環境にやさしいフリをする  北海道と自然

H大の社会学のK教授から、電話とファックスをもらいました。送られてきたファックスは先生が西日本新聞のコラム「潮流」に寄稿したもの。ちょっと固い話ですが、身近な環境解説にあたります。以下、わたしtakeの感想も入れた概略です。(^_^;)


コラムは「3Rと地デジ−−−二重規範を解消しよう」というタイトルで、内容は、環境省が強調している3R(reduce,reuse,recycle )は、こと地上デジタル放送については、環境省の言い分と、地デジを推進する総務省では、同じ日本なのに、言ってることがあべこべじゃないか、ということ。

2011年にアナログ電波が止まるのであれば、現在アナログのままの5000万台のTVが廃棄物に変貌するわけで、排気量の減少と整合しないし、テレビ難民さえ生まれる。一台40万円の強制的個人負担も不適正で、この不整合を引き起こす政府の2重規範には環境省、総務省も沈黙したままで、政治家の大半も無言…。

そして、わたしtakeなどは「いずれ買わざるを得ないから」と液晶テレビに買い換えてしまいましたが、施策は、目標の2011年度からさらに少なくとも5年は延期して、使えるようにしたようです。どうも、その理由は米国の貧困層がついて行けないために米国と足並みが合わないからということも関連がありそうです。多額の出費だから本来は日本だって同じかも知れません。

K先生は、それが、日本型 we can change だ、と痛烈に皮肉って、いつもながら厳しい言葉で事象をえぐります。そして「国民のためのこの柔軟性が、日本での変化を促進させる起爆剤になることを政治は理解できるだろうか」と書きます。

ちまたではエコ商品が氾濫し、グリーンという言葉もあらゆるところにくっついて多用されている。そして、流行語になだれ込む日本人のくせが、「エコ」や「グリーン」にあらわれている、たとえばグリーンは「グリーンワッシュ」(環境にやさしいふりをする)のに過ぎないのではないかと、推論しました。

(このあたりはわたしtakeが「自然保護」に抱いていたものとある意味同じであり、また、「森林」だったり「市民との協働」だったりします。)

そしてコラムの結論。「日本型の "we can change"は、環境をめぐる政府の二重規範を解消して、無意味な「エコ」や何も示さない「グリーン」への過剰な思い入れを払拭するところから始めたい。」


大量の情報と素早い動きのなかでニュースの本質を正しく鋭くえぐるのはもう至難の業ですから、ボンヤリしたわたしはK先生の視点にはいつも注目してしまいます。(社会調査や少子化対策などが専門で、ソーシャルキャピタルなどの論客でもある先生は昨年、「地球温暖化と知識社会学」という小冊子を洞爺湖サミットの直前に出しています。)


みなさんはどうお考えになるでしょうか。
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