音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2015/3/18

天川村と安倍文殊院、吉野  

3月1日の日曜日に行った、リラン君との奈良の旅はとても充実したものでした。
定番の大神神社の後、私としては久し振りに桜井市の安倍文殊院と天川村へ行きました。
安倍文殊院では国宝の渡海文殊の群像に圧倒されました。
久し振りに素晴らしい芸術作品に出会ってノックアウトされたのでございます。
本物の傑作に対面すると人は言葉を失って、ただただ見入ってしまいます。
もう、ここに1日中、立ち尽くして見つめてもいいくらい素晴らしいものでした。
むしろ、ここから立ち去るのが惜しいくらいに思いました。
下世話な言い方ですが、国宝の傑作を拝んで、しかも抹茶とお菓子をいただくことができて拝観料が700円とは、メッチャお値打ちなお寺でございました。
次に天川村へ行きました。
天川村には有名な天川神社があります。
音楽とゆかりの多い神社で、昔、ブライアン・イーノがセッションをやったことでも有名でございます。
作曲に打ち込む私としては、ぜひまた訪れたいと思っておりましたが今回、21年ぶりにその夢が叶いました。
最後に吉野へ行きました。
金峯山寺の蔵王堂のデカさにここでも圧倒されました。
これは東大寺大仏殿に次ぐ巨大な木造建築であります。
たまたまこの日は法要で中を拝観することはできませんでしたが、久し振りにこのお堂を見ることができただけでも満足でした。
その後、奈良の名物、柿の葉寿司の老舗「平宗」の本店に寄りました。
グルなびに度々、投稿しているリラン君は鮎寿司をカメラに収めたりして、とても満足そうでした。
当然、私が今回、家族の為に買った土産はこの柿の葉寿司のセットであります。
私にとって、奈良はホンマに何度訪れても最高に良いところでございます。

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天川神社

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金峯山寺 蔵王堂
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タグ: 奈良 旅行 神社仏閣

2014/9/5

照遠寺(しょうおんじ)  

この寺は私の自宅から近い愛知県名古屋市東区にあります。
この近辺には、私が当時通っていた幼稚園もあり馴染みの深い所なのですが、こんなに古い寺があるとは今迄知りませんでした。
「灯台元暗し」とは、まさにこのことでございます。
古いと言っても、1730年ごろに建立された門以外は全て後世のものでございますが、名古屋のど真ん中によくぞ空襲や伊勢湾台風に合ってもここまで残ったものだと、感嘆の念を禁じえません。
実は最近、このあたりを散歩していて偶然、発見したのですが、初めて見た時は驚きました。

(照遠寺(しょうおんじ)に関する詳しい内容はこちらをクリックして下さい。)

何に驚いたかというと、この古い門の中に安置されている武神姿の仁王像でございます。
おそらく元は四天王像として創られたものが、門の守護神としてここに安置されるようになったのでしょう、それにしてもなかなか迫力のある作品(仏像彫刻)であります。
近くにお坊さんがいなかったので、賽銭を入れてお参りしてから写真を撮らせていただきました。
このあたりは、他にもお寺がたくさんあります。
そして寂れたラブホも点在しております。
京都や奈良にもない、独特の雰囲気を持っております。
まさに聖と俗が入り混じっております。
いや、ラブホの周辺は性と俗と言った方が良いでしょう。
照遠寺の仁王様はずうっと長い間、憤怒の表情で眼光を見開いて、この門の中からいろんな人達の生き様を見てきたに違いありません。
「女房や亭主に内緒でラブホに行ってんじゃねえぞ。」
「ワシも200年以上、ここに立っているが、おみゃあさんはホテルの入り口に入る前から、もうアソコが仁王立ちしてるじゃねえか。」
・・・こんな感じで本来なら仏敵に対して怒りの表情を見せる彼らは、実は浮ついた人生をおくっている我ら一般庶民に対して怒っておられるのかもしれません。

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門は創建当時のものです。

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迫力ある仁王像。
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タグ: 名古屋 寺院 散策

2014/6/27

玉置神社  

十津川村の旅、谷瀬の吊橋の次は玉置神社へ行きました。
ここは初めてでございます。
あまりにも奥地にあるので今まで行きたいと思っていても断念していたのですが、今回、ようやく実現できたので感慨無量でございました。
実際、行ってみるとすごい所でございます。
同行したリラン君は多少、霊感が働くのか、
「ここは、大神神社よりパワーを感じる。」
と言っていました。
深い森の中を15分程歩くと、ようやく本殿に辿り着きここで参拝をしました。
疲労感、達成感、安堵の気持ちが入り混じった気持ちでした。
しかし本殿を見入っていると徐々に崇高な気分になって心が洗われるような気がしました。
すると、ここまで来るのにも充分しんどい思いをしてきたのですが、リラン君が、
「山頂にも行きたい。」というので、思い足を起こして疲労に耐えながら山頂に行きました。
そして、なんとか登りきった時はほっとしました。
山頂には鐘があったので、楽器の好きな私は早速叩いてみました。
日頃の習性というか、この時、その鐘の音をiPhoneでサンプリングしました。
この音は、いつか作曲する時に使われることでしょう。
山頂から下りると、神代杉や夫婦杉等のご神木を拝みました。
どちらも高さ20メートル、推定樹齢3000年以上という巨木でございます。
見上げると、その存在感に圧倒されます。
この雄大な自然と触れ合えただけでも、今回の旅は非常に有意義なものでした。
この年にしてようやく、こことご縁ができたと思うと今迄生きてきてよかった、と思うのでございます。

