に打ち込む事ができるようになったことを思うと、生きてて良かったと思う次第ですが、同時に、天国へ行く時、頭の上に輪っかがあるのは、ウソやなかったんやなあ、ということを知って、死後の世界や心霊現象、神秘体験等によりいっそう興味を持つようになったのでございます。
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タグ: 人生 神秘体験

2012/11/10


子供の頃から正夢をよく見ました。
そして、正夢の中には「警告夢」と呼ばれる夢があり、今回はそれについてお話をさせていただきます。
警告夢とは、夢の内容がある種の警告を表したり、将来起こる悪い知らせをそのものずばりの内容で出てくる夢をいいます。
最近、私が見た警告夢は突然、数十年前に死んだ父方の遠い親戚が出てきて、
「何がFLstudioだ。
こんなもん、ぶち壊してやる!」
と、すごい形相でわめいているものでした。
それから2,3日後にファイルが壊れ、パソコンをリカバリーする羽目になったのでございます。
パソコンを修復しながら私は、数日前に見た、その夢を思い出しました。
そしてこれは警告夢であり、自分の先祖霊が出てきて私に妨害を働いたのだということを悟りました。
彼らにしてみたら、自分たちの子孫の1人がなにやら訳のわからんことをやっているとしか見えないでしょうし、保守的、排他的、閉鎖的で自分達の価値観とは違うものを決して受け入れようとはしないところは、多くの岐阜の田舎者に見られる特徴であります。
そこで私は、これ以上できるだけ彼らが悪さをしてこないようにパワースポットと呼ばれる神社でお参りをし、普段は毎朝、自宅の神棚に手を合わせているのでございます。
なんで先祖霊がそんな悪いことをするんだ、と思われるかもしれませんが、要は彼らは私のことが気に入らないのです。
岐阜の田舎者にとって個性的で芸術家気質の人間は、なにかと鼻について許しがたい存在なのでしょう。
実際、過去にどちらの親の実家のある田舎へ行っても、子供ながらに自分はあまり歓迎されてないんだな、というのは、なんとなく思ったものです。
したがって今では、
「自分とあちらとは残念ながら徹底的に相性が悪いのだから、もう関わらない方が良い。」
という結論を出して、それを実践しているわけでございます。
しかしそれでも彼らは執拗というか、最近のこの事件のように時々しつこく私に悪さをするようであります。
もともと私は普段から印象に残った夢を見ると、必ず夢判断のサイトを見て、その夢の意味を調べる習慣をつけていました。
だから、この夢を見たときは不吉な感じがしたのですが、被害を最小限にとどめたものの、未然に防げなかったのが惜しまれる点であります。
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学生時代には、恋愛に関する警告夢も見たことがあります。
当時、気になっていた女性がいました。
ある日、思い切って交際を申し込んだらすんなりOKしてくれて、1回目のデートはそつなくすみました。
それから、数日後に夢を見ました。
夢の中で、私はこれが2回目のデートだということを認識していました。
彼女の姿が見えてきて、私は意気揚々と近づいていきました。
ところが彼女の傍まで来たとたん、彼女はいきなり、
「来ないで!」
と、言ったのです。
私は夢の中で唖然としました。
夢を見ているのにも関わらず、
「何故だ。
どういうことなんだ。
こんなことは夢であってほしい。」
とも、思ったのです。
そこで急に目が覚めたのですが、いやな予感が頭から離れません。
そして、いやな予感はその日のうちに的中しました。
自分の同級生を通じて、彼女が別れたがっていることを聞いたのでございます。
当時はショックでしばらく恋愛恐怖症になったほどでした。
・・・
私も今まで生きてきていろいろありましたが、これからの人生、できるだけ警告夢を見ないですむか、見ても完璧に未然に危機に対処できるようであってほしいものだと、つくづく思う次第でございます。
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タグ: 正夢 夢判断

