国を守るという発想  日記

それはどういうことだ。
たとえば私が家庭を持ったなら、自分のかぞくを守る義務を他人に任せたりはしない。というよりも自分の家族は自分で守るものだ。

母さん、恵里子は母さんと父さんの老後の面倒をみられるだろか。
いまから色んな勉強をしたいと思っているし、必要があれば海外に出て勉強しようという選択肢も浮かびはする。それが終了したとしても稼ぎがいいという保証もない。
 そんなでも何とかするよ、きっと。当たり前だよ。

 こういうことか。

しかし私たち若者世代は、国を守るという発想に「?」というマークや、「あぁ、大切なことだろうねぇ。」というコメントに留まり、内容が伴わない。(そうではない方、申し訳ありません。) では日本での生活の中でその疑問について学ぶ門戸が開かれているかというと、そうでもない。

 大学の中で国や政治について話し合っている集団や友人たちを見かけたことは無いに等しい。

 この前借りた「あいのり」(フジテレビ)のDVD。永世中立国「スイス」の普通の家庭に銃が置いてある。敵国が攻めてきたときにすぐに戦場にいけるように、という理由で銃と銃弾を自宅に補完することを義務付けられているそうだ。また、全ての男性は20歳になると最低23ヶ月の兵役を義務付けられている、とのこと。

そしてスイス憲法第18条「有事の際は、国民全員が防衛の義務を負う」

番組の中に登場した22歳のスイス国民男性は、銃の扱い方を全く知らないあいのりメンバーに驚いていた。「日本の家庭に銃は無いの? 核シェルターは? 軍隊は? 君たちは訓練をしないの? スイス人は戦争になった時みんなで戦うんだよ。自分の国は自分の手で守らなくちゃいけないんじゃない?」 (2006年 5月8日放送)

日本の人々は「軍隊・国」という存在そのものに対して、第二次世界大戦後のイメージにとらわれすぎなのではないだろうか。

軍隊は悪か?
国のために? ← このフレーズにおびえる必要がまず無いのだ。
いまの日本政府にはこの、「国のために」という台詞に内容が伴っていない。

じゃあ国の何のためにだれに何をして欲しいんだ?

国のために 死ね?

現代日本社会で誰がそんなことを言うだろうか。国は宗教ではない。
イメージでこの言葉を捉えてはいけない。


国という価値観を国民に植え付けたい側の意図はなんだ?

ちくしょう!ちくしょう!

知識が無い。


報道機関には、誰がどうしたということよりも「何がどういう経緯でどう変わる。そこが問題だ(と考えられる)」ということをわかりやすく報道してくれることを期待する。
私にはたまたま見たNHKが情報源だったりする。またネット記事も詳細までは載っていないのがほとんどだ。ダイヤルアップだからMixiなどの検索もお金もかかる。

もっと客観的になってもらわないと困るぞぃ。
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