17:12発の快速
「あいづライナー6号」に乗って
会津若松駅を出発した。
郡山駅までの
約1時間コースだが、車の運転から解放され、
缶ビールを飲みながらの
くつろぎタイムである。毎度のことながら、
指定席の
客車は我々だけの
貸切状態なのだが、
会津へ出張に来られ、東京に帰られる
2人連れの男性客が我々の後ろの席に陣取った。
ダキさんが
「我々しかいないのに、何も近い席を指定することもないと思うんですがね」と話しかけた。身なりのキチンとされた
出張帰りの方々ではあるが、これをきっかけに、我々のつまらない
ギャグを喜んで聞き入れてくれた。ギャグも
古ネタばかりだったが、どことなく歌手の
小椋佳を彷彿させ、あるいは
野末陳平を思わせる男性は
メモを取りながら、
「帰ったら使わせて頂きます」と笑いが絶えることがない。せっかくの機会でもあり、
「こうしたギャグの類は私のブログにも登場しますから」とと
自己紹介を兼ね
「エンピロ」を
PRさせて頂いた。すると、
若い方の男性が、おもむろに
iフォンの類をポケットから取り出し、慣れた手つきで
検索して、拙ブログ
「エンピロのネタ箱2」を閲覧し始めた。エンピロとダキさんの饒舌に
ビールが拍車を掛ける。郡山に到着するまで、エンピロの
法話いや
“呆話”が途切れることはなかった。ダキさんが
「“飽話”にならなくて良かったよな」と話していた。
大宮駅には17:31に到着すると、予約を入れておいた大宮駅西口近くにあるホテル
「マロウドイン大宮」でチェックインを済ませ、再び待ち合わせ先である
大宮駅へ向かった。ダキさんが、同級生の
モスラーさんと
後輩の
TMさんに電話を入れる。
TMさん、
MTさん、
MYさんの
3人で既に駅で落ち合って待機している様子。すぐにわかったが、後輩の
第一声が
「ダキさん太りましたねえ」と
超変貌に驚いた様子。逆に
「エンピロさん変わんねえ」との声が上がった。TMさんとMTさんとは
20年近く前に会って以来となる。拙ブログのコメンテーターであり、
高校時代の同級生である
龍の親父さんの
結婚披露宴に招かれて、
2次会と称して
徹マンをやったのが懐かしい。その時に
MYさんは参加出来なかったので、さらに久しぶりの再会となった。しばらくすると
モスラーさんもすぐに現れ、予定された6人が勢ぞろい。
大宮は
「さいたま市」なので
大都会である。どこに行っても人、人、人の波だ。予約を入れておかなかったせいもあり、開いている
居酒屋を探すのに
30分ほど時間を費やした。ようやく店に入ったときは
8時30分を回っていた。ここから延々と
学生時代の
思い出話なので、大いに盛り上がる。
3人は我々が4年生の時に
1年生だったので、普通に考えれば付き合いは短いはず。それがそうでなかったから不思議である。
下宿先で
麻雀などを通して、親しく付き合って来た。首都圏に居を構えている3人との久しぶりの再会に酔いしれることができた。
モスラーさんは
大宮近郊に在住で一旦自宅に帰って、翌日
伊豆旅行へ
出直しとなる。
ところが、その夜はそれだけでは終わらなかった。
雀荘を見つけて
麻雀大会が始まったのである。電車時刻もあり、長くはできないが、昔を懐かしみながら
半荘2回をやり、満足のうちに
プチ同窓会は幕を閉じた。再会を期してそれぞれが帰路についた。
ダキさんと
TMさんのやり取りで
サプライズな時間を持つことができた。ホテルに戻ってからは、部屋でダキさんと
3次会をやったことは想像に難くない。そして、いつのまにか
心地よい眠りについていた。それにしても後輩の
TMさんのテキパキとした
彩配ぶりが目についた。ダキさんと似ていて
仕切り上手と言ったところか。
旅の仕掛け人であり、会津の観光大使ことダキさん。
ダキさんが北海道から買ってきたサッポロクラシックを片手に満足のエンピロ。
会津に出張に来られた男性客と記念撮影。
エンピロもにこやかにスリーショット?
金曜日で大宮駅東口の繁華街はどこも満員。店探しで30分彷徨が続いた。
ようやく見つけた店で全員集合。隣のテーブルの客が撮影。
「ズラ疑惑」が浮かび上がったMYさん(左)。髪形がカツラに見えたので、エンピロがツッコミを入れたのだが、何と髪の毛は“自前”であった。モスラーさん(右)と言えば解説は要らないw
AKBの柏木由紀にそっくりの店員。これにはMTさんも
日暮里いや
ニッコリ。
後輩たちが麻雀大会を準備してくれた。お陰で
好牌に恵まれた。

ダキさんは行く先々で赤ベコ(赤べえ)のキーホルダーを手渡している。いつも100個ぐらい持ち歩いている。まさしく会津の観光大使である。

大宮駅にも看板があった。看板を見ただけでうれしい。
「今度の休日、会津へ」

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