2015/12/1  0:20

11月に読んだ本  青春プレイバック

2015年11月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2817ページ
ナイス数:0ナイス

落英落英
読了日:11月29日 著者:黒川博行
繚乱繚乱
読了日:11月26日 著者:黒川博行
暴力刑事暴力刑事
読了日:11月19日 著者:小杉健治
浅草料理捕物帖 1 (ハルキ文庫 こ 6-28 時代小説文庫)浅草料理捕物帖 1 (ハルキ文庫 こ 6-28 時代小説文庫)
読了日:11月16日 著者:小杉健治
浪人榊市之助 宝剣始末 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)浪人榊市之助 宝剣始末 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)
読了日:11月10日 著者:小杉健治
疫病神 (新潮文庫)疫病神 (新潮文庫)
読了日:11月6日 著者:黒川博行
悲嘆の門(下)悲嘆の門(下)
読了日:11月3日 著者:宮部みゆき

読書メーター


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2014/7/29  13:00

半世紀前の暑さしのぎ  青春プレイバック



エアコンの効いた部屋で暑さ知らずの夏が当たり前になったが、毎年このころに思い出すことがある。

当時は矢来町の大家の2階の二部屋しかないアパートに住んでいた。6畳に一坪ほどの台所に便所が付いただけで風呂はない。いうに及ばずエアコンは設置されていない。

周囲に大きな建物がない2階なので窓を開けていると、扇風機と団扇で涼をとることができたが湿度の高い日は辛抱できない。そんな日は牛込北町の都電の停留所近くの喫茶店で夫婦して涼みに行くのを常としていた。

風呂は銭湯に「神田川」の世界のように石鹸箱をカタカタいわせながら連れだって出かけたものだった。風呂に行かない日には狭い台所に盥に水を入れて行水で我慢したものだった。

あの頃も貧しかったがそれなりに楽しかった思い出である。
良い時代であったし、若さもあった。
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2012/9/4  21:58

青春の墓標・詩誌の発刊  青春プレイバック

【MIRROR】

その

硝子面の

秘密は

しらないが、おまえほど

まめやかな

僕(しもべ) はいない、おまえほど

女性に

愛される

ものはいない


ありのままの

姿しか

寫せないないのに、それでいて

地上の

女性たちに

もて

映(はや) されるとは。

<1950.8.10>


これは高校2年の1月に詩誌『舞踏』に発表した詩である。

『舞踏』は当時、詩への道を模索していたボクが中心になって現代詩研究グループを文学部として発足させ創刊したA5判16ページ活版印刷の詩誌である。
一高校にとどまらず多くの高校の詩作する高校生に広く呼びかけるつもりであった。西条八十氏と服部嘉香氏に送り激励の手紙をもらったが、『舞踏』第2集は見ることはなかった。

『舞踏』の表紙

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2012/9/3  23:17

青春の墓標・62年前の日記G  青春プレイバック

7月28日 (金)
 強い通り雨にあった夕時、私と石川君は裏通りの軒先で降りやむのを待っていた。そんな時も二人の会話はMTのことに集中してしまう。彼はMTの住所等を探す自信があるようだった。が、それは私には教えられないということだった。少しがっかりしたが、そのほうが良いと思ってみたが、やりきれなかった。せめて住んでいるところくらい知りたいと思った。私は彼にいった言葉を思い出していた。
「はてしないものを求めている」、どうして、こんな悲しいのぞみをもつようになってしまったのだろうか。一寸見当もつきかねるのである。
 そうだ、はてしないものを求めておりさえすればそれでよいのかも知れない。それで一生を送り通すかもしれない。でもそれは出来ないことだろう。私は弱い。いつかは敗れてしまうことだろう。はてしないものを求めることは出来ないことだ。

 以上が、友人山村君の日記である。7月14日から28日まて、それは夏休み前の2週間ほどのことである。
 それからの山村君の日記は、あきらめと未練で埋まっていた。8月になると彼は、父の住んでいる沼津に旅立ち、ひと夏、そこで過ごして、全てを忘れようとした。
 私はどこへ行くことも出来ず、MTの幻影に悩まされた。
 高校2年の2学期が始まり、私は山村君と再会した。学校が終わると、どちらからともなく二人の足は茂原駅へ向かっていた。それはむなしいことだと知っていたが、確かめないではいられなかった。夏休み前と同じように、駅には沢山の女学生たちがいた。そのなかに、ひときわ際立つMTの姿を見ることはなかった。ふたりは黙って街はずれの道表山へ登った。
 そこは小さな丘だが、東に向かって眺望が広がっていた。直ぐ下に、彼女の通っていた女子高校がある。目をあげれば、緑に囲まれた茂原の街並み、左には私たちの高校が見える。そして、その果てには、九十九里浜があり、太平洋が広がる。雄大な風景のなかに、小さなことなど忘れてしまうようだ。私たちは何かに失望したり、壁にぶち当たると、よくここへ来た。MTだって、中学、高校5年余りの間には、何べんもこの山に登ったことだろう。しかし、この町にMTを見ることはもうない。
 はじめから片側にのみ燃えた青白い焔は、ひとりでに消えてしまった。青春の混迷のなかに、突然、現われた彗星は、超自然な一条の光を残して、宇宙のかなたに流れ去ってしまった。そんな思いがふたりの共通した感情だった。

遠き日の 名を呼べど
返らぬ時の 思い出は美わし
遠き日の 夢のあと
(山村政夫)

<完>
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2012/9/3  23:08

青春の墓標 62年前の日記F  青春プレイバック

7月24日 (月)
 ≪山村君が、同じクラスの森泰男君に、ふたりだけの秘密を告げてしまった。私が喜多村君に話したのは情報を得るため。森君に話すことはたちまち有名になり、誇張されて吹聴される恐れがあるのだ。森君は即座に、MTとは武田正子に違いない。いや、そうだ。彼女は高校3年生で、一宮から通学していたが、この4月に千葉市に移転、2学期からはほかの学校に転校してしまうといった≫
≪武田正子、そういえば聞いたことのある名前だ。9か月前、わが高校の演劇部と県のコンクールで ”ども又の死” を共演同じ町の女子高の生徒だ。同じクラスの中村雅雄君も共演している≫
演劇部と共演したころの武田は、あんなに可愛らしくなかったなかったと思う。森君の話を聞いて、石川君はちょっと失望したらしかった。3年生! 私にしたって今までの期待の三分の一以上は減ってしまった。夢は一夕にして破られてしまったのかもしれない。明日からは夏季休暇になる。
≪私はこの日、山村君とも別れて、ひとりで街角で彼女を待っていた。何はともあれ、手紙だけは渡したいと。いつもの時間に、いつもは独りで歩いてくるのに、この日に限って、友達4人とセーラー服を歩いてきた。私と一瞬、視線をあわせて、どちらからともなく視線をそらして、それきりである≫

7月26日 (水)
≪この日、山村君はじめ友人達数人が集まり高校近くの松林のなかで、MT
について語り合った≫
 彼女のイニシアルはMT、名前はMasako Takeda。そして、僕は知った。
彼女こそは総ての少年から青年までの憧れであることを。チャーミングで愛するに足る女であることをだれもが認めることを。非常に勤勉家であることも。そして彼女が、高慢的で派手好きで、積極的であることも。

7月27日 (木)
白砂の浜に幾度波が寄せてはかえすことだろうか? その都度、一つの貝殻が置かれたままに残っている。私はそれを心の袋に収めている。そして、貝殻を眺めては昔日の名残と思っている。殻を置いていった貝は、宿がりでまた他の殻に住まっているだろうに。

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