さあ,いっしょにサラダをつくろう

2004/12/21

■実験5『隊長っ!体調』  ▼恋だの愛だの

今日はBLOGで実験。今回は『隊長っ!体調』だ。つまり、自分の体調が体調が悪いときから体調が万全のときに随時文章を書き、体調と心理状況及び文章能力との相関性を調べようという試みなのだ。ちなみにタイトルの「隊長」にはゴロ合わせ意外の意味はない。

 定番人気シリーズであるこの「実験」も今回ではや5回を迎えた。めでたい。今回はどんな実験かというと・・・。私はこれから体調が悪い状態で記事を書きます。ですので、そのうち適当な頃合を見計らって「更新」ボタンをおしてください。すると”体調が良くなった私の文章”が追加投稿されています。いつごろ「更新」ボタンを押せと?それはまさに生体内免疫ブログリンのみが知るところ。

はいはいはいはいっ,実験開始ー

−−−−−−−−−−−−第一段階−−−−−−−−−−−−−
12月 21日 14:24pm 「体調悪い」

 こんにちわ。17日から更新がなかったわけですが、理由は以下2点。
1)ドラクエ[で忙しかった
2)最近どうも(身体の)調子が悪い

ドラクエで徹夜しすぎということもあるのだろうが、いや、むしろそれが主たる原因だろうが、最近胃が痛い。あ、初めに断っておくが、「体調悪い」といっても別に通院+検査を必要とするような体調の悪さではない。いたって日常生活がちょいつらいなーくらいの体調の悪さだ。で、胃痛なのだが、私は強度のストレスに遭遇すると胃が痛くなる。ただ、これはとてもまれにしか起こらない。20歳すぎてから、ストレスで胃が痛い、なんて1年に1回起きるかおきないかだ。そして27歳の今、不眠や食欲不振にはよく遭遇するが、胃痛に遭遇したのは実に2年ぶりくらいだ。たぶん。

 胃痛のせいなのか、どうも具合が悪い(=吐き気がする)。しかもめずらしいことに頭もなんだか痛い、しかも何やら寒気が。・・・・ん?あり?もしやー!そうそう、ご名答。風邪をひいていた。普通に胃腸にくる風邪だったので胃が痛いのだった。なーんだ。てっきりドラクエ[で思うように宝箱が発見できないストレスによるのかと思ったよ。ホッ。

 人間、具合が悪いと、必然気持ちも暗くなる。なんだか思考も下向きになってくる。全般的に弱気になってくる。で、そういう気分のときに長文を書きたくない。そして、具合が悪い(=吐き気がする)のでパソコン画面をながめつつキーボード打ってると、さらに吐き気が増長される。まー、こんなわけで更新できなかった。でも、それではこの年末さみしいではないか。ということで、こうやってがんばって記事を投稿したのだ。えらいぞ、うち。よしよし。それにしても「実験」シリーズつくってよかった。

−−−−−−−−−−−−第二段階−−−−−−−−−−−−−
12月 22日 15:44pm 「熱は下がった」

 昨日、解熱剤と栄養ドリンクを飲んで、仕事が終わってからスープカレーを食いに行った。月曜日、3件も歩きで梯子して全部に振られた腹いせなだ。辛いものを食って栄養補給だ。旨かった。今朝、起きてから眼鏡がないことに気付いた。余談だが、私は通常眼鏡を愛用している。眼鏡が好きなのだ。周囲(特に男性)から「コンタクトの方がいい」という指摘を受けることが多々あり、調子にのってたまにコンタクトにする。しかしコンタクトをすると以下のような不具合が生じる。
1)目がかわく(車の運転に支障がある)
2)コンタクト装着のまま夜更かしすると目が痛い(夜遊びしずらい) 
3)調子こいてコンタクトで生活すると「やはり眼鏡の方がしっくりくる」という周囲の反応に遭遇する(おいっ,この間はコンタクトの方がいいと言ったろ!)
4)私は眼鏡が好き


 で、眼鏡がないのだ。どこを探してもない。しかも今、ワンデイ使いきりのコンタクトが切れている。車を運転しないといかんのに、困る。で、よーく考えると、昨日のカレー屋に眼鏡を忘れてきた気がする。ボーっとしてたからたぶんそうだと思う。今日は、別の眼鏡をして仕事に行くことになった。通常眼鏡とはデザインが大幅に変わるので、当たり前だが顔の印象も大幅に変わる。別に支障のない範囲のデザインなのでまあいい。それにしても具合の悪さと胃痛が治らない。がんばれ、がんばるんだ免疫グロブリン!