2012/9/15

パワースポットは独断で決めて行ってはアカンのでございます。  気になる人、モノ

前回、パワースポットについてお話しました。
パワースポットについては今でも根強いブームになっており、老いも若きも熱心に出かけたりする方々がけっこういらっしゃるようでございます。
昨今の厳しい情勢の中で細々と生きていくだけでも、誰がいつ、どうなってもおかしくない時代であります。
時には自分の力に限界を感じて、何かにすがりつきたい気持ちになるのも無理からぬことでありましょう。
パワースポットに訪れるような人達を他力本願だの短絡的だのと、あれこれ言うのは、簡単なことでございます。
パワースポットへ足繁く通う人を嘲笑うことができる人は、今まで順風満帆な人生を送ることのできた幸せな方達であります。
しかし、世の中の多くの人々はそんな幸運な人ばかりではありません。
私もその点については、骨身に染みてわかっているのでございます。
ただ、パワースポットへ行くのに注意しなければならないのは、
{ここならいいだろう。」
と、自分の判断だけで行かないことと、何度同じパワースポットへ出かけても効果がないと思ったり、その後かえってろくな目に合わないと思ったら、そこへ行くのはやめるべきだということであります。
私も大神神社や名古屋の若宮八幡宮へ行くようになったのは、自分の好みではなく友人のリラン君に勧められたからでございます。
一度や二度行ったくらいで運命が劇的に変わるわけがないのですが、いずれにしろ行ける機会があれば、しばらくは行ってみようと思っているのでございます。
もちろん、かえって運が悪くなったんじゃないかと思うようなら、もう2度とそこへは行きません。
・・・
私の知人で、自分でここがパワースポットだと決め付けて毎年お参りし続けて、とうとう日の目を見ない人生で終わったという人がおります。
その方は、以前のブログ「すさまじきものは宮仕え」で紹介した、O.Tさんでございます。
O.Tさんは傲慢社長K.Nの下で奴隷のような社員人生をおくりました。
そのO.Tさんは、毎年何度かある神社に参拝に行っておりました。
岐阜県南部にある「O稲荷」であります。
O.Tさんは「O稲荷」へ行っては、これからもっと社長に気に入られるようになるよう、よくお参りしたそうです。
しかし現実には、O.Tさんは運気が好転するどころか、生涯、薄給の平社員で終わり、奥さんにも愛想をつかされて離婚もしてしまったのでございます。
だが、O.Tさんはここまで不運の波風にさらされるような人生を送っても、相変わらず参拝に行った所は「O稲荷」でした。
そして、当時の勤め先に見切りをつけてよそへ転職することもしませんでした。
普通の人間なら、
「オレの人生、この先良くなるんだろうか。」
と不安になれば、様々な人や場所に相談に行ったりしながら自分も努力をして、未来の自分の人生になんとか活路を見出そうとするものでございます。
しかし、O.Tさんは進歩や向上心がないのか、保守的な性格なのか自ら自分の人生を切り開くようなことはなかったのであります。
私のような人間と違って一途なのか、生涯、勤め先と参拝する神社(パワースポット)を変えることはなかったのでございます。
それで私は自分の人生がO.Tさんのようにならぬよう、時々、今の自分の状況を省みて、
「このままでいいだろうか。
もうこの辺で何か変更すべきことはないだろうか。
いったん、ここで進路や考えを変えるべきではないだろうか。」
と考える習慣をつけるよう、心がけているのであります。
・・・
「O稲荷」に関しては不思議な体験があります。
リラン君とドライブに出かけた時のことです。
たまたま「O稲荷」の近くまで行った時、私は、
「せっかくだから、寄ってみるか。」
と言ったのでございます。
するとリラン君は難色を示しました。
「あそこへ行くとロクなことがない。」
と言うのです。
リラン君は多少、霊感があるようでした。
私は、
「じゃあ、せめて参道を歩いて食べ歩きだけしようや。」
と言って、参拝者専用駐車場の方まで向かわせました。
すると突然、車から降りるのも躊躇するような大雨が降り始めたのです。
ゲリラ豪雨でした。
私達は車から降りるのを諦めて、「O稲荷」から離れて行きました。
リラン君はホッとした表情になりました。
そして、あれほどひどかった豪雨がウソのように晴れてきたのでございます。
私はポツリと言いました。
「オレら、あそこ(O稲荷)へ行ったらアカンのとちゃうか。
それで大雨を降らせてオレらが行かんですむよう、天が働きかけたんと、ちゃうやろうか。」
その後私達は、冷静になって車の走行距離を考えてもあまりに狭い範囲でゲリラ豪雨が降ったので、不思議なことがあるもんやと車中で話し合ったのでございます。
そこは少なくとも私達には、絶対パワースポットと呼んで近寄ってはいけない所なのでございます。
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2012/8/14

