愈々栄ゆる寄宿舎の…(寄宿舎日誌 9)  青年寄宿舎

青年寄宿舎日誌 田端先生のぬきがきシリーズ 4 
(明治39年11月9日)

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 十一月九日

次第に寒くなって霜柱や氷や雪や、さては手稲嵐や、珍しくもなくなった。
明日は創立第八回之紀念会でそれぞれ忙しい様だ。余興委員諸君は熱心に趣向
をこらして居らる様だ。実際愉快に興多く明日の会をおへたいものだ。

 倉賀野君の兄君御死去の報あり。寄宿舎より悔状を出す。
 今晩、次の歌を練習す。紀念会席上にて歌唱せんが為也。

  「エルムの樹蔭にたちてより    幾星霜のそのあいだ
   理想の丘を目ざしつつ      愈々栄ゆる寄宿舎の
   齢はここに八年の        今日は祝之吉日ぞ
   祝へや、祝へ諸共に       鳥暁を告ぐるまで 」

  吉田(守一)君の尽力で一夜作りに完全に出来上がった。


【コメント(田端)】

青年寄宿舎の紀年祭歌があったのですね。『青年寄宿舎五十年史』(昭和24年)にも「明治三十八年第七回記念祭歌 吉田守一君 作詩作曲」として載っていました。『五十年史』には「昭和五年第三十三回記念祭歌 土井恒喜君 作歌選曲」
も載っています。吉田先輩、土井先輩とも副舎長をされていた方でした。昭和二年恵迪寮寮歌「蒼空高く翔らんと」も土井先輩の作歌でした。

 この日の翌日の日誌、紀念祭の記事には「昨夜の練習の唱歌を歌った、否怒鳴った。」とありました。残念ながらメロディーがわかりませんが、「齢はここに百余年」という歌詞にして「怒鳴って」みたいものだというような気分になりました。

どなたかレトロな寮歌調のメロディーをつくってくれる人いませんか。

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*田端先生のコメントへのコメント(草苅)

それはOBの石田くんあたりどうかなあ。チェリストでギタリスト。
娘さんを連れて閉舎記念に来ていたOBです。

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