「無能の人 日の戯れ」 つげ義春著(新潮文庫)。マンガ。
映画化もされた「無能の人」を含む短篇集。昨日紹介した初期の短篇集と比べ,こちらはストーリーとしては,よりしっかりしている。
日常の光景を私小説風に綴った感じ。個人的には,ねじ式なんかよりも深いものを感じました。
連作の無能の人は,水準高いですね。何とももの悲しいです。昔はマンガで評価されていた主人公がマンガ執筆を止めて,中古カメラの転売をしたり,ついには原価のかからない石を売ったりしながら細々と生活する話。
主人公的には,現在の境遇にそれほど不満を感じていないようでもあるけれど(貧しいけれど),家族(妻と子)はやっぱりそうはいかない訳です。
そんな何ともやりきれない日常なのですが,ちょっとしみじみしたりと,うーん,それでも何というかやっぱりとにかく悲しいな。
最後の話では,放浪の俳人,(井上)井月が出てきます。これもつげらしい翻案でマンガ化してしまいますが,こういう試みって面白いですね。井月レベルだと知名度も高くないので,おそらく何かの授業で聞いたとしてもすぐに忘れてしまいそうですが,こういう形で出会うと結構印象深いと思います。
それにつけても,物質至上主義の世界とは驚くほど無縁な世界ですね(中古カメラの転売だって,高収入に繋がっただろうけれど,彼の関心はどちらかというと新しいお宝を発見したという興奮の方だったろうしね)。それでいて,情実に訴えるという訳でもなくカラッとした印象を残すあたりはさすがです。

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