音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2015/9/10

銭洗尾張弁財天  

今月6日は久しぶりに友人のリラン君と日帰りドライブへ行きました。
今回の旅の目的地は、愛知県海部郡蟹江町でございます。
彼の目当ては地元の女、じゃなかった銭洗尾張弁財天と天理スタミナラーメン蟹江支店であります。
今回の話は銭洗尾張弁財天に的を絞って書かせていただきます。
銭洗尾張弁財天とは、室町時代、永享年間北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し黄金の井戸を造影したのが、はじまりでございます。
そして彼はその霊水で金銭を洗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられている、とのことでございます。
その後、昭和39年に富吉神社の境内に遷座し改めて尾張銭洗弁財天として信仰されるようになったのであります。
それにしても、何でそんな所へ行く気になったのか、とリラン君に聞くと、ここはどうもそこは隠れたパワースポットらしい、とのことであります。
私もせめて人並みに幸福な人生をおくたいという気持ちは、人一倍ある方なので今回、同行させていただくことになりました。
リラン君の趣味は旅行というより、パワースポット巡りと言ってもいいかもしれません。
私はずうっと名古屋に住んでいながら蟹江町へ行くのは始めてであります。
リラン君は銭洗い弁天へ行くのは今日が初めてとのことですが、意外とスイスイと目的地に着きました。
彼曰く、「お導きによるもの。」だそうでございます。
その時、私は独身時代のあることを思い出しました。
その思い出とはその頃、ある日私がなけなしのお金を握り締めて名古屋市中村区にあるソープランド街をさまよっていたころのことでございます。
以前、このソープ街のある店に入ったら、どエライおばさんがお相手してくださったことがあり、以来、店選びに慎重になっていたのでした。
あたりを何周も歩き回っても、なかなか踏ん切りがつかず、「もう、今日は帰ろう。」と思った矢先、ある店が目に入り、なぜか吸い込まれるように店に入りました。
すると当時20代前半だった私より若干年上のようですが美人で気立ての良いお姉様がお相手してくださったのでございます。
テクニックもなかなかで、夢のようなひと時でした。
入店前まで不安と爆発寸前の欲求不満で険しかった私の表情も、お姉さまの観音パワーのおかげで店を出た後の私の顔はおそらく、観音様のようにスッキリおだやかな表情に変わっていたに違いありません。
日々、真面目に地道に生きていれば、このように神様の「お導き」によって救われることもあるのだ、ということを確信した良き思い出でございました。
さて、銭洗尾張弁財天は富吉神社の祠の隣にありました。
まずは、富吉神社の祠に参拝して、小屋のような銭洗尾張弁財天に入ろうとしたら、、、なんとすごいパワーを感じます。
リラン君も、「うわっ、何だここは、すごいや。」
と、言っております。
気を引き締めて中に入ると、これまたすごいオーラのようなものを感じます。
私達は財布からお金を取り出して洗い、無心にお参りしました。
ホンマにその時は無心でした。
いい加減な気持ちで参ると、バチが当たるような気がしたのです。
でも、お堂を出た時は、なんだか立ち去りがたい感じもしました。
ここに来て良かった、とも思いました。
機会があれば、また訪ねてみたいと思っています。

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富吉神社

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銭洗尾張弁財天の内部。手前の水でお金をザルに入れて洗います。
写真はどれもリラン君が撮影しました。今回、彼のご好意でこの写真を使わせていただきました。
ありがとうございます。
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2015/4/16