占いサイト  気になる人、モノ

私がFACEBOOKやYOUTUBE、そして当ブログ以外によく目を通すサイトに占い関連のものがあります。
「ええ年こいたオッサンが占いなんか見とるんかよう。」
と言われるかもしれませんが、日々、不安の中で生きている身にとっては、ほんの参考程度ですが目をとおすことにしているのでございます。
勿論、どこかの某タレントのように莫大な金をつぎ込んだり、生活のすべてを占い師に捧げてしまうような事は、これっぽっちもありません。
まず何よりも、私はつぎ込めるほどの大金を持っていません。
我が家では、コロッケは1個何と16円の地元スーパー、〇ローのものを買い、ベルギービールを除く普段飲むビールは1ケース3480円の〇オンのオリジナルブランドのものを飲んで暮らしております。
そんな私ですから、占いサイトで自分の運勢を見る時は「一部無料版」や「完全無料版」のみを利用しているわけでございます。
サイト運営側から見たら、それこそ「罰当たり」なやり方かもしれませんが、おそらくこのようなサイト運営会社は月商何億と稼いでらっしゃると思いますので、ここはひとつボランティアか会社運営にかかる必要経費が化けたものだと思って、大目にみていただきたいのでございます。
なにせ、たまたま将来の恋愛について鑑定結果を見たら、すでに既婚であるにもかかわらず、
「あなたは今年の後半までに運命の人との出会いがあるでしょう。」
なんて書いてあったら、金を払ってまでみたいとは思わなくなるのは当然であります。
かと言って、「一部無料版」では本論のサワリの部分しか表示されず答えの核心の部分を見ようとすると、
「結果を知りたい方は有料版へ。」
と、上手に誘導されるようになっているのであります。
つまり私のような「一部無料版」の読者はエサに食らいついて釣り上げられる寸前の魚のようなものでございます。
ではエサに食らいついた挙句に釣り糸を切ってうまく逃げるにはどうすればいいかというと、一つの問題の結果を求めるのには、1人の占い師のみでなく多くの占い師のページを参考に見て、総合的にかつ、統計的に判断するというやり方を実行しているのであります。
勿論、どの先生方のページを見る時も無料版のみであります。
そしてどのページも、大体、生年月日や名前を入力して占う方式ですが、似たり寄ったりの結果だったり、時々思わむ結果が出たりすることもあります。
それらを細目に見て、総合的に分析、判断するわけでございます。
こうしてできた結果は、あくまでも参考であって鵜呑みにするわけではありません。
しかし先のことは誰にもわからない反面、「風が吹けば桶屋が儲かる。」の例えどおり、大きな自然災害等の突発的な不可抗力が起きないかぎり、ある一定の条件の環境の中で一定の現象(動作)が続けば、ある種の法則(鑑定結果)が成り立つわけでございます。
それが将来における「参考資料」になるわけであります。
したがって私が「占ってもらう」項目は、自分の未来に関することだけでございます。
一般のこの手のサイトの愛好者のように、恋愛コーナーにはほとんど用がありません。
では、このようなやり方で数か月後、半年後に占ったとおりの結果になっているかというと、当たっている確率はだいたい30〜40%であります。
「なんだ、その程度か。」
と思ってはいけません。
占いの(総合)結果が出るまで何もわからない状態から、それだけ当たっていたら、大したものだと思うべきでありまして、むしろ1割でも当たったら喜ぶべきだと言えるのであります。
そのかわり、この方法を株や資産運用に活用するのはお勧めできません。
現在は、社会や景気の動向や金の流れが複雑すぎて個人の持つ情報だけで判断するのは、あまりにも危険だからであります。
デイ・トレーダーがパソコンをにらめっこしながら、株取引をしているのは、まさに博打としてやっているわけであります。
・・・
私が占いに興味があるのは、過去の人生が影響しております。
30代の時、会社員をしていましたがリストラにあいました。
違う部署で生まれ変わったつもりでがんばろうと思って、努力しましたが、1年後に退職しました。
その時はちょうど天中殺の時期でした。
それ以外にもいろいろありました。
四柱推命やいろんな占星術等にも取り組んだことがありますが、大体、どれもあまり良い運勢結果ではありませんでした。
一時は自分の人生に悲観したことも多々ありましたが、不思議なことにしばらくすると、
「もう一度やってやる。」
という気持ちになって、あきらめていたこともある日突然、また取組始めるということが何度とありました。
今もちょうど、その時期に入っていると言えると思います。
ただ若い時と違うのは、今の私には家族がいるということです。
自分だけでなく、家族の未来や人生のことも考えて、これから先の人生を生きていかなければならない、という使命感が今の私には絶えずあるのでございます。
そして今後の自分の人生を悔い無きものにするには、自分の独善的な判断で進路を誤ることがないよう、他人の意見や様々な情報(占いもその1つです。)をも、多く取り入れていくつもりでございます。
幸いここ数年、今迄疎遠になっていた友人達と再会したり、FACEBOOKで知り合った素晴らしい友人達とも、交流を深めたりして意見交換の機会には事欠きません。
ありがたいことでございます。
・・・実は、「ここ数年のうちに昔の友人と再会したり以前より交友関係に恵まれる。」という占断結果を以前から知っていました。
結果を知った当時は、全くそのような状況ではなかったので半信半疑でしたが、今は時々その時のことを思い出しては、ひとりで驚いている状況であります。
不思議と言えば、不思議でございます。
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2011/5/11

テオ・ヤンセンの歩く彫刻  気になる人、モノ

何年か前にTVで、始めてオランダの彫刻家Theo Jansen(テオ・ヤンセン)のSTRANDBEEST(ストランドビースト。彼自身が開発した風の力で動く彫刻)と呼ばれる、砂浜を歩く作品を見た時、そのすばらしさに感動したものである。



