2011/8/30  18:40

人生の第四楽章としての死 (曽野綾子著)  読書暦

「積極的に死を迎える計画はできる」「ものごとは軽く、自分の死も軽く見る」 曽野綾子が、人生を明るく前向きに締めくくるための、死への備えを説く。『問題小説』連載を加筆訂正して単行本化。2011年5月刊行

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2011/8/29  11:00

流れに任せて  日記



今になってつくづく思うが、生きている間は目的を持たなければいけないと。

自分はというと、目的も夢も持たずに今まで流れにまかせて馬齢を重ねてきたようだ。浮き草人生そのものだったなぁ。
亡くなった妻にはいつも言われていた「あなたと将来設計を話合ったことがない。家庭人ではない」と。いわれるまでもなくその通りだ。伴侶としては歳を重ねるにつれて不安も増してきたに違いない。それでも52年間、二人っきりの生活を続けることができた。子どもを授かっていたらこの考えも変わっていただろう。

運命に逆らわずに流される人生は、重荷を背負うことがないのでラクだがプラスの見返りは期待できないし、期待もしない。
こんな考え方の人間は「ひとり」がいいのかもしれない。
でも「ひとり」は淋しい。

あと何年、流れのままに生きなければならないのだろうかなぁ。

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2011/8/28  18:09

67年目のレクイエム  日記



1944年の今日、2年近く病床にあった母が41歳で帰天した。
ボクが小学5年生11歳の時だった。
母の10歳下の叔母にボクは育ててもらったようなものだ。神戸の街々を連れて歩いてくれたのは、いつも叔母で、母と歩いた記憶はほとんどない。

肺結核で自宅療養していた母の部屋に出入りすることは制限されていたし、母の部屋で食べ物を口にしてはいけないと言い渡されていた。
でも、母はボクを呼んでは菓子などを与えてくれるので、臆することなく食べていた。ひもじいからでも食い意地が張っていたのではなく、母の愛情に応えたかったからだ。このことだけが、母の思い出として強く記憶に刻まれている。

母の死んだ時は涙を流したかどうかも定かでないが、これを記しているとなぜか眼が霞んできた。67年目にして改めて母の死への涙だ。
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2011/8/27  20:52

予定消化を祝っての花火?  日記



今日の出勤を最後に今週の予定を総て消化した。
23日から5日間連続で地下鉄を利用したなんてことは、記憶の範囲ではなかったことだ。
今日の帰りの地下鉄の中で、若い女性の浴衣姿をちらほら見かけた。
忘れていたけど、今日は一か月遅れの「隅田川花火大会」が開催されている日だった。

帰宅して「隅田川花火大会」が終わる21時近くなって、雷鳴のような音に驚いた。
これは、300mほど離れている亀戸中央公園で区民祭りのイベントの花火の打ち上げの音だった。12階のわが家のベランダは特等観覧席だ。

予定消化を花火が祝ってくれたなんてことはないよな。

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