音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2013/5/29

春の祭典が初演から100年経ったのでございます。  現代音楽

私はオーケストラの曲の中で、ストラヴィンスキーの春の祭典が一番好きなのでございます。
一般的にはクラシックのジャンルに入れるべきですが、今回のお話は現代音楽のカテゴリーに入れさせていただきます。
何故なら、この曲は初演から今年でちょうど100年経ったのですが、未だにこれっぽっちも色あせていないからであります。
この曲に「古典」とか「懐メロ」といった言葉は全く似合いません。
いつ聴いても新鮮であり、永遠にプログレッシブ(革新的)であるからでございます。
私は春の祭典のスコアを持っていて、この曲を聴く時はヘッドフォンをかけて全神経を耳に集中させながらも、スコアにもしっかり目を通しているのでございます。
このような聴き方をして驚く事は、毎回、必ず新しい発見がある、ということなのであります。
非常に複雑なアレンジですが、1つ1つのフレーズやメロディは意外と単純であり、多彩な曲想でありながらも割りと聴きやすいのは、このためかと思うのでございます。
そして、曲のすばらしさは勿論の事、最近はバレエの方にも注目しているのでおります。
私はバレエには元々、興味が無いのですが、ニジンスキーが振付けた初演の踊りを見て、素人ながらこれは凄いと思ったのであります。
どう見ても、これは「白鳥の湖」のような優雅な舞というよりは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のPVに見るような激しいダンスに近いものですが、この斬新さがまた、私には超お気に入りなのでございます。
これからまた、100年経っても春の祭典は色褪せる事はないでしょう。

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2012/3/9

Iannis Xenakis”Hibiki Hana Ma(ヒビキ・ハナ・マ)”  現代音楽

この曲は現代音楽の巨匠、ヤニス・クセナキスが1970年の大阪万博の鉄鋼館のために作曲したものでございます。
8チャンネルテープに録音されて創られた本作はオーケストラの音を素材に作曲されたため、電子音楽という感じはしませんが、よくよく聴いてみると現実には生のコンサートでは再現不可能な音というのがわかります。
今風に言えば、サンプリングやリミックスによるエディット・ミュージックと言えるでしょうか。
そして曲想はというと、”ヒビキ・ハナ・マ”というやさしそうなタイトルからは考えられないような暴力的な音の連続でございます。
オーケストラの音が素材とはいえ、優美でウットリなんて要素は微塵もありません。
今時のチルアウトやアンビエント等のヤワな音とは全然違います。
そんな過激な音が館内の床下や天上に設置された数百台のスピーカーから再生される様は今でも勿論のこと、当時でも衝撃的なことであったことは間違いありません。
そんな過激な作品を創ったクセナキスという人は、まさにプログレッシブと言えると思います。
彼の音楽は60〜70年代のプログレッシブ・ロックのミュージシャンに多大な影響を与えたといいます。
難解でとっつきにくいと、よく言われる現代音楽ですがクセナキスのような人達がこのような傑作を多く残してくれたからこそ、今日の音楽があるということをあらためて思う次第でございます。



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2012/1/18

武満徹”Gemeauxジュモー”  現代音楽

前回はマーラーの”1千人の交響曲”の事を書きました。
あまりにも人員を要するので滅多に演奏されない作品だということを書きましたが、同じような理由で有名にもかかわらず滅多に演奏されない曲というのは、他にもあるのでございます。
例えばホルストの”組曲「惑星」”がそうでございます。
平原綾香様がカバーしてあれほどヒットしたにもかかわらず、原曲はCDが売れてもコンサートで演奏されることは稀であります。
原曲は、パイプオルガンや2人のティンパニー奏者を含む4管編成の大オーケストラで、さらに組曲の最後である”海王星”のみに女声コーラスが付くという大規模なものであります。
有名な曲とはいえ、大きなコンサートホールに聴衆が満員札止めになっても、余程良いスポンサーがつかなければ、入場料の収入だけでは大赤字になるでしょう。
ましてや、現代音楽のようなマニアックなファンだけが喜びそうなジャンルの音楽は、ますます演奏される機会が少なくなるのは当然と言えるかもしれません。
ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチのような現代音楽の「古典」か、ガーシュインのようなわりと一般受けしやすいものが、たまに取り上げられるくらいが現実であります。
首都東京なら話は別ですが、それ以外の地域は大阪でも名古屋でも難しいのではないでしょうか。
しかしだからといって、このまま歴史から忘れ去られるにはあまりにも惜しい傑作というものは、かなりあるのでございます。
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例えば、ここで紹介する武満徹の”Gemeauxジュモー”も、まさにそんな作品と言えるのでございます。
この曲は、おそらく武満徹先生の作品の中で最も大規模な作品ではないかと思います。
楽器編成は独奏のオーボエとトロンボーン、そして2つのグループに分かれたオーケストラです。
なんと、2つののオーケストラにはそれぞれ専任の指揮者がついており、ステージの上で2つのオーケストラが一度にバラバラに演奏されるようなものであります。
各奏者の方々は、隣で別のオーケストラが演奏しているのを気にしながら、譜面と自分達の指揮者の支持をよく見ながら演奏しなければなりません。
したがって演奏する側にとっても難曲ですし、聴く方も複雑すぎて訳のわからん曲だと思われるかもしれません。
しかし、実際聴いてみると意外と繊細で神秘的、しかも耳に心地よいのでございます。
特定のメロディが無く、微妙に変化する音の綴れ織り、といった感じです。
森や竹林の中で木漏れ日が映り、木々の間を風が通り過ぎていくような光景を連想させるような音楽でございます。
ロックやトランスも良いけど、うまいビールやワインを飲みながらこういう音楽を聴くのも、癒しの効果があっていいものだと思います。
しかしできることなら、一度コンサートホールで生の”Gemeauxジュモー”を聴いてみたいものですが、今時の厳しいご時勢では難しいだろうと思うのでございます。

