2006/10/27

訳読主義の弊害  英語勉強法

今日は熱く語らせてもらいます。語調が厳しくなりますがご容赦下さい。

地元の進学校であるI高校に通う生徒(K)と私の会話。
K:「service という単語はどのように訳したらいいですか?」
私:「service は‘サービス’でいいよ。」
K:「外来語じゃなくて、ちゃんとした日本語にしないと学校の先生に怒られる。」
これは、昨日の授業後のやりとり。I高校2年生が使用している教科書、三省堂『CROWN English Series[U]』のLesson 7の本文に関しての質問でした。

まあ、私は経済学士で大学では専門だったので、
「じゃあ、‘物質的なものを伴わない用役や労働’にしておけば?」
と答えました。

しかし、何なんでしょう、この教師のこだわりは?外来語であるサービスもちゃんとした日本語ではないでしょうか。

世の中にはまだこういう教師がいるんですね。早稲田大学に合格する前に通っていた明治大学でも、やたらと日本語にこだわる英語の教授がいて、生徒が訳すときは外来語が一切禁止されていました。やはり生徒からの評判はイマイチ。

日本語訳にこだわっている限り、英語力は伸びません。速読も出来ません。大事なのは英文構造を瞬時に把握できる力。訳読は今の時代必要とされていません。そもそも、英語は英語、日本語は日本語。完璧に翻訳することなんて不可能。辞書の訳も、妥協の産物なのです。

翻訳家養成や文学作品の鑑賞をする授業ならまだしも、確固たる英語力の基礎を培わなければならない高校2年生の授業でこのような状態とは・・・。

聞けばこの教師も50歳以上とのこと。時代の変化について行ってもらいたいものです。時代遅れの英語の授業をしている暇があれば、世界史の授業をした方がよろしいのではないかと・・・。



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