さあ,いっしょにサラダをつくろう

2004/10/31

■酩酊文児  ▼書物と活字と

 渡辺淳一『酔いどれ天使』を読んだのは21歳の頃。泥酔時に受精した胎児は”酩酊児”という脳性欠陥児として生をうける・・・・といった設定から綴られる心理戦短編小説である。酔っ払いの性交と裁縫と書き物は(凡人の場合は)碌でもない結果に終わる、とはこれ妙なる言い草である。まー、これ、自分の言葉ですが。

 さて、こんな書き出しで始まった今回の記事、カンするどい読者ならお気づきのことと思うのだが、私は今酔っ払いである。赤ワインのボトルを3分の1ほど空けた、まさに気持ちいい酔い真っ盛り、の状態でキーボードをたたいている。こういうときに書き残した文章というのは、”夜中の恋文”と同じで、朝読み返すと「ウッヒャ〜〜まいったなー」と鼻の穴から瓜が出るほど恥ずかしい代物だ。それを承知で、こうしてBLOG投稿なんぞするのだから、誰の目にも明らかに立派な”酔っ払い”なのだ。まあ、明日朝は明日朝の気苦労が待ってる、ってやつか。そんなこんなで、ここで酔っ払いの必殺技”文脈に関係ない唐突な話題振り”を繰り出してみたい。「それはいつものことだろ」などという横槍は,しちゃあイヤよ♪イヤよ♪イヤよ見つめちゃイヤ〜んっ♪なのである(はいはい)。

 私は筒井康隆が好きだ。11歳の頃、図書館で借りた筒井康隆『旅のラゴス』に衝撃を受けた私は、その後図書館に入り浸りの生活を送る。そして数年間続いた筒井康隆と児童純文学の2刀流によって、現在の私の一部品が形成されることとなる。ところで、「初めて読む」感覚をできる限り長く愉しみたいがために、わざと1冊を数日に分けて読む書物に出合ったことは、今まで数えるくらいしかない。正確にいうなら、そういった機会に遭遇したことが数えるくらいしかない、ということだ。そのうちの貴重な1冊(=1機会)がこの『旅のラゴス』だった。一気に読み上げたい衝動と、いつまでも初読みの陶酔に浸ろうとする欲求との間で、心地よい葛藤にもまれながら、中途ページにシオリをはさむあの快感ともどかしさ。さて、筒井康隆の作品が少女時代の私に与えた物は、”書物への恋心”だけではない。それらは、”文学”という名の教師を通し、私に「人間の狂気」というものの一端を垣間見せたのであった。

   人間なんて皮一枚剥げば 血と肉の塊なのに  くだらない
    (岡崎京子 2003 「ヘルタースケルター」 詳伝社 p.258)

上記引用は、漫画家岡崎京子の作品『ヘルタースケルター』の一文だ。
Personality(=人格)の語源であるギリシャ語Persona(ペルソナ)の意味は「仮面」だ。仮面を剥ぎ取った下には、「本性」が、赤黒くうごめく”血と肉の塊”のように潜んでいる。この人間の本質を、「狂気」という形で作品に”封じ込める”。それが筒井康隆という作家であるらしい。


 さて、酔いどれ文児はここらで就寝に着きたい時刻と相成った。文末に、筒井康隆の旧知の文学仲間である星新一のショート随筆を一部引用して、Good Night ! の挨拶と替えたい。