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2011/11/12

EAST BIONIC SYMPHONIA  現代音楽

変わった音楽が好きな方にはオススメの動画を見つけました。
EAST BIONIC SYMPHONIAというのは、70年代に活動していた「タージマハール旅行団」という即興音楽グループの中心人物、小杉武久の弟子達が中心になって活動したグループです。
即興音楽というと、ロックやジャズ、民俗音楽のインプロヴィゼーションやジャム・セッション(複数のミュージシャンでやる場合)を思い浮かべますが、こちらは現代音楽サイドの即興演奏であります。
既製の楽器や自作の楽器まで様々な音が飛び交う様は、曲の展開が予測不能(おそらく演奏者本人も勢いにまかせてやっているのでわからないでしょう)でスリリングです。
こういう音楽は好きな人には面白く感じるが、そうでない人は全く受け付けないでしょうが、私は好きです。
むしろ、16小節の4拍子で決まりきったコード進行やメロディで作られた音楽だけが良い音楽だと思う人は視野が狭くてつまらない人間だと思います。
こういう人は、人よりいい車を持ち、いい家に住んで自分の子供には今時最も人気のある名前を付けて、今世間で注目されている話題は何かだけに関心を注いでいる人かもしれません。
批判めいた事を書いて恐縮ですが、私はそういうタイプの人間とは180度違うタイプに人間であることは間違いないようです。
このような音楽同様、私も一部の人にはとても好かれる反面、またある人にはとても嫌われるという経験をイヤという程、味わってきました。
名古屋に生まれ育っていながら、大半の生粋の愛知県人や岐阜県人とは身内を含めて気が合わないのは、ここが保守的で閉鎖的な土地柄だからだと思うのであります。
それで子供の頃から幾分、対人恐怖症ぎみの性格になってしまいましたが、それでも限られた一生の中でできるだけ多くの経験をしてみたい、いろんな分野に挑戦したい、独自の観念を持ち、あるいは普通の人がなかなかできないような人生経験をしている人と交流を持ちたい、という気持ちはこれからも変わることはないでしょう。



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2011/6/8

ストラヴィンスキー:3つの日本の抒情詩(1913)  現代音楽

YOUTUBEの恩恵を日々、享受する事のできる今の私達は本当に幸福者である。
「春の祭典」と同時期の書かれたという、この「3つの日本の抒情詩(1913)」という作品があることは以前から知ってはいたが、実際に耳にすることができたのは、つい最近の事である。
長い間、私にとってこの曲は幻の作品であったが、今ではYOUTUBEでいつでも聴くことができるのである。
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この曲は、ストラヴィンスキーが「春の祭典」のオーケストレーションの仕事の合間に、こつこつと作曲されたという。
一説には楽器編成が似ていることから、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」に影響を受けて書かれたとも言われる。
この曲の詩は日本の万葉集や古今集から採用されたものだが、ストラヴィンスキーはそれらの詩から、非常に感銘を受けたという。
この時代、パリではジャポニズムが流行していたが、浮世絵や水墨画同様、翻訳された和歌を読んで日本の文学や芸術に感動し思いをよせる若きストラヴィンスキーの姿が目に浮かんできそうだ。
3つの歌曲はどれも1分たらずで抑揚の無い、お経のようなヴォーカルが特徴である。
クラリネットの使い方が「春の祭典」と似てるかな、と思ったが、この時期これら2つの作品を書いたことがその後のストラヴィンスキーの運命を決定づけたと言うのは、大げさだろうか。
つまり、「春の祭典」を書かなかったら「3つの日本の抒情詩」は生まれなかったし、その逆も言えるということである。
この2つの作品は実は姉妹作ではないだろうか、というのが秘かな私の思いである。

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2011/1/19

Ligeti"Atmospheres "  現代音楽

リゲティの”Atmospheres(アトモスフィア、大気の意味、1961年作。)” は彼の初期の代表作でスタンリー・キューブリックの映画「スペース・オディッセイ」のサウンド・トラックにも使用されたことでも有名である。
また、この曲は70年代のプログレッシブ・ロックのミュージシャン達にも少なからず影響を与えた。
例えば1970年頃、まだシンセサイザーを使用していなかったどころか、ジミ・ヘンドリックスの影響を受けてへヴィーなロックを演奏していたタンジェリン・ドリームのエドガー・フローゼはこの作品を聴いて、
「すばらしい。
できれば、自分もこのような音楽を創ってみたい。」
と周囲に語っていたという。
これといったメロディも無く、まるで音の雲といった感じの曲想である。



まさにタイトルの「アトモスフィア」にピッタリだ。
この作品は大編成のオーケストラと2台のピアノの為に書かれているが、曲の最期にはちょっとした仕掛けがある。
オーケストラの音がクライマックスに達した時、ピアニストはダンパー・ペダルを踏みっぱなしにしている。
するとオーケストラの音響によってピアノの弦が共鳴して、客席からは演奏が終わった後にも何か音が鳴り響いているように感じるのである。
電子楽器の普及していない時代だったとはいえ、このようなアイディアは実にすばらしいと思う。
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