手塚治虫のブッダ  林とこころ

朝の通勤列車のなかで、手塚治虫の「ブッダ」12巻目を読了。この年齢で人前で漫画を読むと言うことに抵抗がないわけでもないが、ところかまわず最後まで読み進んだ。30年以上前になるだろうが、ブッダの映画(恐らくインド産)を見たことをおぼろげに思い出す。手塚治虫ワールドはそれともまた違った世界をイメージさせた。イメージ描写に用いた原点などは一体何なのか浅学にして知らないが、ブッダが息づき修行し悟りを開いた林というものに少なからず関心を持つ私としては、自然描写はそれなりに目をこらして読んだつもりだ。

手塚ワールドの風景は、まばらな樹木に草原の混じる広い空間、そして砦風のお城、岩山、それと広い湿原が印象に残った。熟年・高齢者向き雑誌「サライ」がブッダの故郷として北インドを特集した時にみた写真は、斜面と平地がはっきりしていて平地はすでに耕地に変わっていて、この辺が樹林地だったと想像すればいいのかな、という感じだった。かつて北インドやネパールでみた風景と相似である。

手塚ブッダは伝記体により生き様と背景をドラマチックに描いてさすがに飽きさせない。横山光輝の「三国志」と同じような息の長い勢いがある。それにしても宮崎駿も手塚もスピリチャルでシュールな世界を好んで描く。自在な表現技法がめざす究極というのは、こういった世界になるのだろうか。

手塚の世界にひたりつつ、わたしのもうひとつの頭は、苦行林などにおける修行を現代に置き直したらどうなるのだろうか、というありきたりなことを考えていた。多様な欲と獲得した便利さ、ストレスなどもろもろに包まれた日常のどのステージで、日常的な修行をするのがいいのか。生活そのものが修行だ、だから生活ヨガなどというジャンルも確かにある。なんとなく、現代こそ修行の意識をもてばもう少し楽に生きていけると感じてきたためか、読み終わってからもそこだけ浮かび上がって未消化のままである。</span></span>
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