(1)維新を躍進させない。
維新は安倍自民に協力して国の難局を乗り切ろうとするのでなく、落ち目の民主に寄生して乗っ取り、自民の対抗軸になることの方を選んだ。
つまり本末転倒の
権力の亡者である。
”救国なんて言ってたら自民の補完勢力にしかなれない”→民主を乗っ取って対抗軸に、ということ。抜け殻の民主に寄生する冬虫夏草みたいな奴。
「維新を梃子にしての民主の復活」を防ぐべき。
(2)味方のフリをした妨害者・公明の影響力をできるだけ切り下げる。
公明は「自分たちがいるから安倍自民の暴走を抑えられている」ということを売りにして票を集めようとしている。自民のココがダメアソコがダメとあげつらい、公明党がいたからここまでやれた、とアピール。まるで野党のような言動。
「放っておくと安倍自民は暴走する」という考え方は民主・社民・共産・生活と共通である。与党でありながら言っていることは野党と同じなのだ。
自民を踏み台にして自分の存在感をアピールしているだけ。
つまり獅子身中の虫である。
実質反自民なのだが、政権与党の中にいて、反民主・反左翼・非自民の票をいただこうとしている、実に都合のいい考え方の、これまた
権力の亡者である。
安倍人気と安倍暴走(ナチス)論の両方に便乗してそれを票の源にしようという、この卑劣よ。
まとめると−
《「救国よりも権力志向」こういう輩に甘い汁を吸わせるな。我々にそんな暇も余裕もない》
これが、投票する側のテーマ。
今回は敵味方がくっきりした。迷うことはない。
次世代は政権の外側からでも政権を補い支えることを選択した。新党改革もアベノミクスに関してはそう。
その立ち位置のありかたを巡って迷走し四分五裂してしまったのがみんなの党。みんなの悲劇は、「反自民」を前提としてしまったため救国統一戦線のための協力ができず、「非自民与党」志向の一派が民主との連携を模索した一方で、安倍自民と連携するという選択肢を持つことができず(自らそれを封印して選択肢を狭くしてしまい)、最も恐れていた「埋没」をかえって自ら招いたことだ。
逆に言うと安倍が「時代精神」であることがわかる。
運命は厭う者を引きずる(セネカ)。
もう一回言っておくね。
《公明に気を許すな》
《維新にノー》
ということで、みなさん、お願いします。

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