エリツィンの時代とはどんな時代だったか、ということで、日本のテレビと新聞があんまり強調しない点を二つ挙げておく。
(1)ソ連システムの残滓を破壊した(つまり、ゴルバチョフの仕事の継承)が、そのかわりの新しいシステムを構築するに至らなかったため、一言で言って
破壊・混乱・無秩序の時代だった。
(2)
朝鮮政策において韓国を非常に重視したので、北朝鮮との関係は史上最悪となった。このエリツィンの政策は日本でも欧米でも別に間違っていたとは考えられていない。従って、強調されることはないが、ロシア国内の外交専門家はこれを問題視した。プーチン政権は韓国一辺倒を改め、南北等距離外交に戻して現在に至る。
(1)に関連して−プーチン政権がエリツィンからロシアを引き継いだ時に負った課題は、従って、
《ソ連というシステムの解体の後、新たなロシア連邦の枠組みを構築し、秩序を回復する》ことだった。
エリツィン時代、
法律の不備と言うよりむしろ不在のため(ソ連時代には想定すらされていなかった状況が、あまりにも速いペースでいたるところに現出したので立法がまったく間に合わず)、エネルギー、森林資源、不動産、貴金属、美術品、学術資料、「ルーブルそのもの」まで、ありとあらゆる資源が合法非合法とりまぜて(と言うより、取り締まる法律そのものがなかったのだから「脱法」と呼ぶべきなのであろう)国外にばんばん切り売りされ流出し、それに従って起きた環境破壊や窃盗、横領、詐欺についても法の不備や不在のため手のつけようがなく、あれよあれよという間に
ロシアは国全体が勝手に分割され売りに出されてしまっていた。
エリツィンの側近たちにすら、そうした不正な「
ロシア売ります」ブームで利得を得る者たちがいた。
この時期に合法非合法とりまぜて巨大な財をなし、今ではマフィアまがいのビジネスからは足を洗ってすっかりカタギの大物政商(オリガルヒ)となりおおせた人たちがたくさんいる。
プーチンはこうした状況に歯止めをかけ、エネルギーをはじめとする重要な資源を国家のコントロールの効くものに戻し、勝手に国外に売り飛ばされることのないようにし、また地方の政治のボスが中央と関係なく勝手に「王国」を築くことのないようにすることに、かなり成功した。
プーチンの人気の高さの源はそこにある。「チェチェン戦争への断固たる対応」が人気の原点だと解説するのが日本のマスコミのデフォルトだが、それは嘘ではないが事実の半分である。もっと根本的には、
《エリツィン時代の無秩序と混乱を収拾した》がゆえに、プーチンは英雄なのだ。
西欧風民主政治が、今のところロシアの風土にいかになじまないものであるかは、ヤブロコの支持率の驚くべき(と思ってるのはわれわれ外国人だけだろう...)低さに如実に表れている。
プーチンこそはロシア人の求めるリーダーなのだ。
そんなわけで、
《プーチン以後》にプーチンの影響力が残存すると具合の悪い連中というのがロシアには掃いて捨てるほどいる。
・政商(オリガルヒ):エネルギーの差配を国に取り返された。
・チェチェンマフィア:解説の必要なし。
・それ以外のマフィア
・スパマー:spamhaus.orgのランキングによれば、「世界十大スパマー」の半分はロシア人であるか、ロシアまたはウクライナに本拠を持つ。
・ヤミ業者(麻薬、武器、チャイルドポルノ、違法ソフトウェア等)
・地方の政治ボス
・独立運動家
・テロリスト
こうした反プーチン勢力のうちいくつかが連合したものが、プーチン政権の、従ってその息のかかった後継者の、評判を落とそうとすることは十分考えられる。
何年も前に書いた本のことで今さら殺されたという女性ジャーナリスト。
ポロニウムとやらで毒殺された元KGB職員。
こうした人たちの死というのは、プーチン政権が手を下したと言うよりも、反プーチン勢力の工作である可能性は決して小さくないのではないかと、正直言って私は疑っている。
ボリス・エリツィンが先頃亡くなった際、妙に持ち上げる報道のありかたにも、「反プーチン」の影が、息づかいが、見えるような気がする。
【参考文献】
クレアー・スターリング/落合信彦訳(2002):世界を葬る男たち、光文社知恵の森文庫.
中澤孝之(2001):エリツィンからプーチンへ、東洋書店ユーラシア・ブックレット.
−−−−(2002):オリガルヒ ロシアを牛耳る163人、東洋書店.
−−−−(2005):現代ロシアを動かす50人、東洋書店ユーラシア・ブックレット.
塩原俊彦(2001):ロシアの「新興財閥」、東洋書店ユーラシア・ブックレット.
兵頭慎治(2003):多民族連邦国家ロシアの行方、 東洋書店ユーラシア・ブックレット.
V.ペトロフ、A.スターソフ/下斗米伸夫、金成浩訳(2004):金正日に悩まされるロシア、草思社.

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