2015/5/13

シャクヤク  
5.13 今日は父の23回目の命日。台風一過で真夏日天気はいいけどかなりの強風。この前の年末年始には来られなかったので、しっかり掃除も這いつくばってやる。風で、周りの墓の卒塔婆が揺れて大合奏している。今稽古中の芝居『昭和六十四年一月七日』は、昭和・戦争・父と娘の物語。自分の身に置き換えて、父の事を思い出さない日が無い。センター分けの髪、ポマード、バリバリにノリのきいたイニシャル入りのワイシャツ、細身のズボン、エナメルの靴、スポーツカー…子供の頃はよくポパイの絵を描いてくれた。考えたら、戦争行ったのに敵国の漫画なんてよかったんだろうか。今日は、良い事ばかり思いだそう。花はいつものお店で大きなシャクヤクを買ったので、写真撮ろうかと思ったら、地下街のソフトバンクショップに携帯充電したまま来てしまったから無い。
今月の芝居、いい芝居になりますように…。
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2015/3/21

茶髪の脳神経外科医  
 公演中の10日から続いていた気になる、頭痛。ついに、医者へ。この先生に掛かるのは二度目だ。初診は、40半ばをすぎてアクロバット稽古中に頭から墜落、めまいが止まらず、自宅から一番近い開業医の脳外科を探したのだ。
 名前を呼ばれて診察室へ。引き戸の開ける側をまちがえる。「オイオイ。」と女医先生の声。「失礼しました。」「どうしました。」「頭痛がですね、続いてまして、10日ほど。頭痛持ちではないので、気になりまして。ずっと過労の状態がつづいて…」いろいろと説明するわたし。先週は接骨院で首がガチガチといわれ、針も打たれた。お酒も何十年ぶりかで!?一週間抜いている。
「緊張性頭痛。症状が典型的。」言い放つ女医先生。やや長い色白の顔にハッキリと茶髪。眼球も薄いブラウン。「でもま一度もMRIやったことないなら、心配なら月曜に予約取るからまた来て。」余分なことは一切言わない。でも、こう断言されると、信じる気持ちにさせてくれるから、嫌じゃない。「おそらく」とか言わない先生なのである。
 前回のときも、わたしが、めまいを気にしていると、脳内出血とか、考えられません、ないです。
と言い切った。右手の指を一本立ててー、ハイ左ーとかやっただけなのに。
筋肉の緊張を緩める薬と、痛み止めのロキソニンを処方してもらって、10分で帰路につく。頼れる先生ではある。
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2015/3/9

『ミントティー、それともレモン…?』  
 企画・立案から4年余を経て公演実現!3月11日今週水曜日まで上演中の公演。これまで、初日から7回、どの回も満席御礼となっている。感無量。あと残すは4回公演。バックステージに着いてくれている研究生による、毎日日替わりの”前説”もお客様からの温かい拍手をいただいている。私自身ここまで必死に全身全霊をかけてきた。もっと長くやっていたいけれど、あと3日。大切に丁寧に重ねていきたい。
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2015/2/9

稽古中!  
きづけばもう、ひと月以上休みがない。次回公演の劇団ブログに、パリレポートをアップしてます。
http://www.nlt.co.jp/blog/index.html
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2015/1/6

2015  
réveillonは朝から、助成金申請の書類づくり。7時間くらいキーボード叩いていて、頭がボーっとしてしまった。気づけば数時間で年が明ける頃。バンジャマンの友人たちが誘ってくれたので、年越しは大勢の初めて会う人たちと。午前様で帰宅したけれど、元日の朝は目覚めが良かった。晴れていたので、窓全開で日の入り8時半のお天道様を拝み、散歩に出た。運河に沿ってスタリングラドから延々下る。自分撮りの元日ショットを数枚。クリックすると元のサイズで表示します 元日はミチルさんの誕生日だったということで、予定外に夕食じゃぶじゃぶ会に参加。3日は恒例ヨシさん宅の台所へ。前日に打ち合わせと簡単な買い物は済ませていたので当日朝、ご指定の魚やへ買い出しにいってから、料理に集中。柿と生ハムのアペリティフに、マグロとオクラ入りサラダ。dorade marbree鯛のポワレ、ローズマリー風味。大根と烏賊の煮物。ハマグリの吸い物を挟み、小イワシというかドロメのような生がいたので、それをフリットに。喜んでいただけたようでホっとしました。途中、演劇談議で思わずヒートアップしかけ、グッとこらえる。
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そしてまた翌日は、別のプレゼン用ドシエを作成。こんかい何部ドシエづくりしているのやら…。
あ、2日に観劇したロンポアンの、Carmen若いダンサーたちの凄いパワフルなダンス編カルメン。ビゼーの曲を使いながらも、振付があまりに自由。息をのむ70分でした。クリックすると元のサイズで表示します写真の向きが変えられない。