−−−−−−−−−−−−第三段階−−−−−−−−−−−−−
12月 23日 15:43pm 「体調は回復」

 体調は回復した。熱もないし、頭痛もおさまった。ただ、胃痛が治らん。たぶんきっとおそらく「嫌なことがあるから」に違いない。私は何でも「言葉」に変換した状態で物事を何とか理解して自分を落ち着かせたいタイプではあるのだが、ときどきすぐに上手いこと「言葉」に変換できないときがある。キャパ自体は狭い人間なので、すぐにテンパるのだが、そういうときは上手い「言葉」を見つけられずにモンモンとする。こういうときの対処方法としては以下が考えられる。
1)忍耐力でがまんする
2)自分の中で消化して自己完結するよう努力する
3)誰かに相談するorアドバイスをもらう
4)泣く


”世界の不条理”とやらに遭遇したときはもう「4)泣く」くらいしかないのだが、今回の場合は、明らかに解決可能(と思われる)事象が存在するのだ。ただ、その事象の「困った本質」をみごとに指摘して「言葉」に変換できない。ちなみに私は忍耐力がないので「1)がまんする」とかはちょっと現実的ではない。となると、「2)自分で消化努力」か「4)誰かに相談」が現実的なのだ。消化努力は忘れないようにしよう。これは自分向けメッセージ。消化努力を放棄すると、何をやったところで結局解決などできない。で、相談相手なのだが、「誰に」相談するかという人物特定作業がなかなか重要になってくる。人物選択を誤ると後からいろいろと大変だ。数うちゃあたる方式でいろんな人物にちょこちょこ相談というのも、私の場合だめだ。最適な人物1人だけに的をしぼって直球をなげるのが、私にとっての最善方法となる。

 で、この相談相手の特定をこの数日間やっていた。相談相手の特定のために、他の人にアドバイスを聞いたりと、なんだかそりゃ意味あるのかどうなのか自分でもわからなくなる行動パターンであった。で、とりあえず1人に特定した。いろいろい検討した結果、その人になった。「相談相手」の検討項目は以下。
1)自分と相手との間の信頼関係度
2)相手の忙しい度(キャパシティ)
3)相手の思考・分析能力
4)相手の持つ行動力
5)相談内容の事象に対する相手のもつ影響力


あとはまさに「託すのみ」だ。私はおみくじというのが嫌いで、そういうものに自分の運勢を「託す」気には全くならないのだが、誰かに相談事をしたときは、そこから先は相手の領域になるので「託す」しかないなーと思っている。

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2004/12/17

■内藤くんと佐藤さん  ▼恋だの愛だの

 私は20歳の頃、イベント企画系の学生団体みたいなのに参加していた。札幌で初めての本格的なゴスペル講習会の開催とか、「氷点」の作者である三浦綾子さんの夫三浦光世さんの講演会とかを開催した。とにかく金のない団体だったが、人材とか人脈には恵まれていたので、面白そうなアイディアはどんどん実行していっていた。その頃の仲間でM田さんという男性がいた。彼は当時33歳で、そして非常におもしろい(=興味深い)方だった。

 M田さんは当時印刷会社に勤めており、後に独立をした。なので、コンサートなどを企画するとき、チケットやチラシのデザインや印刷などは全部M田さんにお願いをしていた。M田さんは背が高く細身で、どことなく女性的な雰囲気のある方で非常に動作や話し方がゆっくりだった。「トロい」という表現がぴったりなほど、全ての言動がゆっくりしていた。当たり前のごとく、私はM田さんが好きで(=おもろいから)とてもなついていた。M田さんには、腕を組み、右手で頬をなで、ちょっと身体を左に傾けて斜め45度を見ながらしゃべるという癖があった。話すときは必ずそのポーズだ。よく他のメンバーから真似をして遊ばれていた。M田さんはとても有能な方だったが、ときどき本気で周囲をズッコケさせるようなヌケた言動をすることがあった。会議でカレールーを鍋で差し入れしてくださったり(=しかも白米はない)、アイボリー色でお願いしていたチケットをなぜか黒色の用紙で作成したりした(=「黒の方がクールだ」という言い分だった,文字がほとんど見えなかった)。

 会議は大抵夜行われた。メンバーに社会人が混ざっていたためだ。皆、夕飯を食いながら会議を行う。私はかなり当初からM田さんの夕飯を食す姿に注目していた。そして「この人はかなり変わった人だな」という確信を得ていた。M田さんは、物を食べるとき、必ずA4サイズの紙などで自分の口元を隠しながら食事をした。右手の割り箸で焼き鮭を口にはこびつつ、左手でA4用紙を器用に操り物を咀嚼する口元を隠すのだ。一度、左手の用紙を床に落としたことがあるが、そのときいつもは見せないほどの素早い動きでイスから立ち上がり、そのまま会議室の物陰に身を隠してしまった。これにには他のメンバーもさすがに驚き、そのまま「M田さんが食事をする口元を他人から隠す理由」について議論が始まった。

