2019/7/28

Good People  
千穐楽一日前の7月24日に雨あがる。季節が変わり夏が来た。控えめに唸るような蝉の声を初めて聞いた。翌25日10ステージを数えて打ち上げた舞台「グッドピープル」はとっても好きな芝居だった。2月「顔のない少年」3月「TOC TOC」、4月Ova9旗揚げ公演「Necessary Targets」、5月坐禅断食を挟んで国際演劇交流セミナー「フランス特集」の開催、翌日からFTA演劇祭で初モントリオール!そして6月の頭から稽古がスタートした「Good People」との約二か月、雨が多かった。演出助手として着くプロデュース公演は三度目。忙殺の同じ演出家だが、今回は特に時間が無かった。演出助手の概念は現場現場で異なるのだろうが、演出家からの信頼が担保されない限り「演助」なんて、ややもすると、最もやきもきしながら、ただそこにいるだけの存在、になりかねない。劇団でなく一過性の寄せ集めのプロデュース公演ならば尚更。創作の場に居るという実感を求めていた。こなされていく仕事のどこか一部分ではいたくなかった。劇場入りしてから、本番の全ステージを見届けようと自分に課した。全ての稽古と全ての本番を自分だけは見届けた、そこに何が起こっていたか。演出の目としては、俳優に寄り添いすぎる傾向のある私。でも、そんな愛が無かったら、やっていたって只の「お仕事」で終わる。とはいえ、やっぱりこんな事考えているからまだ甘いのだろうか。千穐楽開演前のスタッフルームのショットと、主演の戸田恵子さんから頂いたスタッフTシャツと、戸田さんプロデュースBGブランドのカッコいいグッズたち💛生まれて初めて下北沢でみたお芝居が、あの「裸足で散歩」(1985)だった。ミュージカル「踊れ艦隊のレディたち」と共に鮮明な思い出。戸田さんの変わらないエネルギーは凄い。憧れ。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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2019/6/29

「ガラスの動物園」  
 去年の10月にダニエル・ジャンヌトー演出を同じ芸術劇場でみた。今回は文学座公演。繊細で美しい舞台、それでいて滑稽さもあり。自分とか家族に投影してみてしまう芝居、ジャンヌトーより高橋正徳さん演出は現実感があった。自分がローラと同等に不幸だと思えるのは、私だけではないだろう。何だか自分を見ているような気さえした。言い過ぎかしら。

今年未だ「初詣」も行ってないのに、もう半年が終わろうとしている。ヤバい…。
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2019/1/5

