2007/4/14

suna no onna  

 言わずと知れた安部公房作品、砂の女(La Femme des sable)勅使河原宏監督。いつも通っている映画館LE CHAMPOで、水曜日からかかっているので今日はわざわざそれを観に。1964年カンヌ映画祭審査員特別賞だって。2時間20分。岸田今日子さん。
一昨日サシャ・ギトリーを観た同じsalleで日本映画をオリジナル音声で観る、違和感。
 平日の2時、30人弱の観客、私と一組の夫妻以外は当然フランス人。見終わったあと、ひどく孤独を感じる。
「今居る場所」が正しい場所なのかどうか、誰にも確固たるものはない。突然砂丘の穴に閉じ込められてもやがては、その生を受入れて希望を見つけて生きていく。昨日までの東京の生活が次第に遠のいていく。
自分が突然、救急で病院に運ばれ「あなたは暫くはもう出られないわよ」と宣告されたときの、あのカンジ、を思い出す。稽古に行かなきゃ、病室に閉じ込められて居る訳にはいかないと、焦りはじめてからやがて現実を受入れるまでの時間。

会場から出て行く人々を見送りながら、フランス人はどう感じているのか知りたかった。ひとりのマダムを呼び止める。「もちろん、原作が大好きで、この映画が映画館でかかるたび観ているのよ」という。わたしは一人の日本人で、初めて観て衝撃を受けていると言った。C'est extraordinaire!すばらしい、とマダムが言うので、「どのように、すばらしいとおっしゃるのでしょうか」とたずねたが、「すばらしい、それだけよ。だから、何度だって観に来るわ」だって。外に出ると、既に二回目の上映に並ぶ列ができていた。40年余も前の作品、映画の都とはいうものの、劇場でも映画館でも、一人でくる観客の多さにいつも驚く。自分もそうだけど。パリにはいったいどれだけの詩人と哲学者がいるんだろ。イオウジマでもなく、ゲドでもなく、アントワネットでもなく、今日はこれを観てよかったとおもった。先週観た「モリエール」も意外におもしろかった。あ、明日はフランソワ・オゾンのたしか新作が公開よね。新作もすぐに行かない私だけど。
0

2007/4/10

コリアンな一日  
韓国舞踏家の金 利恵さんと半年ぶりに再会。ヴァンセンヌにあるアトリエでのワークショップ中だ。先週末電話があって、週明けに見学に来ない?とお誘いをいただく。当日は快晴ちょうど外でお昼をとっていた彼女たちに混じってわたしも持参したサンドイッチをかじる。午後からのレッスンを見学。同じアジアの国といえど、韓国のエネルギーを溜め込むような踊りは、やはり大陸的だと感じた。さて、その後は、隣接するテアトル・デュ・ソレイユのキッチンへ!利恵さんが私を呼んだ、もう一つの理由は、150人分のブッフェをつくるお手伝いだ。「包丁を握らないと手が震えます」私は、韓国料理のレシピも魅力に感じたので即答でOKした。その日はソレイユの千秋楽。ソレイユでのワークショップもやっている利恵さんは、この日の打ち上げのために韓国料理をつくると約束したのだ。7時間の上演が終わるのは夜九時過ぎ、ソワレが始まる10時あたりを目安に料理のタイミングと時間を計る。チジミ、ナムルはもとより、ネギ、ショウガ、ニンニクで2時間茹で上げた豚肉それを茹でた白菜で包んで食べる。サムジャン味噌。同時進行で、ユッケジャンのスープ。ああああ。すごい。ニンニクを2キロは剥いただろうか、キッチンに立つこと6時間、これはプロの料理人でもない限りそうあることではない。料理担当は利恵さんの通訳ミランと今回ソウルから来ているカンさん、私の4人。それにソレイユ専属の料理人たち(劇団に専属料理人がいるのすごい)が手助けしてくれる。親指の爪の間にニンニクの汁が滲みこんで、悲鳴をあげる私にアルメニア人のミラールが、ポルトを一杯勧めてくれた。そこから私はキッチンドリンカーとなりつつ次はニンジンのみじん切りにむかう。やがてソワレがはじまる。ブッフェのまわりには既に人だかり。料理を出せば、もう自分では食べる意欲がなくなる。(一晩明けて今、後悔してる)まだエプロンをしたままの私にアリアヌがありがとうといってくれた。なんだかそれで疲れがとび、赤ワインをもう一杯あおる。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2007/4/4

LE CHAMPO  
 タイトルは、サンミッシェル近くにある小さな映画館の名前。私はこのところ、ここに通い詰めている。おめあては、サシャ・ギトリー(Sacha Guitry)特集。1957年に彼が亡くなった時、フランス、ヴォードヴィル劇の終焉と言わせた天才。日本にいる時は知らなかった。
もともと舞台俳優、戯曲も120余を数え、監督作品30余りそのうちの多く、主演もしている。声もいいし、動きも優雅、そしてフランス流のエスプリ満点のコメディ俳優・作家・監督、マルチタレント。ベル・エポックの大いなる遺産!理想のお父さんタイプ。(アブナイ)ポンピドゥの図書館で彼の追悼写真集(5kg位ありそうな分厚い本)をめくってみる。アンドレ・ルッサンが一度だけ会ったことがある、と書いていた。クリックすると元のサイズで表示します
0

2007/4/3

Phi Phi  
Phi Phi なんて書いちゃったけど、師匠のフィリップ・ゴーリエ(Philippe Gaulier)に久々に会ってきた。プーさんじゃないの。フィフィ、フィリップ。一年以上のご無沙汰でした。以前ヴァンセンヌにあった学校は、今年からパリ郊外の人気高級住宅地Sceaux(ソー)へ移転。生徒の数も増えていた。 その日はクラウンのコースのプレゼンテーションがあったので観に行った。知っている顔がたくさん。卒業生もたくさんいたし、同じクラスにいたコも何人か。フィリップ、元気そうでなにより。ボンジュール・マ・シェリの声は以前のまま。この次は夏の東京で会おうねと言って別れる。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