「大統領の理髪師」 イム・チャンサン監督,ソン・ガンホ, ムン・ソリ出演(韓国映画,2004年)。
冒頭,この映画はフィクションだと宣言する。ここで視聴者としては,特に日本でこの映画を見る若年層としては,じゃあどこまでが事実に基づいているのかが分からなくなってしまう。しかし,実際には,1960年代〜70年代の韓国をベースにしてあるので舞台設定自体は,フィクションではない。
公式ページの「歴史と背景」には,そのへんの説明がされている。
タイトル通り,下町の床屋さんが大統領の理髪師にスカウトされて経験した話を描くのだけれど,真実のテーマは,父子愛という感じ。
政治情勢を絡めた骨太な映画というよりは,小市民的,庶民的な視点から歴史を切り取った。それゆえに,多少過剰な演出が目立ち,コメディーなのか何なのか分からず坐りの悪さを感じる。例えば,息子が受ける拷問なんかもファンタジーにする必要があったのか,と思わされてしまう。しかし,見終わってみるとそんなに嫌な感じもしない。
つまり,この映画は,社会的なメッセージを叩きつけたい訳ではなく,あくまで風刺なのだ。
ソン・ガンホは,相変わらず良い演技をしている。彼は,自分の動きから言葉を伝えることができる。山でのお告げにしたがって行動しようと家を出るときの足の動きとかがこの理髪師の性格をうまく表現している。
小市民的な映画を作るためには,小市民的な脚色が不可欠になる。そういう手法もこなれている。ソン・ガンホ演じる理髪師の性格が誠実で息子を愛していることが伝わるのは,彼の息子に対する接し方のためだ。父ちゃんと呼ばれれば,まっすぐに対応してくれる。床屋で自分は掃除をしながら息子と語るシーンなんかは,何気ないんだけれど,自分にできるかと言われるとウーンと唸ってしまう。
何かの目的を見つけて,目標を見つけて邁進する。物事に優先順位をつける,無駄を省く。こういった思考経路は,小市民的な生活には必ずしもマッチしない。彼らは,無駄な時間を過ごしていると思われる時間を,最良の時間として味わっている。
そういう時間軸の違いを感じさせてくれる映画だ。

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