さあ,いっしょにサラダをつくろう

2004/12/11

■YummyYummyアサヒ <後編>  ▼娯楽に旅行に

 アサヒの家に車で行き、駐車場所を探すのにウロウロしていると、アサヒが家の前に出てきてくれた。3年ぶりのご対面で、アサヒに対する第一印象はこれ。

   『4泊5日アメリカ西海岸ツアー』に参加してきた人

ちょい日焼けして、アクセサリー類が一回り大ぶりのものになっており、化粧が若干くっきりしたくらい。まさに4泊5日くらいの変化だった。要するに外見は3年前と全く変わっていない。とりあえず私がアサヒに言った台詞はこれ。
 「雰囲気はあんま変わんないけど,昔より綺麗になったね」
おめーは石田純一かー!という感じだが、私は女友達に対してよくくさい褒め台詞をはく。まあ本心なので別に”罪”ではない。特に「かわいくなったな」と感じたときは、そのまま普通に「綺麗になったね」と言う。

 では、中身はどうか。外見が4泊5日観光客であっても、さすがに中身はロールスロイスに箱乗りジャクリーンかもしれない。油断はできない。アサヒと小1時間ほどしゃべった頃の感想としてはこれ。
   ちょっと舌ったらずになったなぁ.
   「らりるれろ」が「Ra・Ri・Ru・Re・Ro」だもんなぁ.

これだけ。確かに以下の点などにも気づくことには気づいた。
1)ボディランゲージ(身振り手振り)が大きい
2)目線を合わせて話す
3)「私はこう思う,あなたはどう?」という話のふり方が多い
4)物腰が優雅,というか偉そう

しかし、この4点に関しては、3年前からそうだった。アサヒには昔から「あたしは自分自身を信じています」という雰囲気があり、その結果物腰も「あっはっはっはジョーン,まぁそこに掛けてくれたまえ」と言いながらソファにどっかりと足を組んで、ブランデーグラスを回す、みたいな優雅(=偉そう)さがあった。要するに「自己主張」「交渉の話術」はもともと西海岸並みだったわけだ。

 だが、そのうち夜中の時間帯に突入し、しゃべりがエキサイトしてくると、私はある事に気づいた。それこそが、アサヒ3年間の最大の変化かもしれなかった。しかも「変に進化しているところ」という意味での「変化」だ。そう、「」だった。変な違和感を感じたからこそ、私はアサヒのこの「変化」に気づくことができたのだ。その「」なところはこれだ。

        ほとんど外来語をつかわない

 これにはまいった(=興味が沸き起こった)。アサヒと話していて、相変わらずヤツのTalkは魅力的なわけだが、だが、どこか不自然なのだった。その原因がこれなのだ。アサヒのTalkには外来語がほとんど登場しないのだ。なんとヤツは、外来語を全て日本語表記に置き換えてしゃべっていたのだ。まるで日本における戦時中の「反外来語運動」の再来だ。戦中は、敵国である米の言葉に反発したお役人が、野球の「アウト・セーフ」すら「だめ・よし」に置き換えさせた。それをアサヒはみごとに再現しているのだ。ちょっとアサヒの台詞をほぼ原文通り載せてみる。

アメリカでは英語の語学授業が一番大変だったよ.物理や数学は計算さえできれば大丈夫なんだけどね.でも,意思の相互疎通に用いる道具としての英語は,伝達内容の真意や意図を正確に伝えることが大切だから,苦労したわ.まぁ,日本にいるときよりも英語の語学習得に対する動機は高いから何とかなったけどね.

どうだろうか?どう考えても、口語ではなく文語にしか見えなくないだろうか。おいおい、しゃべり言葉なのに漢字表記できるものが多すぎだろーという感想にならないだろうか。ちなみに、上記の台詞を外来語を用いて言い直してみよう。

アメリカでは英語クラスが一番大変だったよ.物理や数学は計算さえできればOKなんだけどね.でも,コミュニケーション・ツールとしての英語は,メッセージのニュアンスなどを正確に伝えることが大切だから,苦労したわ.まぁ,日本にいるときよりも英語に対するモチベーションは高いから何とかなったけどね.