 もうだいぶ前のことである。筒井康隆が東京へ出てくる前のことだから,彼が作家になりたてのころだが,小松左京そのほかと大阪で飲んだことがある。 
(中略)
 すると,とつぜん筒井さんが立ち上がり,予告もなしに,きたない話をしゃべりはじめた。なまじっかな程度のものではなく,極端でリアルで,えんえんとつづくのである。
(中略)
 いまでもそうだが,彼はおしゃれで身だしなみがよく,まあハンサムでもある。それが直立不動で,大まじめで,そういう話をはじめたのだ。まことに異様な光景であり,われわれは悪夢のなかにいるのではないか,ひょっとしたらここは地球以外の地ではないかと,ふと思ったものだった。そのころの彼の作品は,まじめなものだった。だから,いっそう悪夢じみた印象を受けたのである。思い出すと,いまでも妙な気分だ。
 しかし,そのご筒井さんの作品は,しだいに気ちがいじみたものへと進化していった。わが国はもちろん,外国にも例のない,妄想の権下のような作風となった。
 しからば,彼の酒ぐせもそれに応じてすさまじくなったかというと,さにあらず。二度と,あんな状態を拝見したことがない。持てる狂気を作品内に封じ込める手法,それを彼が身につけたわけである。それゆえ,現実の彼は狂気の抜けがらで,人あたりのいい安心して飲める友人である。酒乱にもなれず,決して泥酔もできないのだ。そういう部分は,作品のほうに移っていってしまった。
(中略)
 育ちがよく品がいいのが,彼の素顔なのだ。同席していていい気分なのだが,ふと,これがあの常軌を逸した小説を書くやつかと思うと,ふしぎでならなくなる。彼はどこかで異次元とつながっているのかもしれない。


(星新一 1976 別冊新評「筒井康隆の世界」9(2) 新評社 p.44-45)
*(中略)記は本BLOG記事投稿者による


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☆神保町の古本屋街で見つけた『別冊新評』(写真右).貧乏旅行に関わらず古本を買い込み,帰りの電車賃がピンチになった記憶がある.写真左は岡崎京子『ヘルタースケルター』.岡崎京子といえばコバルト文庫に飽きた女の子たちのBIBLEである.内田春菊と並んで高校時代の必読書であった.
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2004/10/30

■徒然とウィルス  ▼そんな日常

お断り(必読)
今日のBLOG記事は、風邪をひいた状態でもろリアルタイムに書いています。風邪の症状等の描写がでてきますので、食前・食後の方、そういった描写の嫌いな方は閲覧ご遠慮ください。 



 風邪をひいた。昨夜から吐き気と下痢がひどい。吐き気を堪えつつ寝床についたものの、こみあげる嘔吐感で夜中4回起きた。今日は朝からまさに脱水状態。水分などを補給してもすぐに排出されてしまう。熱は微熱程度。腹痛は軽く、腸ではなく胃の辺りがシクシク痛い。

風邪の症状で私が嫌いな順番は
1位)吐き気
2位)腹痛
3位)嘔吐
4位)高熱
5位)下痢
6位)関節痛
7位)喉の痛み
8位)咳
9位)鼻水

あと何かあったけか・・・。
今日の風邪は嫌い度80%くらい。継続する吐き気はつらい。熱と腹痛がないのがせめてもの救い。

この時点ではいるツッコミとして2パターンを用意してみた。
1)なんで他人の「嫌な症状ランキング」なぞ観なけりゃいかんのだー!
2)昨日軽装備でBIKEに乗ったから風邪ひくんだよー!

 
どちらもそれなりに妥当なツッコミだと思う。だが、ツッコミ1つめはいいとしてもツッコミ2つめは不正解(たぶん)。昨夜、微妙な悪寒と吐き気に襲われた私は、「今日,軽装備で寒い中をBIKEで走ったから,風邪ひいたな」と思った。そこで葛根湯(漢方薬)を2袋飲み、パジャマを2枚重ねにしてモコモコしながら就寝についた。大抵の風邪はこれでKOできる。だが、今朝になっても症状が一向に止まないこと、また熱がでないことなどを考えると、「寒くて風邪ひいた」のではない(たぶん)。胃腸にくるウィルスに感染したのだと思う。そういや周囲で流行っているらしい。

 今日の記事にオチはない。「風邪ひいちゃったー」と報告したかったのと、少し具合がよくなってヒマな気分になったから書いた。しかし、オチをつける体力・気力・思考力がないので、こんなもんになってしまった。わざわざ冒頭に「お断り」なんてつけてみた意味もないってものである。2日経過した頃、この記事はひっそりと削除されているかもしれない。

