音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2015/9/13

おろち  マンガ

つい最近まで友人のリラン君から、楳図かずお先生のマンガの単行本を多数借りておりました。
その中には前回、紹介した「アゲイン」もありましたし、代表作「おろち」もありました。
「おろち」は恐怖マンガですが、主人公の少女おろちは物語の中心になって動くと言うより、各話の主要な登場人物が主役で、おろちは話のナビゲーター的な役割を演じているのが特徴といえます。
主要な人物を補佐したり、時には傍観するだけという場面も多々見られます。
そこが、「ゲゲゲの鬼太郎」や他のマンガとの大きな違いでしょうか。
そして話の結末を迎える時、おろちは読者を代弁するかのようのに「恐怖は人間の欲望や嫉妬から生まれる。」と認識するのでしょう。
どこからともなく現れ、どこからともなく去っていく不老不死の少女おろちですが、おろちの詳しい経歴などは最後まで謎に包まれております。
読者は不思議な余韻を残しながら、物語を読み終えることになります。
文学的にも深みのある作品でございます。
永遠に残る昭和のマンガの傑作と言えるでしょう。

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2015/3/15

アゲイン  マンガ

久しぶりのマンガの話でございます。
3月1日に奈良へ行った時、同行したリラン君が楳図かずお先生のマンガの単行本を多数貸してくださりました。
この中には、子供の頃から大好きでもう一度読みたかったギャグマンガの「アゲイン」もありました。
アゲインはあの一世を風靡した名作「まことちゃん」の姉妹作であります。
しかし、主人公はまことちゃんではなく、若返りの秘薬「アゲイン」を飲んで65歳から10代の少年に戻った祖父、沢田元太郎なのでございます。
40年以上の作品ですが、今でも充分、楽しめました。
数十年ぶりに「アゲイン」を読んで、あらためてわかったことがあります。
全6巻の作品ですが、内容は老人が突然少年に戻ったほんの数日間を描いた物語であり、話のほとんどは元太郎が追いかけて他の登場人物が逃げ惑うドタバタコメディーでございます。
私がはじめてこのマンガを読んだ時、「おろち」のような恐怖マンガばかり描いてきた作家が劇画調の絵そのままにここまで徹底してギャグを描いたのはどうしてなのだろうかと、子供心に考えた記憶があります。
そして「アゲイン」があったからこそ名作「まことちゃん」が生まれたということも、あらためて認識した次第であります。
しかし、疾走するようなギャグが延々と続くようで、最後は老人に戻った元太郎が一人夕日を見つめて最終回になるところは、人生の儚さを感じさせるようで感涙ものでございます。

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2015/2/2

”がきデカ”は永遠でございます(2)  マンガ

暗いニュースばかりが続く昨近ですが、こういう時こそ気持ちを明るく前向きに持たねばなりません。
私も昔は辛い時にそんな気持ちになれるかよ、と思ってましたが、長い目で見ると人生は明るく生きた方が良いのです。
勿論、何か新しい事を始めるときは取り返しのつかない失敗をしないために最悪の結果を想定しながら進めていくべきですが、慎重さの中にも過度のマイナス思考は慎むべきでございます。
大きな成功を収めた方々というのは、本人が意識するしないに関わらずそのような生き方してきた人が多いと思います。
私も苦しい時には、昔の楽しかったことを思い浮かべるようにしております。
例えば、少年時代にはよくマンガを見てましたが、特に好きなのは山上たつひこ様の作品でした。
「がきデカ」や「快僧のざらし」が特に好きで、未だに各話の細かい内容を覚えていて、思い出し笑いしてしまう程であります。
少年時代も今も苦しい思い出ばかりですが、なんとか気も狂わずに生きてこられたのもこうした発想の転換法を身につけたおかげと言えるかもしれません。

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2013/1/15

”がきデカ”は永遠でございます。  マンガ

70年代に人気のマンガに、山上たつひこ氏の”がきデカ”があります。
40代以上の方ならご存知かと思います。
ご他聞に洩れず私も大好きでした。
それどころか、当時から私は友人からこまわり君そっくりだと言われてきました。
FBには本名と顔写真を出している反面、ブログではご遠慮させていただきますが、確かに私の顔を見ると納得する方もいらっしゃるかもしれません。
そのせいもあってか、このマンガに対する思い入れも現在も強くあるのでございます。
現在も単行本を何冊か持っていますが、第何話のどのコマにどのような展開があるか不思議と今でも鮮明に覚えております。
それだけ強烈なキャラクターだったわけですが、ひょっとしたら不遇だった少年時代にこのマンガに出合えたことによって、私は鬱やノイローゼから救われていたのかもしれません。
若い頃にマンガや関西風のギャグに出会ってなかったら今の自分の人生は無かったと、私は今でも確信しているのでございます。

