音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2012/3/25

MICHAEL ROTHER"FLAMMENDE HERZEN"  プログレッシブ・ロック

元NEU!、クラフトワーク、La Dusseldorfのミヒャエル・ローター様のファースト・アルバム"FLAMMENDE HERZEN(1977)燃える心の意味"のタイトル曲であります。



なんとも心に沁みるメロディで、爽やかな曲でございます。
ミヒャエル・ローター様とも、Facebookの友達になっております。
直接、コメントをやりとりしたことはありませんが、最近の写真からもこの作品を創った若い頃も顔から寡黙でやさしい人柄が伝わってくるようでございます。
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2012/3/6

Ashra Correlations(アシュラ・コリレーションズ)  プログレッシブ・ロック

アシュラの”Correlations(相関関係の意味)、これはマニュエル・ゲッチングさん率いるアシュラの1979年のアルバムです。
ゲッチンさんのヴァージン時代の作品は”New Age OF The Earth”を高く評価する方が多いかもしれませんが、私はハラルドさんやルッツさんとのバンド形態になった本作と次の”Belle Alliance”も大好きでございます。
ゲッチンさん1人でシコシコ創った音も良いけど、後のお二方が加わった音もまた、ゾクゾク、ノリノリなのでございます。
私はハラルド・グロスコプフさんの叩く、シーケンサーと一糸乱れずからみつくような正確無比のドラムをいつも感嘆の念で聴いております。
そしてルッツ・ウルブリッヒさんのリズム・ギターとキーボードにも聴きほれております。
そんな3人の力量が堪能できる作品の1つにに本アルバムに収録されている”Club Cannibal”があります。



もう、ノリノリでございます。
初期の作品に比べると随分軽めの音と思えるかもしれません。
でも、ギターを多用したテクノ・アンビエントと思えば、なかなかかっこいい曲だと言えます。
しかも、本作は今から30年以上前に創られたのです。
なんと時代を先取りした音でしょう。
これぞプログレッシブでございます。
ヒプノシスの手がけたジャケット・デザインも素晴らしいし、見ていてそそるものがあります。

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しかしこの時期、ゲッチンさん達にとってはつらい時代だったようです。
当初、本アルバムは” Phantasus”というタイトルにする予定でした。
これは本アルバムの最期に収録された曲の題名でもあります。
しかしヴァージン・レコード側はこのタイトルでは意味がわかりづらいということで、このタイトルは却下されました。
おまけにこの”Club Cannibal”をはじめ、いくつかの曲がもっと「売れるような曲」になるよう、作り直しをされたのです。
挙句の果てに、次作の”Belle Alliance”が会社側の満足するようなレコード・セールスにならなかったので、ゲッチンさん達はあっさり契約を打ち切られてしまったのでございます。
さすがにゲッチンさんはこの頃、かなり落ち込んだそうでございます。
この時期のヴァージン・レコードはプログレ路線から売れ線志向に変わり、ヒット作の出せないアーティストは次々とリストラされた時代でした。
マイク・オールドフィールドと社長のリチャード・ブランソンとの確執がはじまったのも、この頃であります。
それから何年か、ゲッチンさんは不遇の時代を過ごしました。
しかしその後彼は見事に甦ったのでございます。
あの傑作” E2-E4”が世に認められてヒットしたためであります。
しかも” E2-E4”がリリースされて何年も経ってからのことでございます。
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そんな厳しい時代の作品である”Correlations”ですが、たとえレコード会社の圧力にあっても、作品の質はいささかも落ちていないように思えます。
私は、彼らはどんな時にも良質の作品を創造し続けることができる天才だと思うのでございます。
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2011/6/17

ヴァンゲリスの即興演奏  プログレッシブ・ロック

今やサントラの大御所と言えるヴァンゲリスだが、喜多郎やクラウス・シュルツェ同様、ソロで雄大なシンセ・ミュージックを創造するアーティストとして長く活動を続けてきたのは周知のとおりである。
あれほどスケールの大きい音楽をどうやって作曲するんだろうと思う人は、マニアに限らずけっこういると思う。
そんなわけで、いくつか拾ってみました。
シンセを趣味で弾いてきた私には予想どおりというか、大量の機材に囲まれて弾いてますねえ。