2018総括  
2018年の総括、これだけはしなくてはと、朝からマルシェに牡蠣だの何だの買い出しに行ってる間も気になっていた。
1月 年明けから山梨県日野春へ坐禅断食へ、断食は3回目日野春は2回目。青年座女優松熊つる松女史の記念イベント「50で25」演出協力につき、稽古・本番で前半終了。後半は健診あり、芸術高校の授業開始。入試に初めて立合う。Ova9既に発案。
2月 Next Generation in Asia リハーサル 最中に人生初のインフルエンザに罹る。ローカル公演は断念するも、東京公演には出演。青年座大家さんとのお別れ。月末Ova9MTG基本メンバーが揃う。
3月新国立劇場オーディション続く。芸術高校一年生の後期成果発表会本番。「しあわせの雨傘2018」稽古開始。その間にTBスタジオ公演「手紙」の顔合わせ。TOC TOC2019の上演決定。
4月「雨傘」初日から近畿ブロック初日の姫路、神戸へ。帰京して「手紙」の本番。 サイレントスタンディング夜会。Ova 9MTG。その後も公演地和歌山、京都へ。
5月 「顔のない少年」翻訳がせんがわ劇場海外戯曲リーディングに決まる。やっと確定申告提出!1980ツアー打合せ、チラシ作成・字幕作成開始。破天荒路ツアー打合せ。父の墓参。Ova9MTG。19日渡仏。Juju「モノキニ」公演打合せ、稽古。公演地アヌシーへ移動。アヌシー本番。パリへ戻ってハチマルの公演チラシ配り、照明機材の手配、会場下見。月末はヨシ笈田さん家でお蕎麦のランチをいただく。
6月1980「楢山節考」仏語字幕校正。本隊到着パリ公演本番。ルーマニアシビウへ移動。シビウ公演後ブカレスト公演。ブカレスト国立劇場でイオン・カラミトゥール氏のLe dîner du conを観劇、本人と会う。17日帰国、翌日「雨傘」釧路公演へ飛ぶ。旭川・札幌公演携行。帰京し松熊女史とOva 9MTG。自転車事故で打撲。月末29日ヘルシンキ経由で再びパリ。破天航路と合流。
7月破天航路パリ市内二箇所公演後アヴィニョンへ移動。路上ライブ、バスキング。パリ経由でロンドン〜リバプールへ。(13時間の超長い旅)リバプール市内でも路上ライブ。ロンドン「レ・ミゼラブル」オリジナル版観劇。ロンドンで宿が予約されていないアクシデントの為、友人エイドリアン宅へ男子3名と私居候。16日帰国。翌日から演出者協会セミナー台湾特集に実行委員として参加。翌週は再度「雨傘」公演地金沢(野々市)へ。帰京してついに自転車を新調。
8月シアターカイで、ルティの通訳を度々。「雨傘」神奈川ブロック。Ova 9MTG。「雨傘」ツアー全行程終了!演出者協会セミナースイス特集講師来日、アテンド。スイス特集初日が「雨傘」の博品館千穐楽。iPad突然お陀仏に。31日スイス特集in札幌の為移動。
9月 セミナーin札幌の最終日午前2時半パリの友人ミチルさんが旅立ったと連絡が入る。ショックを隠せないが大事な最終日なので寝ようとした矢先に大地震。間も無く全てがブラックアウト。ホテルのフロントでも状況は分からない。翌朝辛うじて新千歳空港に辿り着き、成田で講師をホテルにチェックインさせ、帰京。すざまじい展開。葬儀の為のパリ便を取る。9月12日乗り継ぎ20時間のフライトでパリに着きそのまま葬儀へ、夜は家族と夕食。急すぎで皆呆然。向かいの映画プロダクション滞在中の是枝監督と僅かにご挨拶。日曜日朝お花の水を変えにアトリエに寄って空港へ向かう。帰りの便も20時間。咳が止まらない。翌日到着したその足でOva9読み合わせに参加。月末、横浜共立学園演劇部神奈川地区大会。
10月 Cantalでの本番の為渡仏予定だったが、マイレージで復路がどうしても取れず、断念。第6世代iPad到着!芸術高校授業を挟んで、23日より中国Wuzhen international festival of theatre へ破天航路を追って発つ。素晴らしい水の都。五日間の滞在は、少し9月の寂しさを癒してくれた。帰国して母の命日、十三回忌。Wuzhenですれ違ってしまった、シビウのキリアック氏に芸劇のイベントで再会。
11月 山梨日野春、坐禅断食。高校演劇長野県大会。せんがわ劇場リーディング打合せ。突然入ったテレビの翻訳の仕事。Ova9。インプロ本番。
12月 インプロ本番。TocToc顔合わせ。岸田國士リーディングRH。18日パリへ。今年4度目のパリ。生牡蠣。ノエル…年内やり残したメールなど毎日。芝居も観る。葬儀で再会した懐かしい友達とも鍋をつつく。太陽劇団。réveillon はアトリエ・ミチルへ。私も料理をする。手巻き寿司。
と言ってこれを書きはじめたのは12月30日、書き終えた今日は年明け4日。2日から完全に風邪をひいて、大幅に予定が狂っている。複数の誘いに予定が立てられない。全く、新年早々。目まぐるしい2018の疲れが出てしまったのかしら。
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2018/12/30