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2011/5/8

下元克巳「五里くん万歳!!」  マンガ

このマンガは、前回紹介した”下元克己「欲望」”と同時期に購入した貸本「学園ロマン誌”青春No.29”」に掲載されたものである。
この本は、なんと220円で購入した。

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古本に限らずリサイクルや古物は、物や時期によって相場が変わるものであるが、勿論、安ければ安い程有り難いものはない。
・・・ 
物語は五里一平が憧れの人である泉澄美と結婚し、デレデレの新婚生活を送るが、気がついたらただの夢だったという他愛の無いものである。

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1968年に少年マガジンに連載される前から、「快男児ゴリ一平」の一連のキャラクターは全て揃っていたのがよくわかるが、子供(小学生)の頃、リアルタイムで「快男児ゴリ一平」を愛読していた私は、なんとゴリとヒロインの泉澄美はいつか結ばれるのではないか、と思っていた。
結局、少年マガジン連載版の方のゴリ一平も、泉澄美との恋が成就することはなかったが、読者にそこまで主人公に対して感情移入させる程、このマンガは印象深いものであったと言って良いだろう。
下元克巳のマンガは登場人物にどれも流れるような動きを感じる。
劇画チックと言っても良いし、アメリカン・コミックに通じるような躍動感があるのだ。
小学生だった当時、私は彼のマンガを、
白土三平+モンキー・パンチ÷2=下元克巳
という、勝手な解釈をしていたものである。
大人になった今もその考えは変わりが無いが、マンガに限らず、40年以上経っても愛着を感じる作品に出会えたことは、ある意味、人生の収穫と言っても過言ではないと思う。
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2011/4/26

下元克己「欲望」  マンガ

まさか、こんな希少価値の高い古本マンガが手に入るとは思わなかった。
今月の初め、私は名古屋の大須にある、まんだらげ名古屋店でヤングビート第3号を購入した。

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この古本は一時、ネット・オークションで数万の値で売買されていた物である。
私はこれを2100円で購入したが、私から見たら大金だが嘗ての相場から見たらお値打ち価格も良いところだろう。
この本の見所は私にとっては、なんと言っても下元克己の「欲望」である。
この時代の下元克己の絵は白土三平に似てるなあ。
それに、この人は本当に絵がうまいと思うで。
まあ、プロの漫画家やから当然やけど。

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(あらすじ)
主人公の石本は病気の母を抱える貧しい青年である。
金持ちになった自分を想像したり、金持ちから金を奪うことを考えて自己嫌悪に陥ったりしながら、自分の境遇を呪っていた。
そんな石本の後を黒いスーツの男が後をつけるように歩いていた。
石本はラーメン屋に入ると偶然、友人の岩崎に会う。
石本が金に困っていることを話すと、岩崎は石本に気前よく金を貸してくれたが、実は岩崎は強盗殺人犯であった。
そして石本の後をつけていた男は実は刑事で、本当は彼は岩崎の方を追っていたのである。
だが、逃げられないと思った岩崎は最後に自殺してしまう。
石本は岩崎の遺体に先程、彼が貸してくれた金を置いて呟く。
「もう、これからの僕は貧乏なんかに負けないよ。
どんなに苦しくても自分の力で正しく生き抜くよ・・・。」

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・・・
重い内容のマンガである。
下元克己の作品は学園物の他には、社会の底辺にいる者を題材にした物が多い。
この「欲望」もその1つだが、画面全体に漂う言い様のない暗さはこの時代のマンガ独特のものだ。
この特有の雰囲気はつげ義春や辰巳ヨシヒロ等の絵からも感じられるが、今のマンガには無いものである。
ボーイズラブとか東方プロジェクトのマンガしか知らない今の子供達がこの時代のマンガを読んだら、はたしてどんな感想を抱くだろうか。
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