どうだろう?どう考えても、こちらの方が聞き取りやすいし、理解しやすい。改めて”外来語”の便宜性を再確認である。いやいや、話の趣旨は”外来語”ではなく、”アサヒのしゃべり言葉”だ。

 で、当然だがツッコんでみた。「おいおい,外来語使わなさすぎじゃねーか?」と私が言ったとたん、アサヒは大爆笑した。聞けば、アサヒのしゃべり言葉がこうなったのにはいくつか理由があるらしい。
1)「アメリカ帰りだからって英語表記の用語を多用すると周りが引く」という忠告を他の留学仲間に受けていた
2)「ちゃんとした日本語をしゃべらなきゃ」という気合が,外来語を排除したしゃべりにつながる
3)英語で思考したものを日本語に変換するため,意図的に日本語表記を選ぶ思考回路になってしまう

理由を聞けばなるほどな話である。私の知人には何人かバイリンガルがいるのだが、アメリカ人の父と日本人の母をもつ子どもの場合、「お母さんが洗濯をしています」を「My mom is SENTAK-ing(=センタッキング)」と言ったりするらしい。

 人間の語学習得の過程は、それがすなわち概念の習得過程と同義であるほどに、「言葉の習得」と「認識の発達」は深いつながりをもつといわれる。言語学では、人間はそれぞれの単語を「名詞」「動詞」「形容詞」など”品詞の活用形態”にCategorizeして習得する、というのが一般的学説として定着している。このような、言語学的見地から、アサヒの「外来語を使わない現象」を分析するとなかなかおもしろい論文が書けるかもしれない。その道の方、いかがだろうか。
 
 まぁ、そんなこんなで、アサヒはあまり変わっていなかった。変化がどうのこうのというより、ヤツは確実に魅力的な人物になっていた。そして、ヤツの変化しなさ具合を見て私はなんとなくシミジミこう思ったのだった。

  「アサヒは,Californiaで自分の人生を生きてたんだなぁ.」

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2004/12/10

■YummyYummyアサヒ <前編>  ▼そんな日常

 私はこのBLOGで何度か友人「アサヒ」のことを書いている。で、今日はもうちょいこのアサヒについて書いてみる。ちなみに特別了承は得ていないので、差し支えが判明すれば訂正する。

 アサヒとは年数でいえば10年くらいの付き合いだ。改めて書いてみてびっくりする。この間、一緒に行動したりつるんだりというのは3年くらいだと思う。あとの7年は普通程度の付き合いだ。私はアサヒが大好きだ。ヤツはなんといってもかなりおもしろい人間なのだ。そしてとても頭がいい。頭の回転やら発想力やら行動力やらが冴えているヤツだ。彼女と一緒に話しをしていると、こちらの頭脳回転数まで上昇する気がする。

 アサヒはこの間まで3年間、CaliforniaのCollegeに留学をしていた。この3年間、私達は全く連絡を取っていなかった。手紙もメールも電話もなしだ。さて、アサヒは日本に帰国してすぐに私に連絡をくれた。さて、この3年ぶりの電話での会話を一部抜粋したい。ほぼ事実通りだ。

ア:sadkoー帰ってきたよー
s:おーおかえりー、じゃ遊ぼうぜ、いつがいい?
ア:いやー、帰国してから本当にヒマ人なんだよねー
s:じゃ明日で、家行くわ
ア:あー家に家族増えてるから

(?ルームメイトでも連れ帰ったのか?)

ア:子ども連れて帰ってきてるんだよねー
s:あれーそうなのー

(おいおいこいつ子ども産んだのかよ.いやこいつのことだから養子とかもありえる.よしっ,人種がどうであれ,事情がどうであれ,とにかく第一声は「おめでとう」と言おう.それだ.言うぞー言うぞー)

ア:それが黒くてさー

(言うぞー言うぞー「おめでとう」だぞー)

ア:毛むくじゃらなんだよねー
s:あー、犬買ったんだー.種類なに?
ア:黒いレトリバー
s:あーじゃ、明日会えるの楽しみにしとくわ


さて、3年ぶりに会った親友に対するやつの態度として、ここで2点指摘したい。
1)ヒマ人だから電話したとばかりのその気合のなさ加減
2)「アメリカ帰り=子ども連れ帰国」の図式のリアリティをわかってるのかー,と問い詰めたくなる適当なギャグ.しかもフォロー全くなかった.


 さて、アサヒの家に行くことになった私は、さすがに「アサヒ,どんなんになってるかなー」とちょっと思った。3年間Californiaで過ごせば、しかも日本人がほとんどいない環境で生活すれば、どっか何か変わってるかもしれない。私が一番気がかりだったのはアサヒの外見だった。ここでAMERICA帰りの友人2人のエピソードを話したい。