Cartoucherie  
太陽劇団、久しぶりにカルトゥシュリに。ソレイユが初めて外部の演出家を招いての公演、ロベール・ルパージュ演出「KANATA」を見る。夏に公演中止になった曰く付きの作品だ。それはカナダの国名の語源だという。日本人俳優オノチさんには6月に会っていたけれどその時は余り話せなかったので今回もメールをしたが返事はなかった。開演30分以上前には着いていたけれど、既に自由席の中央部分は無し。舞台近くにしょうと思い、上手前から3列目のC2を確保して中へ。カウンターで飲み物を注文し、オノチさんの友人ですがと尋ねると、今日本だという。前作には出演されていたのは知っていたが、そうか、年末年始は秋田へ帰省されているのか、と分かる。
2009年に参加できたアリアヌの大ワークショップから、もう9年が経つとしみじみ。あの時も寒い確か、2月だった。瞼を閉じてその時の情景を思い出す。上手の舞台前にセバスチャンが居た、客席誘導している。挨拶を交わす。開演前説にアリアヌが舞台前中央に現れる。座席を上手前にしたのは正解だった、出て行く前の彼女の姿と様子がよく見えた。風貌も変わりが無かったのでなんだか、嬉しかった。
2時間30分休憩なし。モーリス、シャシャ、ドゥッチオ…ワークショップの時が懐かしい。色々な事を思い出しながら見ていた。長く劇団に居られるって良いなぁ、羨ましいなぁ本当に。(フリーランスの孤独な叫び)
舞台の大掛かりなセットチェンジが印象的。背景幕はやはりビデオ・プロジェクションかぁ、と最近どこもかしこも映像だから少し気落ちする。(割愛)
ほぼ満席の客席はカーテンコールを4回、や5回したか。ナヴェットに乗って帰途につけばもう、17時。誰かと呑んで話したかった…。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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2018/12/28

Fin d’année 2018  
パリ、今日は朝から気温零下、最高気温も3℃の寒さで息も白む。2018年内4度目の渡仏は到着から10日があっという間に過ぎる。メトロの広告にはジャポニズムの為か日本のアニメ映画のポスターが目立つ。
ルコックの学校発表会は二年生の最初のプレゼンを観劇。アパートを紹介したA君も元気に頑張っていた。若いって素敵。日本人講師のやすよさんともパスカル・ルコックともバーで話す。2本目はodéon にて モリエールのL’école des femmesを観劇。観る前に岩波文庫の訳「女房学校」を読んでから行ったけれど、翻訳が古過ぎてというよりも演出が現代化され過ぎていて、乖離を感じる。日本でどんなに新しい演出をしたくても、現存の古い翻訳では、どうにも発想出来ないなと思う。クリスマスイブは友人宅で料理をしたり楽しく過ごしてから翌日、3本目は古典ラシーヌの「ベレニス」の改題。やはり古典の新演出。日本でも知られたフレデリック・フィスバックの演出は繊細にして革新的。ベレニスの上演を終えた俳優が楽屋に戻ってきてメイクを取りながら、携帯ボトルのウイスキーを飲みながらリラックスしてスマホをいじりながら復習するセリフの体裁で演じられる一人芝居。そこにある演技との距離感が実にいい。観る側にとっっては、大袈裟な芝居のセリフが俳優の日常の中にあることで、信じられる近さで受け止められる。俳優のマチューがいつも私が泊まる友人のVivianaの家に滞在していることから、偶然観る機会に恵まれた。一緒に食事をして、飲みながら人々と会話。いいなぁ、この時間。世界のどこにいても見た芝居をおかずに語り合うのは最高に楽しい。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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2018/11/4