奈良のパワー・スポット  

ここ数年、友人のリラン君と年、1,2回奈良へ行くようになりましたが、神社仏閣の多い観光地としてだけでなく、本当に神がかった土地であるということを、しばしば実感しております。
というのは、奈良はパワー・スポットが非常に多いのでございます。
奈良旅行で必ず立ち寄る大神神社は勿論、近鉄奈良駅から歩いて行ける場所にある率川神社(いさがわじんじゃ)の境内にある蛙石もそうであります。
石に手を近づけると、かすかに気を感じるのでございます。
蛙石を触れた後も暫くの間、手に電気風呂に手を入れたような感覚が残りました。
これによって、少しは運が開けるかな、という淡い期待感もありましたが、世の中そんな甘いものではありません。
必死に努力してやっとで報われるかどうか、というのが多くの人の人生であり、私にいたっては散々頑張っても結局それまでの努力は無駄であった、という経験が何度もありました。
しかし、趣味の音楽を通して多くの海外の方々と交流を深めることができるようになったという点では、以前の人生では考えられない変化でございます。
まだ自分の曲が売れて金が儲かるという段階ではありませんが、お互い励まし合ったり協力しあえる友人が多くできたという点では、むしろお金では得ることができないものを多く手に入れることができたと言えるのでございます。
20代から50歳になるまでの頃は、そうはいきませんでした。
今ほどネットが発達して無かった時代でしたが、それ以前にお金も自分の時間もほとんど無く、周りの連中も私のやることに理解を示す者は誰もいませんでした。
昔のことを思い出すと今でもいたたまれない気持ちになりますが、昔の逆境時代での時間的損失を今の気力で必死で挽回しようとしているのが今の時期であると言えます。
・・・
話は奈良に戻ります。
以前、書いたように今年の3月は吉野へ行きました。
吉野よりさらに南下したところに天川神社があります。
この神社の境内にも、すごいパワーを持った石があります。
それに手を近づけた時も凄い力を感じました。
天川神社は昔、ブライアン・イーノがセッションをやったことがあるだけに、音楽や芸能にご利益がありそうな神社でございます。
ここでも大いにパワーをいただいたので、努力を怠らなければ今後もいい曲を創り続けることができそうです。
他力本願ばかりではいけませんが、逆境に阻まれていると自分一人の力ではどうにもならないことはよくあります。
私の人生は、むしろそうした事の連続でした。
だから、奈良と深い縁ができたことは本当に有難いことでございます。

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2015/3/18

天川村と安倍文殊院、吉野  

3月1日の日曜日に行った、リラン君との奈良の旅はとても充実したものでした。
定番の大神神社の後、私としては久し振りに桜井市の安倍文殊院と天川村へ行きました。
安倍文殊院では国宝の渡海文殊の群像に圧倒されました。
久し振りに素晴らしい芸術作品に出会ってノックアウトされたのでございます。
本物の傑作に対面すると人は言葉を失って、ただただ見入ってしまいます。
もう、ここに1日中、立ち尽くして見つめてもいいくらい素晴らしいものでした。
むしろ、ここから立ち去るのが惜しいくらいに思いました。
下世話な言い方ですが、国宝の傑作を拝んで、しかも抹茶とお菓子をいただくことができて拝観料が700円とは、メッチャお値打ちなお寺でございました。
次に天川村へ行きました。
天川村には有名な天川神社があります。
音楽とゆかりの多い神社で、昔、ブライアン・イーノがセッションをやったことでも有名でございます。
作曲に打ち込む私としては、ぜひまた訪れたいと思っておりましたが今回、21年ぶりにその夢が叶いました。
最後に吉野へ行きました。
金峯山寺の蔵王堂のデカさにここでも圧倒されました。
これは東大寺大仏殿に次ぐ巨大な木造建築であります。
たまたまこの日は法要で中を拝観することはできませんでしたが、久し振りにこのお堂を見ることができただけでも満足でした。
その後、奈良の名物、柿の葉寿司の老舗「平宗」の本店に寄りました。
グルなびに度々、投稿しているリラン君は鮎寿司をカメラに収めたりして、とても満足そうでした。
当然、私が今回、家族の為に買った土産はこの柿の葉寿司のセットであります。
私にとって、奈良はホンマに何度訪れても最高に良いところでございます。

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天川神社

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金峯山寺 蔵王堂
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タグ: 奈良 旅行 神社仏閣

2014/9/5

照遠寺(しょうおんじ)  

この寺は私の自宅から近い愛知県名古屋市東区にあります。
この近辺には、私が当時通っていた幼稚園もあり馴染みの深い所なのですが、こんなに古い寺があるとは今迄知りませんでした。
「灯台元暗し」とは、まさにこのことでございます。
古いと言っても、1730年ごろに建立された門以外は全て後世のものでございますが、名古屋のど真ん中によくぞ空襲や伊勢湾台風に合ってもここまで残ったものだと、感嘆の念を禁じえません。
実は最近、このあたりを散歩していて偶然、発見したのですが、初めて見た時は驚きました。

