舎友の帰国に送る文(日誌13)  青年寄宿舎

田端先生の「青年寄宿舎日誌」 ぬきがき(8)


■明治37年3月3日

 やよいもついたちすぐる三日となれば姑射の松はかぜに笑み千年にいろいよいよふかくなりまさり羅浮の梅はあめにものうちいいてまれなる香のいよいよ清くなり鶯のはつこえいとおほどかになきいでたるころになるべきに之はただ内地のけしきにて札幌の天地はなほも雪の中に埋まりて人をなぐさむべきにもあらず。

唯月のみはいとかすみてをもしろく軒端に下るつらヽにてりてそのけしきいひしらず、たぐひなきにもすみなれし古里のそらまづ思ひ出でられてそぞろにむかし恋しく思ひつヾけられけむ、わが舎の鈴木○○君は今日札幌の地を後にしてともの都にぞむかわれける、君がこの地を去りしは古里恋しきにあらず他にことはりあればなり。

 君がこぞみそぎする夕の冷気いとすヾしくしてきのふけふみづのひヾきのいとすみてきこゆる初秋のころいつくしみふかき父母にわかれ姉妹にいとまをつげて学の道にこの地に遊び通学せしもつかのまさヽいのきづより入院しようようとしたちかくりて、睦月半ばをすぎつるころ退院せしも再びあしくなりいよいよ帰こくに定められぬ。われら友からはまことにきみの同情にたへぬなり、この日そらも何となくなかれむごとく、あさまだきよりくもりてかぜみぞれはげしく、われらは停車場まで見送る。われらは君の早く来られん事をまち札幌の天地また君をまつめり。

【コメント(田端)】 

 病気の友の帰国におくる文章ですが、凝ってますね。
姑射・・・諸橋『大漢和』によると、姑射山・・こやさん 仙人が居るという山。
 藐姑射山 はこやのやまとも云うそうです。読みがわからなくて広辞苑では     調べられませんでした。 はこやのやま 方は出ていました。
  
羅浮・・・これまた広辞苑には出ていない。『大漢和』によると 羅浮・・らふ 
 広東省の山、山麓は梅の名所で古来名高い、とありました。

 明治の若者はこんな言葉を心得ていたのですね。日誌には、手稲登山や定山渓遠足を美文調に叙する名文もみられます。


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*takeの感想

うむむ。美文というか、この文章に濃密な人間関係を感じ取ってしまうのですが、
単なる当時のレトリックなのでしょうか。レトリックに心がついていくのでしょうか。
言葉がこころを引っ張るかも、と、ふと思い始めます。
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