乌镇戏剧节  
 先週訪れた初中国は、Wuzhen Theatre Festival、東洋のベネチアと呼ばれるこの都、行くまでは全く知らなかった。1300年の歴史を誇る素晴らしく美しい街。こんな美しい場所があるなんて中国のイメージが一気にアップ。去年からサポートしているパフォーマンス集団「破天航路」は今年のヨーロッパツアーでパリ公演の後アヴィニョンへ。法王庁前広場でゲリラライブ中、中国からのプロデューサーに声を掛けられた。帰国後直ぐに連絡がありあっという間に招待が決まる。流石の破天航路…(正直こうなるだろうことは読んでいた私…)Out door carnivalに海外からの招致は彼らを含め11組、UK、ロシア、フランス、イタリー、ドイツ、スイスなどと並んで5日間10ステージで中国の、海外からの観客を沸かせた。夜はアーティストバーで、様々な国のアーティストと交流!あれ、ルーマニア・シビウのオクタヴィアに遭遇。またまた知らなかったが、プルカレーテ演出の「ゴドー待ち」でキリアック氏も前日まで居たことを知る!残念ながら舞台は見逃した。が、この後上海→東京と回るキリアック氏に東京で再会できた!のは本当に幸運。。今年25周年のシビウ演劇祭は、あの勘三郎さんの2008年にパリからボランティアで行って以来10年ぶり。(実は去年も行ったけど)その規模の増大さ加減に圧倒された。来年も行きたい。
 それにしても今年6回目のウチン・フェス。アヴィニョンとシビウをお手本にしているらしいが環境整備も素晴らしい。メインストリートにゴミ一つ落ちていない。これからも行きたい演劇祭だ。いいアーティストには美味しい料理も酒も必要だ!その条件も満たしている。この街出身の詩人で画家木心の美術館Muxin Art Museumも行った。「木心」に興味。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
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2018/10/13

秘密の箱  
この12月に七回忌を迎える青年座同期の写真を探してた。十八代目中村勘三郎さんが亡くなった翌週に旅立った最愛の同志、M.一緒に苦労した。福島市出身。ルームシェアで一緒に住んでいたこともある。そんなこと、私が話さなければ誰も知らない。「夏の夜の夢」のタイテーニアと芥子の種。同じ箱には、先月亡くなった別のM.みっちゃんの写真、2005年のノエル。今日までパリの13年間が蘇る。別のアルバムは2003年の冬パリ、文化庁で初めて送られたパリで荷物が着かず、冷たい雨に凍えてた。ヴォルテールの公衆電話ボックス、勿論今はもうない。
 「News News-テレビは何を伝えたか」長野公演で、再会した高校時代の恩師で登山家の国語教師あの先生からのお手紙。先生と女生徒の薄恋慕、の記憶…消印は平成11年。
横浜の従姉妹たちからの手紙、文集、御巣鷹山の事故で消えたノーニンの追悼文集。そして大学時代の友人からの28年前の手紙。娘の写真が同封されている。あの頃、どんなことを考えていたのだろうか。大幅な軌道変更でわたしは演劇の世界に入り、今悉く縁のある場所と繋がっている。小学生になる前に住んでいた富久町に今ある、都立総合芸術高校でのしごと、父の地元横浜での高校演劇部。母の郷里長野での高校演劇審査。なんだろうこれ。そしてもはや30年になろうとしている私の演劇人生は、果てしなく甲斐も無くそして自由だ。
来年の作品は、富久町と四ツ谷三栄町出身の大先輩方がわたしの翻訳劇に出演してくださる。そんな光栄な巡り合わせ。来夏までは決まっている、弱音を吐いてはいられない。
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2018/10/6