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☆昨日,綿パン1枚でBIKEを走らせた厚田村夕日の丘展望台.弧を描く海岸線を見渡せる.下痢ウィルスとは無縁の美しさである.
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2004/10/29

■快気祝いデート  ▼BIKE―外出記録

 今日は天気がよかった。気温もそれほど低くない。絶好のBIKEちゃんお迎え日和だ。というわけで、先日私が立ちゴケしたせいで、カウルとクラッチレバーに傷を負ったZZRちゃんを引き取りに、地下鉄でBIKE屋に向ったのだった。

祝・SHINY-GREEN退院!

 いやいや、BIKEちゃんの傷は比較的浅くてよかった。カウル傷とクラッチレバーの曲がり以外の損傷はなかった。カウルの傷補修のため、ばっちりタッチアップペイントも購入した。きれいに仕上げるのは難しそうだが、さっそく塗ってみよーっと(ご機嫌)。ところで、BIKE屋からZZRちゃんにまたがり自宅に直帰しようと思っていた私は、思いっきり地下鉄に乗る服装をしていた。だが、天気良いんだもんね〜。このままお出かけしちゃうんだもんね〜。と、浮かれポンチ状態で厚田村の夕日の丘に行ってきた。快気祝いデートなのさ!(超ご機嫌)。

 まあ、厚田村は札幌よりも北に位置しているわけで、さすがに寒い。しかも地下鉄向け装備のままじゃあ、当然のごとくとっても寒かった。普通にステテコもはかずに綿パン1枚きりだからね。しかもBIKE用ではない普通の冬用ジャンパーだからね。寒みぃ〜(心の声)。

 さて、今日はいつにも増して低速カーブが下手だった。下手の上乗せ、下手の上塗り、下手の3割負担(それは医療費だよ)。私の教習所時代の立ちゴケ総回数は6回だった。そのうち3回は強風の1日で稼いでいる。まっ、立ちゴケ慣れしてないってことが言いたいわけよ。と、自慢げに言ってみたが延長9回ついたヤツが言ってもただの負け犬の遠吠えである。自分のBIKEが納車になってから、またがった状態で立ちゴケしたのは先日が初めてだった。やはり、またがった状態からコケると怖い。もうすっかり怖くなっちゃってるのである。低速左折でコケたもんだから、もう、本当に3割り増し状態で左折がふくらむ(右折もふくらむ)。低速カーブにさしかかると、コケた記憶と恐怖心が顔を出し、自然に傾斜するBIKEを不自然に押さえつけるようにして肩に力がはいる。結果として、対向車線ギリギリのラインで曲がってしまい余計に怖い思いをする。そしてさらに低速カーブに対して不自然な構えをする。まさに”悪循環”。「超」がつくほどご機嫌モードだった気持ちが、一気に落ち込みモードへと大変身である。・・・・でもため息はつかないぞっ(強がり)。

 厚田村に入り、交通量も減ってきた頃、ようやくいつも通りの感覚が戻ってきた。まあ、戻ったといっても元々低速カーブ苦手なんだけどね。さて、夕日の丘に到着したのだが、先日はあんなにいたBIKEが今日は一台もいない。非常に閑散としている。平日だしね。時刻は午後4時をまわったところ。傾きかけの太陽がすごーくきれいだった。そして、赤紫に染まる空を背景にしたSHINY-GREENがこれまたものすごーっくきれいだった。もう、運動会で我が子にシャッターを切りまくるお父っつぁん状態で、SHINY-GREENの写真をとる私。うーん、情緒ないな。

 あー,低速カーブ上手くなりたいなー

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☆シブいな〜SHINY−GREEN.健さんもメじゃないぜ〜.「夕日が俺を呼んでるゼ」と高倉ボイスでつぶやく声が聞こえそうさ!(擬人化しすぎだろ).
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