「ここにも不幸なものがいる」 エドガー・ラストガーテン著,村崎敏郎訳(ハヤカワポケットミステリー)。
法廷物。娼婦ケイト・ハガティが殺害され,妻も子もいる男アーサー・グルームが逮捕される。彼は,ケイトと最近交際しており,ケイトが殺された日には,酒場で主人と酒場の時計が進んでいると口論し,ケイトが殺されていた部屋に入ろうとしたが鍵がかかっていると言って,大家を呼ばせ,ケイトの友人を呼び寄せた上部屋を開け,彼女の死体を発見している。死体には無数の刺し傷があるが,そのうちの一つは彼のナイフによるものであることが発覚している。
裁判は状況証拠によって進行。検察官は,チャールズ卿が,弁護はベドホードが担当する。場所はロンドン。
タイトルが結末を暗示しているんですが,法廷シーンはよく描けています。著者は弁護士で,犯罪学者でもあるようです。1947年に発表。
ベドホードの弁護は見事ですね。被告人が当時着ていた服を処分していたことに対する反駁は説得力があります。また,陪審に対して提示した3つの質問(疑問)も事件の様相を一変させますし,元々カギのないドアにカギがかかっていたと誤解したのは不自然だという点についての反対尋問も,たまたま情報が入ったとはいえ優れています。
しかし,本作を読むと,冤罪であるということを法廷で証明するというのは骨が折れることがよく分かります。そういう観点から,無罪であることを被告人が証明するのではなく,検察官が犯罪の証拠をしっかり示す必要があり,しかも疑わしい時は被告人の利益にという原則があるわけですが,これがどこまで守られるかですね。
やっぱり状況証拠が揃っていると,何となくで有罪にしかねない危うさっていうのは常にありますね。これに加え被告人の側でアリバイ立証に失敗したりなんかすると,ますます有罪色が強まって見えてしまうというところも恐ろしいところです。裁判員制度を目の前に控えている状況では,本書を読んで,陪審に提示されたところだけでどう判断するかと考えると,やはり悩む部分はあるだろうと思います。
最後のシーンでは,間違いが間違いと正されないというブラックな展開もあるわけですが,悪い奴を罰すべきだという正義が,無罪の者を罰することは決してあってはならないという正義を歪めないことだけは望みたいですね。

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