 さんざん勝手な憶測で盛り上がったあと、渦中の人物であるM田さんに口元を隠す理由を直接うかがった。彼の言い分はこうだ。
人間は,生物的本能に基づく行為(=排泄・性交・睡眠など)は,基本的に全て「他者から隠れた状態」で行う.したがって,「食物摂取」という行為も他者から隠れた状態で行うべきである.
理由を聞けばなるほどな話しではある。なるほどではあるのだが、やはりこの言い分は周囲の爆笑を誘った。しかし、いたって真面目なM田さんは爆笑などもろともせず、こう続けた。「だから,小中学校の頃は給食を食べるたびに苦労しました」。

 そりゃ苦労もするだろう。大変なことだ。真面目な顔をして口元を隠しながら給食を食べるM田少年を想像すると、爆笑を通り越して気の毒心が沸き起こってくる。この日以降、私達メンバーは、夕飯の度に「人間の行う食事には,単なる栄養補給だけでなく,人間同士の円滑な交流を促す作用もあるのだ」というような話をするようになった。それから、各自が食事を済ませた後で、会議を開始するようにした。こうすれば、M田さんは皆から少し離れた場所で心置きなく食事ができる。これが功を奏したのかは分からないが、じょじょにM田さんは皆の前で普通に食事をするようになった。

 そんなある日の夜、会議を終えた私達は皆で和食レストランとん○んに行った。席に座って早々に、M田さんがメニューを見ながら「僕,ネギが大嫌いなんですよね」と、いかにネギが不味い食い物で自分に不快感をもたらすかを延々と語りだした。あまりにも熱意と説得力あるその言い分に、皆が「この人は本当にネギを憎んでいるのだな」と思い出した頃、店員が注文を取りにきた。M田さんはいつものゆっくりとした口調できっぱりと注文を言い放った。

僕,ネギトロ丼ください

おいーっ!!なんでネギトロ丼頼むんだー!!!と、読者の誰しもが心で叫んだはずだ。当然、このとき一緒にいたメンバーも皆ツッコんだ。

 ネギトロ丼が運ばれてくると、M田さんはこう宣言した。「僕はネギ嫌いを克服すべく,常にネギの入った料理を注文することで,自分を鍛錬しているんです」。そして彼はおもむろに箸を持ちネギトロ丼を一口食べた。そして「ううぅっ」と苦しそうにうめいた。そのままティッシュに口中のネギトロ丼を吐き出した。M田さんは大きくため息をついた後、「やはりだめでした」と残念そうにつぶやき、箸でネギトロ丼のネギを1つ1つつまみ出し始めた。当然のごとく、他のメンバーが無理やり料理を交換した。

 さて、それから1ヶ月近く経ち、私達はまた和食レストランとん○んに出かけた。席に座り、皆でM田さんのネギトロ丼事件でさんざんもりあがった後、注文をとりに店員がやってきた。M田さんはゆっくりと、そしてきっぱりと言いきった。

僕,ネギトロ丼ください

だあああっー!!もうやめんかいーおっさーんっ!!!と、読者の誰しもがムンクの叫びをかましたに違いない。私達も本気で別の注文に変えろと説得した。だが、M田さんの決意は固い。何といっても自己の鍛錬のためなのだ。ネギトロ丼が運ばれてきた。M田さんは一口食べ、「ううぅっ」とうめき、ティッシュに吐き出し、「やはりだめでした」とつぶやき、ネギをつまみ出し始め、他のメンバーが料理を交換した。想像通りだ。当たり前の結末だ。M田さんは真面目に落ち込んでいたが、私達としてはちょっと楽しかった。

 こうやって改めてエピソードを思い返すに、やはりM田さんは魅力的な人だった。”愛すべき人”とはM田さんのような方のことを言うのだろう。彼の行動は突飛なところがあるのだが、彼自身は本当に真剣に物事に向き合っているのだ。


 さて、ずいぶんと話が長くなったが、今日の記事タイトルは「内藤くんと佐藤さん」なのだ。これはもちろん「納豆と砂糖」のことだ。こちらの記事にあるコメント欄を見ていただきたい。北海道では、納豆に砂糖を入れて食べるのが一般的だ。誰が何といおうと一般的なのだ。私の祖父母も父も母も私自身も、納豆には砂糖をふりかけて食べる。方法はいたって簡単だ。
1)納豆一パックに対し,上白糖を大さじ1杯程度ふりかける(グラニュー糖は不可)
2)そこに醤油を大さじ2分の1ほどふりかける(多すぎるとダメ)
3)ぐりぐりまぜる
4)ご飯にかけてまぜまぜして食べる


本当に、本当に、本気で真面目に、北海道では納豆に砂糖を入れて食べる人が多い。特にご年配の方に多い。若い人は知らないかもしれない。ぜひ試してみていただきたい。別にいたって普通の味だ。おモチに砂糖醤油をかける食べ方があるが、あれの納豆バージョンだと思っていただければよいのだ。ぜひ。
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2004/12/13

■操縦桿は自分で握る  ▼娯楽に旅行に

 あぁ、今週はいやな予感がする。何の予感か。それはイライラしそうな予感だ。私の心理状態ボルテージを分けると以下のようになる。
              
            クサクサ
              |  
              |  ▲A
    ルンルン―――――――ムカムカ
              |
              |
            ノホホン


1)ルンルン:積極的に機嫌が良い状態.
2)ムカムカ:積極的に機嫌が悪い状態.
3)クサクサ:心がすさんでいる状態.
4)ノホホン:心にゆとりがある状態.