彼は大学時代に物理学を専攻したそうだが、確かに風を受けながら足並みを揃えながら多くの足で砂浜を闊歩する様は、その方面の知識が無ければこのような作品を創ることは出来ないであろう。
しかも、その動きはロボットのような機械的なものではなく、まるで巨大な節足動物やクマムシのような生き物が動いているような自然な動きなのである。
公式サイトのプロフィルを見ると、テオ・ヤンセンは1948年にオランダのScheveningen(スフェベニンゲン、オランダ国内でも有名な海のリゾート地)に生まれた、とあるが、すると彼のストランドビースト達が歩いていた広大な砂浜は、おそらくスフェベニンゲンなのだろう。
・・・
私事だが、私は1993年に新婚旅行でオランダとベルギーへ行った。
オランダでは、このスフェベニンゲンにもよっているが、この地では面白い思い出がある。
ツァー客みんなで地元のレストランで食事をした時、デザートに洋ナシの赤ワイン煮がでた。
デザートは他の料理同様、大皿に盛られ客が自分で好きなだけ小皿により分けて食べるやり方であった。
それがけっこう、うまかったので私は大皿に残った分も、もったいないと思って全部たいらげた。
すると、店の奥からヴィンス・クラークそっくりの支配人らしきオジサンが出てきて、
「You ate it clean. The taste was good you?
(きれいに食ったやないか。味の方はどうやねん)」
と、聞いてきた。
「Extremely delicious!Thanks.
(おおきに、めっちゃめちゃ、うみゃあでかんわ。)」
と私が言うと、オジサンは、
「You're a funny guy.
If you like so much, I'm going to have another one.
Waiting for me.
(あんた、オモロイわ。
そんな気に入ったんやったら、まあ1杯持ってくるさかい、待っててえな。)」
と言って、間もなく大皿1杯の洋ナシの赤ワイン煮を私の前にデンと置いたのである。
びっくりした私は、
「This is too much!
(メッチャ、多すぎるで!)」
と言うと、オジサンは私の肩をポンポンと叩いて笑いながら、
「All right, if you will eat it.
You don't have to hold back.
(大丈夫、あんたなら食えるわ。
遠慮せんでもええで。)」
と勧めるのであった。
私はオジサンの好意(?)を無駄にしたくない思いと、多少の意地もあって必死でデザートを平らげたのであった。
その量、7〜8人前で勿論、その前にスープ、パン、メイン・ディッシュを一通り食べている。
苦しそうに腹をさすりながら、私はオジサンとお互い、
「Thank you!」
と笑顔で声を掛け合いながら、店を出たのであった。
店を出ると歩いてすぐ、スフェベニンゲンの広大な砂浜にたどり着く。
この時、季節は3月の下旬で風がとても強くて冷たかったが、生まれて初めて見るヨーロッパの北海を眺めながら雄大な浜辺を歩くことができて私は、
「今迄、生きてて良かったなあ。」
と、しみじみと思ったのであった。
・・・
テオ・ヤンセンの話から、かなり脱線してしまった。
旅の好きな私はいつかまた、オランダにも行きたいと思っている。
もしその時スフェベニンゲンに寄ったら、たまたまテオ・ヤンセンの作品のイベントでもやってて、彼のストランドビーストと砂浜を歩くことができたら楽しいだろうな、と思う。
(注)私の頭の翻訳機能には、標準語で和訳することができないようです!?
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2011/4/15

屠場(とば)  気になる人、モノ

今回は血生臭い内容で恐縮でございます。
しかし私達が生きていくうえで、絶対避けて通れない問題でございます。



私は子供の頃から動物が好きなのでこの動画を見るのは、自分で紹介しておきながら正直つらいのですが、肉やソーセージといった食べ物が好きである以上、この現実をよくよく頭に入れておかねばならないと、思っている次第でございます。
そうすれば食卓に出された動物性食品に対して、益々感謝の気持ちを強めることができましょう。
肉食をやめろと言うのではありません。
食べ物を粗末にするな、家畜や生産者達に感謝しろと言いたいだけであります。
尤も、菜食主義者であるポール・マッカートニーが言った、
「もし屠殺場がガラス張りだったら、誰も肉を食べなくなるだろう。」
という言葉もわかるような気がします。
また、屠殺場で働いている方々も自分達の仕事に誇りを持ってはいるが、家畜を殺すことが好きと思っている人はいないと思います。
ですから、このような職業に就いている方々に対しても、まかり間違っても偏見を持ってはならないのです。
さて、今日もいろんな食べ物を、おいしく感謝しながらいただきましょう。
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タグ: 屠殺 食生活 文化



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