□EP1)AMERICA滞在3ヶ月 Yku 
 数年前、私は実家近くの地下鉄駅で、クレオパトラを見た。どこからどう見てもクレオパトラだった。皆さんの適当な想像でOKだ。かなりの人のイメージ図と合致するクレオパトラが、地下鉄駅で切符を買っていたのだ。よくよく見るとそのクレオパトラ、私の小学校時代からの友人Ykuにどことなく似ている。もっとよく見ると、そのクレオパトラは本当にYkuだった。「Ykuー.日本に帰ってきたのかよー」と声を掛けると、クレオパトラYkuは小学生時代と何ら変わらない口調で「おおっ,おっすー」と言った。おいっ、クレオパトラが「おっすー」て言うなよ。聞けば、AMERICAでは漆黒の超ストレート長髪が人気らしい。そして黒いアイラインを太くパンダ状に描き、目をバッチリさせるのが流行りらしい。服装もオリエンタル調の方がミステリアスで人気があるのだとか。そうかそうか。話を聞くにつれ「そりゃクレオパトラになるのも当たり前か」とちょっと納得してきた。その時点で、YkuはAMERICA滞在3ヶ月めだった。

□EP1)AMERICA滞在半年 NOKO
 数年前、私は大学近くのカレー屋でバイトをしていた。昼時の混雑したカレー屋で、私は、客の中に米アメフト・チアリーダーを発見した。そのチアリーダーは、光沢のある星条旗をそのまま裁断したランニングとミニスカートを着て、足元は真っ白なスニーカーだった。アメフトの海外遠征なのかと初めは思っていたが、よくよく見るとそのチアリーダー、友人のNOKOに似ている。そして、本当にNOKOだった。「あーNOKOー久しぶりー」と声をかけると「ハーイsadkoー,調子どう?」と返してきた。まさに「Hey men, What'sUP? 」のノリだった。NOKOは昔の英会話教室仲間なのだが、彼女は英語好きが高じてAMERIKA留学に行ったのだった。このときは半年めの一時帰国だった。

 これら2つのエピソードにより、California滞在3年めのアサヒについてちょっと考えてみた。
A)3ヶ月でクレオパトラ
B)半年で米アメフト・チアリーダー
C)従って,3年の場合は・・・
  
   ジャクリーン・ケネディのUSアーミー版

迷彩服で「Go Go Go Go, Get a wiggle on!」とか言いながらロールスロイスに箱乗りするジャクリーン・ケネディ。アサヒ、そうなのか、そうなんだな。それか。いや、驚かないぞ。驚かない。たとえジャクリーンだろうとブリトニー・スピアーズだろうと!

 さて、アサヒはどうなっているのか・・・・ドキドキだぜー!

次号続く!

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2004/12/9

■煮ても冷めても  inactivity

 煮付けやおでんといった料理の野菜はおいしい。汁の味わいが染み込んでいればいるほどおいしい。丸一日経過した”次の日”の煮付けやおでんは本当においしい。汁の味が大根やらごぼうやらに染みに染みていてなんともいえずおいしい。煮付けやおでんは、煮込んでから、そのまま放置すると、当然だが冷める。物理的法則により冷める。この、”冷めていく時”が、具材に汁の味が一番染みこむ時なのだそうだ。だから、一晩寝かせた煮付けやおでんの野菜は、作りたてのときよりも、味が染みているのだ。

 夜、夜中に近い夜、寝られないときがある。身体も肌も疲れているのに、寝られないときがある。悩み事や、嫌なことがあると寝られない。それから、考え込むと寝られない。この”考えすぎて頭がショート寸前の不眠”によく遭遇する。しかし、実は、本当にそれが”考えすぎ”なのか否か自分で判断できなくなるときがある。”思考”ではなく、単に”停滞”している感覚に陥り混乱する。「内観法」というのは心理学の意識主義における心理分析の手法のひとつだ。自分自身の意識を自分自身で観察するという、このなんともprimitiveな手法は、後にフロイトら無意識主義者や、ワトソンら行動主義者などにより批判の対象となる。私は専門家ではないので、「内観法」の真髄はわからないわけだが、素人ながらに想像するに、これはきっとしんどい手法に違いない、と思ったりする。

 自分の精神活動をリアルタイムに観察し続けると、必ず”途方に暮れる”ポイントが訪れる。そのポイントを過ぎれば、もしかしたら”何か”を見出すことができるのかもしれない。しかし、私はそういう経験をしたことがない。いつも、耐え切れずに、”楽”を探してしまう。”途方に暮れる”自分を”楽”にするもののひとつに、数ヶ月前から”BLOGでの活字化”が加わった。

 ”途方に暮れる”ことに善悪・優劣の概念をあてはめることは、今の私にはできない。自分を納得させる術を持たないにもかかわらず、事実として、”途方に暮れる”夜は存在する。そして、事実として、自分と世界との間の溝を必ずヒシヒシと感じなければならない。だから、せめて、これは煮付けやおでんを一晩寝かせることなんだと、そういうことを考えてみることを、そういうことを活字にすることを、そういうことをBLOGという場所に記録することを、やるくらいは、良いんじゃないかと思っている。もっと正確に言うなら、それを「良いんじゃないか」と思うことを自分に許しても良いんじゃないかと思っている。
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