以外にすごいと思ったのは1971年の映像で、1人でキーボード、リコーダーとパーカッションを使って八面六臂の即興演奏をしているところである。



MIDIの無い時代でしかも全くの即興(オーヴァーダビング無し)でここまでやれるのだから、実に器用な人であるとつくづく思った。
過去のインタビューによると、ヴァンゲリスは普段のアルバム製作においても即興を重視し、一度録音した曲を後から手直しすることはあまり無いという。
後から手を加えすぎると、最初にその音楽に込められた感動や情感がかえって段々失われてしまうからだそうで、シンフォニックなサウンドが得意なわりに以外にも楽譜が苦手と言うから、人間、わからないものである。
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2011/5/2

klaus roeder(クラウス・レーダー)  プログレッシブ・ロック

クラウス・レーダーという名前を聞いても、多くの人はピンとこないでしょう。
でもクラフトワークの”アウトバーン”にギターとヴァイオリンの奏者として参加したミュージシャンと言えば、熱心なファンなら、
「そういえば、そんなん、おったかなあ。」
と、思い出すかもしれない。
元NEU!のクラウス・ディンガーやミヒャエル・ローターらに比べると、どうにも影が薄い感じがするけど、確かにいたんです、ハイ。
彼は1948年4月7日にシュトゥッツガルトに生まれた。
”アウトバーン”では、あくまでも演奏のみの参加で、作曲やプロデュースまで担当していなかったから、元々、雇われミュージシャンのような立場だったかもしれない。
”アウトバーン”がヒットしたのにもかかわらず、その後脱退した理由は定かでないが、クラフトワークに入る前から前衛的な音楽に興味を持ち、自らギターやシンセ等を使って実験的な音楽を演奏していたようである。
そして1975年(脱退してまもなく)から自身の電子音楽スタジオを持ち、ミュージシャンや音楽教師として生計を立てながら、地道に電子音楽の創作活動に励み、今日に到っている。
彼のHPを開くと様々な自作の作品を試聴することができるので、興味のある方は是非、アクセスしてみて下さい。

http://www.klaus-roeder.org/

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次に、上のイラストはアウトバーンの裏ジャケの絵をモノクロにしたもので、向かって左から2番目がクラウス・レーダーである。
いかにもこの時代のヒッピーそのものの風貌だが、隣のフローリアン・シュナイダーだけが七三の頭をしているとかえって彼の方が異様に見えるから笑える。
また、YOUTUBEにおいて「Kraftwerk, and the Electronic revolution 」という一連の動画(特にPart10の冒頭等)で、現在の彼のインタビューの場面が映っているが、さすがに70年代と違って、髪もスッキリして見事に普通のオッサンであった。
まあとにかく、今後もレーダー先生のご活躍に乞うご期待である。
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2011/4/18

ハルトムート・エンケ  プログレッシブ・ロック

ハルトムート・エンケ(Hartmut Enke)、アシュラ・テンペルのファンならこの名を知らない人はいないだろう。
エンケは1952年10月20日生まれ、マニュエル・ゲッチングとは同級生で友人だったという。
彼に関する情報でよく知られるのは、麻薬中毒になって1973年のアルバム”Join Inn”を最後に音楽界から姿を消した、ということ。
その後どうなってしまったのかと言うと、廃人になってしまったとか、見事復帰して元気になり、ごく普通の仕事に就きながら時々ゲッチンさんの自宅へ訪ねて来るようになったとか、いろいろあり諸説プンプンである。
ただ、はっきりわかっていることは、2005年の12月に亡くなっていた、ということである。
アシュラ・テンペルのファースト・アルバムでは疾走感のあるベースを弾きまくり、”Join Inn”ではすごく印象に残るようなメロディを弾いていたエンケさん。
すばらしいミュージシャンだったが、60歳過ぎた今も現役であり続けるシュルツェ師匠と違って、なんとも線香花火のような人生でしたな。
合掌。
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2011/4/5

Daniel Fichelscher(ダニエル・フィッヒェルシャー)  プログレッシブ・ロック

ダニエル・フィッヒェルシャー(1953年3月7日ベルリン生まれ)は今は亡きフローリアン・フリッケ率いるポポル・ブーのメンバーとしてプログレ・ファンの間で知られた人物である。

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(1973年頃のポポル・ブー。
左からダニエル・フィッヒェルシャー、フローリアン・フリッケ)

彼はAmon Duul II のドラマーだったが、1973年にポポル・ブーに加入した。
その頃既に、ポポル・ブーはアコースティック路線で活動しダニエルはギターとパーカッションを担当していた。
この頃のポポル・ブーは”Das Hohelied Salomos (1975)”、”Herz aus Glas (1977)”等の傑作を次々と発表していた時期であり、私は個人的にこの頃のポポル・ブーが一番好きだ。
だが残念ながらリーダーのローリアン・フリッケが2001年に惜しくも他界してしまった為、バンドは解散となってしまった。
今、ダニエル・フィッヒェルシャーはどうしているだろう、と気になって調べてみると、現在、また古巣のAmon Duul IIに戻ってドラマーとして活動していることがわかった。

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ダニエル様はポポル・ブー在籍当時からお若いのに頭が薄いな、と思っていたが、現在ではスキン・ヘッドなんですな。
ピーター・バウマンの話でもそうだが、私は好きなミュージシャンの音沙汰が無いとどうにも気になってしまう、ある種の追っかけみたいな所があるようだ。
そのうちプログレ・アーティストの「あの人は今」のカテゴリーが作れそうな感じだな、と自分でも思う程である。
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