2021/1/13

挫折が呼び戻す思い出  
昨年の終わり、ある演劇系大学の講師募集に応募した。自分から進んではしないことだ。これまで私の行なったワークショップに幾度も参加してくれて、フランスの我が母校まで留学にも行った俳優の人たちは10名近くに及ぶ。そのうちの一人が、自分の卒業した大学の演劇専攻科が採用を公募している、と情報をくれて、「優さんのような指導者が必要」なんて嬉しいことを言ってくれたものだから、つい出してみた。新春の連休の最終日に応募書類は戻ってきた。主任という方の5行程度のあいさつ文と共に。そのお方はどういう方か、ちょっと検索してみた。自分よりも若いし、きっと次世代を担う方なのだろう。採用はされなかった。
 自分の経験から、どんな指導者に出会うかはある意味決定的なことだと感じている。師匠フィリップ・ゴーリエの学校で始めてサマースクールのアシスタントをしてから、翌年、クラスを持ってみろと言われた。私が「教えた経験が一度もない」云々ともじもじ返答していると、「わざわざ説明ありがとう」とだけ彼は言った。「心配するな、お前が良い先生じゃなければ、生徒が勝手に来なくなって必要なくなるだけだ」と恐ろしいことを言われた。数か月が経ったある寒い朝、フィリップが私を呼び止めた。「あ、クビになるなきっと」と私は縮み上がった。「どうも不思議なんだけど…お前のクラス人が減らないな」と彼は言った。私は黙って笑顔を返し、半ばうれし涙をこらえながら教室へと上がって行った。私にとってフィリップは偉大な先生だ。彼に教えてみろと言われたことは、大きなオーディションだった。やるごとに私はたくさんのことをそこにいた俳優たちに教わった。様々な国籍、年齢の生徒たちに。今もう一度、彼に感謝している、あの経験があったことで、今私は日本でわずかな時間だが教えることができる。そんなことを改めて思い返している。
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2021/1/1

元日  
2021年が明けた。朝は日の出の時間にマンションの8階に上がる。ビルの谷間からだけどお天道様を拝む。対面西の方角に、富士山。雪を頂いた白い富士山がくっきりと見える。双眼鏡をしまうと、さっそくお雑煮を作る。日本での年越しは気ぜずして去年に続いて二年連続だけどお雑煮食べたいと思ったのは数年来。11時にはお神酒も切り上げようときめる。それから年賀状書き。10枚買っていた年賀はがきを2時間以上かけて書く。3時になる少し前、歩いて豊川稲荷へ。子供の頃からの親しいお稲荷さん。感染予防のための入場制限はあったが、列の進みは早かった。去年のお守りを返し新しいお守りを。元赤坂から歩いて四谷の土手、西の空に日が沈みかける。
2020年て一体どんな年だったのか。前年12月から稽古をしていた1月の公演は、4日に稽古再開、二週目に無事本番を終える。翌日から三月公演の稽古。二月は破天航路に同行でニュージーランドはオークランドへ。夏を味わう。帰国する頃からコロナ感染症の話題が出始める。3月も稽古は続けていたが、公演は中止となる。4月に予定していたセルビア、フランスへの下見旅行も中止。5月に予定されていた東京での国際フェスティバル、6月のシビウ演劇祭もリモートになり、破天航路の参加がなくなる。新規任用になった大学はオンライン授業を迫られ、その準備に忙殺される。緊急事態宣言下ジョギング中に見つけたフレンチのお店にメールをしてみると、直ぐに助っ人に来てとのこと。何十年ぶりかでバイトする。Ova97月公演をどうするか話し合った結果行うことになり、会食を徹底的に自粛した稽古、その間に10月公演のワークショップ。消毒三昧の公演本番。まもなく10月公演の稽古スタート、本番まで息つく暇もなかった。11月は再演ものの稽古、12月北海道から旅公演が始まる。数日は帯同。振り返ったら、休みなく何かしらやっていた。オンライン実験劇場も即興ライブもやった。目まぐるしい。コロナで立ち止まっていた筈なのに。まるで休むと死んでしまう体質のよう。今年は、少しゆっくり進みたい。去年よりは明るい一年になりますように。クリックすると元のサイズで表示します
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