副舎長は宮部先生が指名(日誌10)  青年寄宿舎

田端先生の抜き書きシリーズ(5)


明治40年6月16日(日)

 午前八時半より寄宿舎の前の庭にて吉田副舎長送別の紀年として写真を取る。宮部先生も御出でになったのハうれしかった。写真を写した後、宮部先生は一同に向ひ、吉田君が今回札幌を去らるヽに付て、其の後任として○○○○君に副舎長になって貰ふ事にしたと云ハれた。今日は雨は降らなかったが風が吹いて道が悪いので町へ出る人ハ大困りであった。


【コメント(田端)】

 副舎長は宮部先生が指名するものだったようですね。この○○○○君の人柄をあらわしている文章が明治39年の『漫録』にありました。
 彼の署名のある文章のぬきがき

 Rooseveltノ所謂奮闘的生活ノミヲ打続ケテStruggle for Existenceノ奴トナラナケレバ今後ノ世界ニハ立ツ能ハザルベキカ・・・・・・・・・諸君如何ニ解釈サルヽヤ。

 何人デモ単ナル祷リヤ勉強デ直覚シ得ルモノデアローカ、兎ニ角scienceノ前殿ヲ通過シテ後、神ノ正殿ヘ入ルコトガ必要デアル。此ノ点ニ於イテ牧師ナドニ皆一応農学ヲ課シタキモノデアル。

 クリスト教の親玉たる基督を見よ、苟しくも堂々たる一個の男子が磔殺さるに当たりて「神よ何ぞ我を棄て給へる」など飛んでもない泣き言を云ったではないか、日本の武士は足軽でも自若として切腹した。

 敬虔なクリスチャンであった宮部先生は、こういう感じの、まじめな○○君を副舎長に指名すると言う考え方の人だったのですね。
 ルーズベルトの奮闘的、或いは戦闘的生活を説く著作が、この頃もてはやされていて青年寄宿舎でも『ルーズベルト集』を購入したという記事があります(明治40年2月5日)。卓越せる国民は戦闘的なり、戦備は平和を維持せんが為なり、戦場は好個人格の修養地、というような見出しの並ぶ勇ましい著作です。北大図書館には原書しか無かったのですが訳書は道立図書館にありました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
草苅メモ

宮部先生がまじめな○○さんを指名されたその一事で、人としてのぬくもりが
伝わってきますね。背景がぐんとリアルになります。



クリックすると元のサイズで表示します
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