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タグ: 奈良 自然 十津川村

2014/6/26

谷瀬の吊橋  

6月1日の奈良県十津川村への旅の最初の地は、あの有名な谷瀬の吊橋でした。
長さ297メートル、高さ54メートルの巨大な吊橋は過去にも何度も訪れておりますが、実は高所恐怖症の私には何度渡っても迫力充分でございます。
同行したリラン君は高校時代に山岳部に所属していたせいか、全く怖がりもせずに楽しそうにすいすい渡っておりました。
特に橋の中間地点は僅かな風でもけっこう横揺れいたします。
しかも床は薄い木の板だけなので、体重の重い私は、万が一、床が抜けたらエライことになる、と思って床の下の梁を確認しながら、歩いておりました。
途中、若いカップルと何組かすれ違いましたが、大抵、女の子の方は怖がって彼氏にしがみつくように歩き、彼氏の方は満面の笑みを浮かべながら悠々と歩いておりました。
私の場合、今回の旅は妻とではなく友人と男同士の旅でしたので、まかり間違っても相手にしがみつくことはありませんでした。
いつか近いうちに、今度は妻か彼女(?)と一緒にまた訪れたいと思う次第でございます。

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2014/6/4

和歌山県東牟婁郡北山村  

6月1日の日曜日に、私は友人の名古屋のリラン君と一緒に奈良県の十津川村へ行ってまいりました。
有名な谷瀬の吊橋と今回初めて行くことができた玉置神社へ行くことができ、最高の日帰り旅行ができました。
この話については、後日、また詳しく書くつもりでございます。
今日は奈良の帰りに寄った、和歌山県東牟婁郡北山村について書きます。
北山村は和歌山県に属していますが、奈良県と三重県に囲まれている日本で唯一の飛地の市町村でございます。
外国で例えるなら、南アフリカの中にある独立国レソトや統一前のドイツにあった東ドイツの中にあった西ベルリンのようなものであります。
旅の好きな私は昔からこの北山村に興味を持っていましたが、今回の旅でようやく訪れることができました。
美しい山々に囲まれた小さな村でした。
時間の都合で観光名所は道の駅おくとろに寄っただけですが、私は奥深い緑の山や森の中にいるだけで充分、満足でした。
途中の小瀬という地区で清水を見つけました。
その水を飲んで、今迄飲んできたミネラルウォーターの中で一番うまいと思いました。
ポリタンクを持ってこなかったのが残念と思う程、おいしい水でした。
たった1日の旅でしたが、日本の自然の美しさとすばらしさにあらためて感動した次第でございます。

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2013/10/20

興福寺の八部衆  

去る9月の奈良旅行で私が最も楽しみにしていたのは、興福寺の八部衆像との再会でございます。
八部衆とは釈迦如来を守護する8人の武神で、最も有名なのはあの三面六臂の阿修羅であります。
そして、残る7体も阿修羅に勝るとも劣らぬ素晴らしい天平彫刻の傑作でございます。
各像の魅力は何と言っても、あのあまりにも人間くさい表情と仕草であります。
私は日本国内の仏像の中で彼ら(仏像だけどあまりに人間くさく親近感に満ち溢れているので、そう呼ばせていただきます。)が一番好きなのです。
彼ら8人の中で五部浄と沙羯羅は少年時代の私の顔にやや似ているので、私はまるで前世の自分に対面したような気にさえなるのです。
阿修羅については、もう口では言い表せない程の感動をおぼえます。
鳩槃荼は彼らの中で唯一の憤怒の形相ですが、威圧的な感じはありません。
迦楼羅は鳥の頭を持っているが人間くささがプンプン漂っております。
緊那羅は3つの目と頭に1本の角を持っていますが、迦楼羅同様、違和感がありません。
畢婆迦羅と乾闥婆は武神と言うよりは物思いに耽る思想家のようです。
この八部衆と十大弟子は、百済からの渡来人将軍万福によって造像されたと伝えられております。
将軍万福は何故に彼らをここまで人間的な作品に創り上げたのでしょうか。
私は彼らを見ていると、様々な思いにとらわれるのでございます。
そして時間が許す限り、いつまでも彼らと過ごしたいとさえ思うのであります。
ですから、興福寺の国宝館を出る時は本当に後ろ髪を引かれる思いでした。
これからも私は日本にいる限り、定期的に奈良へ行っては彼らに会いに行こうと思う次第でございます。
・・・
八部衆の画像については興福寺のサイトをご覧下さい。
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タグ: 奈良 仏像 八部衆



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