先日ことでんの「レトロ電車」に乗車してきたところですが、帰宅後に古いアルバムを開き、「レトロ電車」がバリバリ現役だった頃の写真を探してみました。
実は昭和も終わりに近い1988年の夏、当時所属していた某鉄道研究会で仏生山工場を見学させていただきました。
当時は事前のリサーチ不足ということもあって、あまり数多く写真を撮ったわけではなかったのですが、それでも、雑多なラインナップに思わず変な笑いが込み上げてくる始末。
せっかくなので、ネガフィルムも探し出してスキャンしてみました。
1020形1036+1035
元名鉄3700系。この当時の琴平線の主力車両。
1070形1076+1075
元京急700形。
種車は前面2枚窓のいわゆる「湘南顔」でしたが、琴電への入線に際し貫通扉を設置。この訪問時の少し前に入線した琴電初の冷房車でもあります。
僚車の1071〜1074は今なお現役ですが、この1075+1076編成は2011年に廃車となっています。
1060形1061
元阪神5101形ですが、琴電へは車体のみが譲渡され、足回りは京急230形のものを流用したとのこと。入線に際し、2扉化されています。
5000形510
1928年に製造された5000形3両のうちの1両。
500号は動態保存されていますが、この510号は1998年に廃車となっています。
1020形1027+1028
1063形1063
1060番台の車両ですが、阪神からの譲渡車とは違って元三岐鉄道のモハ130形。
この車両もオリジナルは3扉だったものを2扉化されています。
両運転台のため、主に増結車両として運用されていました。
1013形1015+1016
元三岐鉄道のモハ120形。
1063形とは違って片運転台車。また、側扉も元から2扉の片引戸でした。
1020形1032+1031
元名鉄3700系の1020形ですが、この1032号のみは名鉄時代の事故復旧の際に高運転台に改造された変り種。編成の前後でスタイルが異なります。
8000形810+820
元は1940年製造の豊川鉄道クハ100形。
戦時買収により豊川鉄道が飯田線の一部に編入となり、この車両も国鉄クハ5610形に改称された後、1962年に琴電へ払い下げられています。
元々2両ともクハ車だったのが、移籍後に820が電動車化され、さらにのちに車体更新も行われましたが、更新時期の違いにより810と820で顔つきが異なっていました。
1053形1053+1054
元阪神5231形。
1060形同様に車体のみの移籍ですが、下回りは新製。やはり真ん中の扉を埋めて2扉化されています。
1060形が両運転台車に対し、こちらは片運転台車の2両編成。
950形950+1013形1017
元国鉄オハ31形の台枠を流用して車体のみ新製した車両。
今でこそネットで車両ごとの出自等の情報も容易に調べることができますが、当時は関連の雑誌・書籍を探すところから始めないと情報を得ることができませんでした。
一見他の主力車と同じような車体ですが、魚腹台枠にアンチクライマー付きといったゲテモノ車両。先に情報を得ることができていたなら、もっとネチネチと足回りを撮っていたのに・・・と悔やまれます。
1000形130
1926年製造の1000形。
現在120号が動態保存され、この130号は1998年に廃車となっています。
この頃にも既に還暦を過ぎていましたが、さらに10年も稼働したことに驚きです。
2000形230
元宮城電気鉄道のクハ301形。戦時買収により国鉄仙石線に編入されたのち、1952年に琴電へ移籍。
移籍後に鋼体化工事が施されましたが、早い時期での改造のためか「バス窓」となっています。
写真は非運転台側ですので、念のため・・・。
デカ形1
仏生山工場内で車両の入れ替え作業に使用されている事業用の電動貨車。
この時に撮影した車両の中で唯一現存する車両。
こんな出で立ちなので、当時目の当たりにした時には感激したものですが、それが令和の時代にまで生き残っていることに感動しました。
なお、現在は廃車となった3000形の台車に交換されています。
デカ1 現在の姿
仏生山工場で撮影したのは以上で全てですが、せっかくなので他の駅などで見かけた車両も上げておきましょう。
30形34+33 瓦町 1988年7月27日
元京急230形。30形と言いながら、25〜38の14両が在籍。
一部は前面貫通化されましたが、この車両は京急時のスタイルを色濃く残していました。
瓦町駅での撮影ですが、まだ頭上に駅ビルのない時代です。
890形890+3000形 琴電屋島〜古高松 1988年8月1日
元西武モハ550形ですが、山形交通モハ4号を経て琴電へ譲渡されたもの。
移籍時は740形740だったのが、志度線・長尾線への転属の際、軸重の関係から電装解除され、890形となったそうです。
この頃は3000形と2両編成を組んでいましたが、890形の種車が屋根が丸くて高く、側扉の上に水切りが設置されていたこともあり、見るからに異系列の編成でした。
琴電屋島駅近くの踏切での撮影ですが、今ではすっかり様変わりしています。
この時の四国行きはワイド周遊券の利用だったので、移動のほとんどはJR。今さらながらこの濃いぃ車両群に乗っておけば良かったと改めて後悔する次第。
これらの雑多な車両たちも再び大手事業者からの移籍車両で代替され、いささかスッキリしてしまいましたが、それでも京急に京王、名古屋市営地下鉄の名車たちが入り乱れて走る様はやはりマニア心をくすぐられます。
同じ種車でも移籍先によってそれぞれ違った姿に変わったりもするし、やはり地方私鉄は面白いですわ。

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