(照遠寺(しょうおんじ)に関する詳しい内容はこちらをクリックして下さい。)

何に驚いたかというと、この古い門の中に安置されている武神姿の仁王像でございます。
おそらく元は四天王像として創られたものが、門の守護神としてここに安置されるようになったのでしょう、それにしてもなかなか迫力のある作品(仏像彫刻)であります。
近くにお坊さんがいなかったので、賽銭を入れてお参りしてから写真を撮らせていただきました。
このあたりは、他にもお寺がたくさんあります。
そして寂れたラブホも点在しております。
京都や奈良にもない、独特の雰囲気を持っております。
まさに聖と俗が入り混じっております。
いや、ラブホの周辺は性と俗と言った方が良いでしょう。
照遠寺の仁王様はずうっと長い間、憤怒の表情で眼光を見開いて、この門の中からいろんな人達の生き様を見てきたに違いありません。
「女房や亭主に内緒でラブホに行ってんじゃねえぞ。」
「ワシも200年以上、ここに立っているが、おみゃあさんはホテルの入り口に入る前から、もうアソコが仁王立ちしてるじゃねえか。」
・・・こんな感じで本来なら仏敵に対して怒りの表情を見せる彼らは、実は浮ついた人生をおくっている我ら一般庶民に対して怒っておられるのかもしれません。

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門は創建当時のものです。

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迫力ある仁王像。
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タグ: 名古屋 寺院 散策

2014/6/27

玉置神社  

十津川村の旅、谷瀬の吊橋の次は玉置神社へ行きました。
ここは初めてでございます。
あまりにも奥地にあるので今まで行きたいと思っていても断念していたのですが、今回、ようやく実現できたので感慨無量でございました。
実際、行ってみるとすごい所でございます。
同行したリラン君は多少、霊感が働くのか、
「ここは、大神神社よりパワーを感じる。」
と言っていました。
深い森の中を15分程歩くと、ようやく本殿に辿り着きここで参拝をしました。
疲労感、達成感、安堵の気持ちが入り混じった気持ちでした。
しかし本殿を見入っていると徐々に崇高な気分になって心が洗われるような気がしました。
すると、ここまで来るのにも充分しんどい思いをしてきたのですが、リラン君が、
「山頂にも行きたい。」というので、思い足を起こして疲労に耐えながら山頂に行きました。
そして、なんとか登りきった時はほっとしました。
山頂には鐘があったので、楽器の好きな私は早速叩いてみました。
日頃の習性というか、この時、その鐘の音をiPhoneでサンプリングしました。
この音は、いつか作曲する時に使われることでしょう。
山頂から下りると、神代杉や夫婦杉等のご神木を拝みました。
どちらも高さ20メートル、推定樹齢3000年以上という巨木でございます。
見上げると、その存在感に圧倒されます。
この雄大な自然と触れ合えただけでも、今回の旅は非常に有意義なものでした。
この年にしてようやく、こことご縁ができたと思うと今迄生きてきてよかった、と思うのでございます。

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タグ: 奈良 自然 十津川村

2014/6/26

谷瀬の吊橋  

6月1日の奈良県十津川村への旅の最初の地は、あの有名な谷瀬の吊橋でした。
長さ297メートル、高さ54メートルの巨大な吊橋は過去にも何度も訪れておりますが、実は高所恐怖症の私には何度渡っても迫力充分でございます。
同行したリラン君は高校時代に山岳部に所属していたせいか、全く怖がりもせずに楽しそうにすいすい渡っておりました。
特に橋の中間地点は僅かな風でもけっこう横揺れいたします。
しかも床は薄い木の板だけなので、体重の重い私は、万が一、床が抜けたらエライことになる、と思って床の下の梁を確認しながら、歩いておりました。
途中、若いカップルと何組かすれ違いましたが、大抵、女の子の方は怖がって彼氏にしがみつくように歩き、彼氏の方は満面の笑みを浮かべながら悠々と歩いておりました。
私の場合、今回の旅は妻とではなく友人と男同士の旅でしたので、まかり間違っても相手にしがみつくことはありませんでした。
いつか近いうちに、今度は妻か彼女(?)と一緒にまた訪れたいと思う次第でございます。

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