 で、今の私は▲Aの地点あたりにいる。「積極的にムカついている状態であり,心に余裕がなくすさみぎみ」な状態だ。この辺りにいる状態を一般的用語で表せば「イライラしている」ということになる。そうなのだ。もう率直に言えば「イライラしそうな予感」などではなく正真証明「イライライしている」のだ。

 私は基本的には、クサクサしているときや機嫌の悪いときは長文を描くのを避けるようにしている。特にBLOGの場合は、「読み手」が存在するので、記事投稿などは最も避けるべきだ。だが、特にムカムカに近い位置に自分がいる場合は、「避けるべき」であるにもかかわらず心情としては「書きたい」のでやっかいだ。

 うちが、クサクサ状態で長文を書くのを避ける理由は以下。
1)当たり前のようにグチになる
2)当たり前のように誰か(何か)を悪者にする
3)当たり前のように自分を正当化し擁護する
4)当たり前のように自己中心的な独壇場になる

要するに、かなり生産性のない独白(≒毒吐く)をところかまわずまきちらしてしまうのだ。

 このBLOGには3種類の読者が存在する。
1)実際の私を知る,実生活上の知人
2)WEB上のつながりではあるが,ある程度交流のある人
3)実生活でもWEB上でも交流はほぼないが,読んで下さっている人

私は、他人の利益や心情を考慮して自分自身の言動を自重する、いわゆる「できた人」ではない。「できた人」になりたいという欲求のみが存在するだけで、実際にはそのための不断の努力を実行しているかといえば、どちらかといえばしていない。何度かカミングアウト(=ちょいおおげさですね)しているが、私は非常に自分に甘い人間であり、また非常に幼稚な人間である。言い方を変えれば、耐性や自己完結性が薄い、のだ。

 私は基本的にセルフイメージが低めの人間ではあるが、それでも必要以上に自分を過小評価したり卑下したりということは比較的少ない。どちらかといえば、セルフイメージを上昇すべくあらゆる手段を使って自分に自信を持ったり、自分を好きになろうと務める方ではある。ただ、その”手段”の方向性がときどき間違った方向に向くことがあるのだ。

 グチはその間違った手段のうちのひとつだ。弱音を吐いたり、グチを言ったりすることにも何かしらの意味や有意性は存在するとは思う。グチや弱音を全く排除した生き方は少なくとも私にとっては現実的とは言えない。ただ、グチや弱音を「無思考に垂れ流す」ことは自分にとっても相手にとってもやはり害でしかないと、思う。

 ここまで書いてきて、ほんの少しではあるが、イライラは沈静化したように感じる。あー、今は、私にはゆとりがなく、”ある原因”によりムカムカした心情を持っているなーということを改めて把握できたからだ。以下、自分用メモ。
1)ゆとりがない
→即時解決は難しい.自分の持つ長期的計画を1つ1つ消化(=実行)することでしか解決できない.とにかく,今日の仕事をこなし,明日の仕事の準備を終わらせる.明日の仕事準備が終わってから,明後日の仕事準備にとりかかる.明後日の仕事の目処がついてから,○○○の○○○○を受けに行く日程を調整する(担当者に電話連絡,もしくは余裕があれば今日口頭確認)
2)”ある原因”によりイライラ
→相手と話し,こちらの要求を伝え,その理由を説明する.態度や姿勢に関しては,「あのときこうだったがあれはダメだ(=過去),いつもその態度が気になっていた(=一般化)」という表現は使わない.相手と話す中で気になる部分を発見したときその場で「その態度や姿勢は私に対して失礼にあたると感じる(=現在・事実)」と伝える.今後の○○が有意義なものになるための方策を協力して模索したいのだというこちらの気持ちを正直に率直に伝える.言葉は簡潔に.余計なことは言わない.
3)イライラの解消
→仕事準備を終えた後もイライラが持続するようであれば,友人に電話して話しを聞いてもらう.ちょっと奮発してケーキを買って帰る.遊びや飲みの約束をいれて,それを自分へのご褒美にして元気をだしがんばる.

ふぅ、読んでくださった皆さま、どうもありがとう!
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