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2014/12/30

kishida  
27日風の吹きすさぶBnf フランソワ・ミッテランで大学の同窓生Nさんと待合わせ。今年まで司書をしていたという彼女の友人マルチーヌに、わたしがかねてから探している、岸田國士のフランス語で書かれた処女作のことで意見をもらいに行く。やはりSACDからも勧められたとおり、arts du spectacleの目録を検索にBnfリシュリューへ行けということで、三人で図書館内のカフェテリアで軽食をすませて、途中のメトロで彼女たちと別れそのままリシュリュー館へ。最初の入館窓口で目的の説明をすること30分。一日入館証をもらい、入るとカウンターで手続きをして、中の専門司書にまた最初から同じ説明をすること20分。結局、回答は、デジタル目録上にないから後日メールで連絡します、という希望の薄いものだった。やはり、子孫の追跡の道しかないか…。
29日の月曜日は、久々に友人のはるみさんのところへお邪魔。猫のルナも出て来て迎えてくれた。料理上手のはるみさん。サラダをリクエストしたが、なんと。ノルウェーさんのニシンの和え物カレー味、かぼちゃを素焼きにしマロンとエシャロットをロティしたソース、自家製フォアグラ、スペイン産生ハムと。豪華、感激。来年の日仏プロジェクトのことなど話す。そして、彼女も出演した、日本のTVドキュメンタリーをさらっと見る。彼女旧知の女優、こちらは岸田ならぬ、岸恵子さんに取材した番組だが、あまりのクオリティーの低さに二人で呆れ、怒る。もともと乗り気じゃないのにわたしがお願いして見せてもらったが、「二度と見ないわもう。」とはるみさん。
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2014/12/23

まとめ  
 きのうは冬至で新月、19年ぶりだったそうで、でもお願いしたのは、体調が良くなること。寒さのせいか、なかなかよくならない。前の日曜日はカトリーヌの家で早めの夕食。いつも元気なカトリーヌは会うと元気になるきがする。先週一週間は、ランデヴ続き。SACDのサンドリンにも上演プロジェクトのいい報告ができたし、彼女もようやく実現ねと喜んでくれた。金曜日はまたロンポワンのピエール・ノットとミーティングをして夜は観劇。『ミントティー…』の作家パトリクの出演中の芝居を観に行く。Le dîner de consだ。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します土曜日は、宏美さんとランチ、のはずが予約したイタリアンは閉まっていた。予約なのに。なんとかお店見つけたお店はなかなか美味しかった。牛の頬肉、柔らかかった。夕方からは13区へ。Olympiade初めて降りたけど、どこか異境な感じがした。パリとは思えない高層ビルのたちならぶ中華街。バンジャマンと買い物をして、彼の日本時代からの友人イヴリンと弟のアレクサンドルの誕生日っつうことで、エプロン持参で、はい天ぷらを作りました。日曜日は、かばれ・で・ふに出演してくれたアンドレスと会う。バルセロナに帰ったんじゃないのか。どこにでも出現する彼。フィィップ校のクラウン発表をわざわざ見に来たらしい。ナシオンでこれからクラスメイトのクラウンショウを観るという彼をおいて、こちらは、シャンゼリゼのマルシェ・ド・ノエルへ。
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アルザスのシュクルート食べたが、いやいや、Bière chaude,ホットビールですが、ショウガ、シナモン、オレンジも丸ごと鍋に入れていた。これが美味い。甘いけどねー。発見でした。クリックすると元のサイズで表示します

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2014/12/13

rond point  
東京を発つ前に、咳喘息と診断されて処方された粉の吸入は置いてきてしまった。咳が止まらない。パリに到着して2日目は部屋を出ないで、よく寝ていた。3日目、少し気分よくなり、夜は来年一緒に仕事をする演出家の芝居を観に、ロンポアンへ。この日が最後の招待日。初日から4日間がまるまる招待日だ。地下のバーレストランでは、大勢の演劇人、演劇関係者が飲み食いしている。座る場所もない。こんな風景が東京でみられたらなぁ。すぐ隣はシャンゼリゼ。イルミネーションがきれいだが、気にかかるのは本国の選挙結果。光も電飾のころが懐かしい。クリックすると元のサイズで表示します
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2014/10/11

sayonara  
 今朝八時、母の妹のほうの叔母より電話が入る。伯母が旅立った。山上磨智子享年87歳。9月30日蓮田病院で、「じゃ、稽古に行ってくるね。」と手を振る私に、幾度もうなづいていた伯母。それが最後になると心の中では思っていた。目を閉じてしまった伯母には会いたくないと思っていたから。14時過ぎ、赤坂に帰ってきた。心の準備はしていたはずだが、やはり現実になると、改めて重いものだ。伯母を寝かせる為とっさにネットで検索した赤坂のふとん店は、一ツ木通りの「阿比留」の頃からお座布団やお布団を収めてくれていたお店だった。「女将さんが亡くなったのですか」と車で届けてくれたご主人が言った。伯母が二年半前料亭をたたんでから、今日まで、病院や施設のこと、いろいろといろいろとあった。今は何も考えられない。赤坂に帰ってきた伯母に、「お帰りなさい。」と言うだけだった。母たち三姉妹をモデルに映画を撮った川島雄三監督のことば。いつも。サヨナラだけが人生だ。
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2014/9/3

ドライヴ  
 9月に入ったが、前週からの雨模様。2日は晴れた。しばらくぶりにクルマの運転をしたくなったし、物を運んだりする用事もあり、レンタカーを借りる。そして朝から転がして伯母の病院へ叔母を誘って行く。埼玉県蓮田市。近くはない。これまで何度行ったことか…。
療養病棟という静かな病棟に移された伯母は、87歳。目をしっかり開けて、窓の方を見ていた。私の顔も認識できる。名前も呼ぶ。「さみしい。」「家に帰りたい。」と訴える。私も、妹の叔母も、「みんなひとりよ、みんな同じよ。」と話し掛ける。たくさんの人の中に長年暮らしていた伯母は、孤独に耐えられないのだなと思う。今日から稽古初めのリーディング公演は、認知症を扱った台本だ。初めは鬱と認知症の曖昧な時期があるという、正確な診断で回復する人もいるらしい。伯母にとってこの2年半の療養が正しかったかどうか、今となっては分からない。ただ、できるだけ会いに行くこと、話し掛けること。それしか、もうできないのだ。
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