

「雪国」 川端康成著(新潮文庫)。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まる,国語の時間に名前だけは聞いたことがあるであろう有名小説。
現在の新潮文庫版は,注釈がうるさいと不評なようだけれど,ぼくが読んだのは,昭和52年発行版なので(なぜこういう版が手元にあるのかは分からないけれど,古本屋で買って積ん読になっていたのかもしれない),余計な注釈は一切なかった。
一読して,ぼんやり抱いていたイメージとは随分異なる。主人公の島村は,妻もいるのだけれど,親から受け継いだ財産で方々で遊んで歩いている。
雪の降る温泉町で呼んでもらった芸者駒子は,東京の風を帯びたインテリの主人公に惹かれていく。他方で,島村は,おそらく何事に対しても熱意を持てないのであろう。斜に構えた姿勢で,ひょうひょうとしている。
田舎者ゆえの真摯さと,都会者の孤独,倦怠が,面白い対照をなしている。
田舎町での人間関係も一筋縄ではいかない。駒子は,自分の師匠の息子であった行男の療養費を稼ぐために芸者になった。彼女は世慣れてエネルギーに溢れている。これに対し,行男の看病に力を入れる葉子は,駒子と違って世慣れしておらず,真っ直ぐな印象。彼女らの過去も見え隠れするが,詳しくは描かれない。読者は何かがあったらしいことを推察するだけだ。
総じて,この小説に感情移入できるほどの立場にいる読者は少ないに違いない。自分の経験しない世界をのぞき見をするように読んでいく訳で,川端康成の小説っていうのは,そういうもんなんじゃないかなと漠然とした印象を抱く。
映画を上映していた繭倉の火事の場面を契機に,小説は突然の終わりを迎える。やや唐突な印象の幕切れ。

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