「絆」 小杉健治著(集英社文庫)。推理小説。
1987年に発表された作品で,1988年の推理作家協会賞受賞作。新聞記者である主人公が法廷を傍聴するスタイルで描かれる。事件は,会社社長の殺人事件で,被告人はその妻。強盗事件に遭ったかのように偽装工作をするなどしたものの,その後犯行を認め,自白している。弁護人は,弁護士登録を抹消し,引退していた凄腕弁護士原島保弁護士で,当初の弁護人の辞任後に新たに選任されている。
主人公の記者は,被告人と面識があり,子どもの頃には憧れていた存在であったことや,突如いなくなってしまった彼女の知的障害をもった弟のことなどを思い出す。
裁判が始まると,被告人は罪を認めるものの,弁護人は無罪を主張した。
法廷での審理を通して事件を描いたという意味では,意欲作でしょう。後半の展開も,悪くなく,読後感もよかったです。
ただし,法廷サスペンスという目で見ると,1987年という年代で,著者の初期の作品ということもあるんでしょうが,現代の裁判員裁判の時代の目で見てしまうと,刑事裁判の知識の欠如が目立ちます。推理作家協会ももう少し刑事裁判の知識を持っておくべきだったのではないかと思いますね。まあ,裁判員制度が導入された現代とは,状況が違うのかもしれませんが。
まず,起訴状については,認否が行われるので,裁判官が「どう思いますか?」と聞くのは変。「事実と違う点がありますか?」くらいの聴き方でしょうね。
また,検察官の冒頭陳述は,検察側の立証の目標を示すものだから,「身勝手な犯行と言わざるをえない」とかの断定や意見が出てくることはありえない。これはやるとすれば,論告でやる話。
最初の証人である警察官に対する尋問は,法廷物を読み慣れた人には耐えられないでしょうね。ここを何とか乗りこえられるかどうかが,本書を読み通すことができるかどうかの分かれ目ですね(後半は,まあありうるかなというレベルに落ち着く)。
証人が直接経験していないことや,直接聞いていない話(伝聞)を裁判で聞くなんてことは基本的にありえない訳で,ここで異議を出さない弁護人が凄腕って,ありえないだろうと思ってしまう訳です。ここは,いっそのこと,弁護人が事件の真相をさぐるために刑事に接触したとかいう設定にしてしまった方がよかったでしょうね。
そういう意味では,刑事裁判の基本的なところの知識が弱いため,法廷サスペンスには遠い部分があるのですが,そういう点に目をつむれるのなら,そこそこかな,と。

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