一か月  
 今朝は3時台に目が覚めた。丁度ひと月前の朝と同じ。あの日メッセージに気づいたのは午前2時を過ぎていた。疲れているのになかなかベッドに入る気がしなくてホテルの狭い部屋で夜更かししていた。KENからのメッセだったのでドキリとした。パリはまだ宵の口だと思い電話を掛ける。Michiruが旅立ったと。6月も7月もパリで会って、覚悟は少しあったもののショックが大きくて言葉が継げなかった。にわかには受け入れられず、一旦電話を切る。もう3時、明日もあるから寝なくてはと横になり5分もたたなかった。午前3時8分、大地震。とっさにテレビを点けると地震を知らせる停止映像。間もなくブラックアウト、トイレから異音がして、水も止まった。自分の企画したワークショップで私は札幌にいた。北海道によく来るわけでもないのに20年くらい前の釧路沖地震の時も釧路にいた私。訃報を受けた時に札幌にいて、こんな大きな地震に遭って、頭の中の整理がつかなかった。みっちゃんの故郷といってもいい札幌。偶然とは思えなかった。どうなっているんだ。しかし、9月6日は札幌でのワークショップの最終日。今日はどうなるのか、どうすればいいのか分からない。翌日の朝、水と電気が戻る。空港へ行かなくては。なんとかして。電車は全面不通。タクシーしか無かった。講師たちを先に送ったタクシーを待ち構え、2時間かけて新千歳空港へ。幸い午後の便は飛んで、講師も成田へ送ることができた。パリ行きの飛行機を予約しなくては…葬儀の予定は…。KENにまた電話を。柩が火葬場へ送られる前に何とか到着できる便を購入した。片道20時間のフライトはこれまでの最長。心も身体も憔悴していた。数日前からの咳がひどくなっていた。…1週間後また20時間かけて帰国。その後もずっと咳が止まらない。10月に入って採血したが所見は無かった。もともと10月には演出している芝居の本番で行くことになっていたパリ、9月30日には発つ予定だったが仕事がありすぎた。4日の切符を7日に変更したがまだ迷っている。あと数時間のうちにどうやって決めたらいいんだ。
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2018/10/3

山手熱  
 9月最終週は、高校演劇の部活、横浜共立学園演劇部に通う。9月に起きた他のことどもは、改めて別に書きたいと思う。あまりにもありすぎた。さて、昨年、突然参加にもかかわらず地方ブロック大会を制し、横浜中央大会に進み審査員特別賞まで頂戴してしまった実績を重責に、後輩の高2生たちは、自ら選んだ難易度の高い戯曲に挑んでいた。彼らがやりたい、と言った以上、大会審査員受けが良いとか否とか、もはやどうでもいい。私は全面肯定で、彼らのコーチとして仕事を全うするのみである。それにしても、自分の体力が落ちていた。3週間続いていた咳が止まらない。しかし、大会で、彼らが輝くように何としても最善を尽くさなくては、と乙女坂をひたすら登る。登る。はじめての学校での通し稽古は絶望に近い感だった。しかし、彼らを最後まで信じずに何とするか。言うべきことは伝えあとは、彼らの底力を信じるだけ。9月29日台風24号が近づく雨の日に横浜地区大会Bブロック大会が開催された。客席で、身の凍る想いの私。スタッフワークと演技チームの息が全くあっていない。
翌日、部員からのメール。優秀賞を頂きました、と。え!次大会進出ならずとも、4位入賞ではあったという評価。奇跡的。やはり、君たちは何かある。でなきゃ、往復3時間の部活に通うモチベーションが私に無いだろう。難しい戯曲で大健闘。悪くはない出来だった。こうして、わたしの山手熱は止まないのである。今週末は秋桜祭、文化祭での発表がある。
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2018/3/31

充実というのか  
 早咲きの満開の桜…お花見も特になく、昨日は稽古休みに、別の朗読劇の顔合わせ。今日は午前中からの稽古に、夕方から演出者協会の会議。未だ、確定申告も出来ず…。なんだろう、この時間の無さ。今夜は満月!と思いきや、正確には明日だった。
「手紙」文学座の得丸さんのホンは、予習しているうちに涙が止まらず、、いかん、泣いてる場合じゃない、と自分を諌める。「しあわせの雨傘2018」と「手紙」四月の後半まで。しかし、課題が目の前にある幸せを、噛みしめる。 
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